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領地開拓編

22.手紙を書きます

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 その時感じた歓喜を、なんと表現すればいいのか。
 セルディは自室に戻り、藁のいい匂いのするベッドにうつ伏せに倒れこむと、足をじたばたと暴れさせた。

「レオネル様が、レオネル様が、ちゅって!! うわああああ!!」

 これが身もだえか。
 冷静な思考がそんな事を教えてくるが、セルディは額へのキスの衝撃が強すぎて、すぐには落ち着けそうにない。

「もう顔洗えないよー!」

 レオネルの部屋に行ったのは、ちょっとした好奇心だった。
 だって、家に推しキャラが居る。
 そんな状態を見ないでいられるか。
 せっかく部屋を綺麗に掃除したのだし、見て欲しいものもあった。

 更に言えば、やっぱりレオネルには自分をすべてを知っていて欲しかったというのもある。
 たった数回しか会った事のない男の何を知っているのかと、裏切られたらどうするのかと、そんな考えが浮かばないでもなかったが、セルディはレオネルになら裏切られたっていい。と思ってしまったのだ。

 セルディの中でレオネルは、前世の物語の登場人物のイメージがやっぱり強く、レオネルのすべてを知っている訳ではない。もしかしたら恋人だって居るかもしれない。本当はあれはただの夢で、レオネルが死ぬ未来なんてないかもしれない。
 けれど、それならそれでいいと、幻滅するまでは好きでいてもいいんじゃないかと、開き直ってしまった。

 結局のところ、一目惚れみたいなものなのだ。
 あの朱色の混じった金の髪も、青の中に金を落としたようなアースアイも、鍛えられた肉体も、端正な顔立ちも、何より、王都のシェノバ通りで見た笑みが、優しい手の感触が、セルディには忘れられなかった。
 セルディは、前世の推しキャラというだけではなく、レオネルを好きになってしまったのだろう。
 だから彼のために出来る事をしたかった。

 でも、レオネルにシャンプーだけではなく、ポンプや他の道具もセルディが作った事をわかって貰えて、その上、セルディの気づいていなかった浅はかさを怒ってくれて、頭まで撫でてくれて、更には……。

「むきゃぁあああ!!」

 予定していたすべてが吹き飛んだセルディは、ひたすらベッドの上をゴロゴロと転がった。

「レオネル様、すごい、いい匂いしてた……」

 まるで変態である。
 自覚はあったが、セルディの恋する気持ちは止められそうにない。

「う、うう、でもこれどうしよう……」

 スカートのポケットから出したのは、一枚の紙。
 ここには魔石の新しい運用方法の提案が書かれてあった。
 魔石は高い。それはもう、べらぼうに高い。

 商品開発室に行けるようになって、セルディも少し勉強したのだが、父と伯父が昏々と説明した意味がようやくわかった。
 大きな魔石を実験で使おうと思うと、セルディの家が新築できそうな値段が動くのである。
 そんなお金は家にはないし、キャンベル商会も成功するかどうかわからない事業に手を出せるほど資金はない。
 ならばどうするか、セルディは考えた。

 我が家で無理なら、国に情報を売ればいいのでは?

 セルディは物語のグレニアンも、この国のグレニアンも嫌いではない。
 陛下には一度しか会っていないが、セルディの突拍子もない発言を、子供の言う事と笑ったりはしなかったし、彼が物語のグレニアンと同じ運命を辿ってしまうのであれば、襲い掛かる試練の手助けくらいにはなりたいと思っている。

(一番はレオネル様の生存だけどね!)

 酷いと思われようが、セルディにとって一番大事なのはソコだ。
 だが、レオネルの幸せは、グレニアンの幸せにも繋がっている。それを思えば、国に貢献するのも吝かではない。

 そもそも前世の知識はセルディのものという訳ではないのだし。
 レオネルが言った、自分が開発したことにしたい、という気持ちはセルディにはない。
 敢えて言うなら、レオネルにだけは認めてもらいたい。子供ではなく、魅力的な女になって、レオネルを支えたい。
 それが出来るのであれば、誰が開発したとかはどうでもいい。
 さすがに誘拐されるのは嫌なので、今後の言動には気を付けるが。

「うーん……。そうだ!」

 喋るのがダメなら、書けばいい。
 セルディはまたしても安易にそう考えた。

「ついでに色々押し付けちゃおーっと。ふふふふふーん」

 鼻歌を歌いながら、ベッドから降り、ろうそくの灯りがあるテーブルへと近づく。
 引き出しに仕舞ってある様々な魔石を使ったアイディア道具のメモ書きを取りだし、その中から使えるかわからないが、実験して欲しい物をピックアップしていった。

*****

「セルディ、大丈夫か?」
「はっ!!」

 夜更かしをしたためか、眠気に勝てずうとうとしながら朝食を食べていたら、父にそう問いかけられた。
 気づくと目玉焼きの黄身がぐちゃぐちゃになっている。母の視線が痛い。

(これは後で怒られるだろうなぁ……)

 まだしょぼつく目を瞬かせ、いつものようにパンの上に黄身を乗せて齧った。
 うん、おいしい。

「ははっ」

 そんなセルディの姿に、思わずという感じで笑ったのはレオネルだった。
 何故笑われたのかわからず、首を傾げたセルディに、レオネルはまずすまない、と謝った。

「その食べ方は、軍でよくやったと懐かしく思いまして」

 ……つまり、野性的であるという事かな。
 しまった。と思っても遅い。
 恐る恐る母の顔色を窺うと、すごい目でこちらを見ていた。
 淑女教育で勉強したことはどうした。と目が言っている。

「……久しぶりに私もさせて頂いても?」
「あ、ああ。お好きなようにどうぞ」

 レオネルは母の視線に固まったセルディを、仕方ないな、という目で見てから、父に了承を取った。
 フォークとナイフを操り、器用に目玉焼きをスライスされたパンの上に置く。
 そして豪快にかぶりついた。

「うん、美味い」

 満足そうにそう言って、レオネルはセルディに目を向けてから、その目を優しく細めた。
 レオネルは気を遣ってくれたのだろう。後でセルディが怒られないように。
 そんな気遣いが嬉しかった。
 セルディはレオネルと目が合うと、はにかむような笑みが自然と浮かんだ。
 レオネルの優しい目が、なんだか照れ臭かった。

 朝食を食べ終えてしまえば、レオネルが出立する時間だ。
 一晩かけて書いた手紙はまだ渡せていない。

 セントバーナードことバーニーはアイラが連れてきてくれたが、アイラはシーラとバーニーのお見合いが成功した事を報告し、やたらとレオネルにお礼を言っては握手したりしていた。
 そんな気軽に触れる事にまたちょっと嫉妬したりもしたが、アイラに恋愛感情がないことはわかっているので、大人しく待つ。

 アイラはお礼にとレオネルに持ち運べるくらいの大きさのチーズを渡してから軽快な足取りで去ってしまった。
 友達だと言うのに、セルディの姿は視界にも入らなかった。

(もうアイラってば、せめて挨拶くらいしていきなさいよね!)

 アイラが去ると、父と母もレオネルを見送るために家から出てくる。

「今回は助かりました。子爵の献身に感謝します」
「いえ、こちらこそ」

 父とレオネルが握手をする。
 何故かすぐには離さずに頷きあっていたため、セルディはそんな二人の様子を少し不思議には思ったものの、一晩かかって書いた手紙を渡すタイミングを測っていたので、そんな疑問はすぐにどこかへ行ってしまった。
 レオネルが馬に跨ってしまったのだ。

「では、失礼する」
「あ、あの!」

 馬を器用に操って行ってしまいそうなレオネルに、セルディは焦って声を上げた。
 母が後ろから止めようと手を伸ばしている事がわかったので、その手を避けてレオネルに近づき、用意していた手紙を差し出す。

「こ、これ! あの、よ、よかったら!」

 恋文を渡す訳でもないのに、なんだか恥ずかしい。
 セルディは頬に熱が溜まるのを感じながら、緊張で震え始めた手を戻す事も出来ず、レオネルを見上げた。
 封筒にパンパンに詰め込まれた手紙を、レオネルは不思議そうに見たが、受け取ってはくれた。

「……ありがとう」

 その時のレオネルの表情は、なんとも言えないものだった。
 嬉しそうにも見えるし、困っているようにも見える。
 迷惑だったかも、と少し後悔したが、一度出したものを引っ込める事も出来なかった。

 そしてレオネルは行ってしまった。

 その後、母と父にセルディが叱られたのは、言うまでもない。

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