紅雨-架橋戦記-

法月

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一章

五十二話・双忍[2]

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修行を終え、俺と樹は本部の広間に戻って来た。
樹が不本意ながらも共に帰宅する予定である里冉を待っている現在、完全にオフモードの雑談タイムになっていたのだが、俺はふと、思い出す。そして思い出したそれを手のひらに乗せて、樹に見せた。

「そういやこのピアス、落し物らしくて預かったんだけどさ」

すると樹は「これ……」と明らかに心当たりのある反応を見せる。

「あ、やっぱお前らのお揃いのやつの片方だよな?」
「うん。左につける用のやつ……だと思う。よくあるシンプルなデザインだし似てるだけの別物かもしれないけど」

左とか決まってるんだ、と思う俺だったが、よくよく思い出してみると確かに全員このデザインの方は左につけていた。
ちなみに右は綺麗な淡い青色をした雫型の飾りが付いている。それもよく見るとそれぞれに中に描かれたモチーフが違うらしく、里冉は蝶、樹は蜘蛛だ(しばらく里冉のものしか見てなかったせいで全員蝶だと思ってた)。

「誰のなんだろ、これ」
「多分だけど、白兄のスペアじゃないかな。誰からも失くしたって話聞いてないし……にしても、なんでこれが落ちてたんだろう」

里冉のことはクソ兄貴とか呼ぶのに白さんのことは白兄って呼んでんのかよ……と里冉を憐れむ俺を他所に、ピアスと睨めっこする樹。

そんな俺達の前に、というか広間に、丁度噂をしていた彼等が現れた。一瞬、白班…!と思った俺だったが、恋華の姿は見えなかった。多分既に帰ったんだろう。

「あ、丁度よかった。白兄、ちょっと来て」

樹が声を掛けると白さん達は俺達に気付き、「何?」とこちらに近付いてきた。
その姿を見ながら、白さん…とんでもない美人だ…と少し見蕩れてしまう俺。里冉の親戚なだけある。でも里冉とはまた違ってこっちはなんというか、更に女性的というか、神々しい美しさ(?)だった。(女嫌いらしいので口に出したらすげえ嫌がられそうだが……)
てか近くで見るとより神々しいな。薄い色をした長いまつ毛が、藍玉のような透き通る瞳を縁どっている。右のピアスを注視すると、中には白蛇らしき柄が。なるほど、神の使いか。これ以上ないくらい似合うモチーフだ、と思わず感心する。

そしてその隣には、近寄り難い美しさを持つ白さんとは対照的で人の良さそうな愛嬌のある顔つきをした大柄の少年(青年?)が。なるほど、この人が恋華が言ってた〝あやっきー〟か。明るい橙色の短髪がよく似合っていて、体はでかいのに威圧感が全然ない。白さんの横にいるからあれだが、よく見るとこっちはこっちで顔が整っていて「法雨の血すげーな……」と思う。
英樹さんは俺がじっと見ていることに気付くと、にぱっと太陽のような笑顔を向けてくれた。なんとなく嬉しくなり俺も挨拶代わりの笑顔を返す。すると英樹さんも嬉しそうにまた笑うので、気付いたらにぱにぱ合戦が始まっていた(?)。

一方そんな俺達のやり取りには全く興味が無いらしい白さんと樹は、淡々とピアスの話を始めていた。クールだなこの二人。

「これ、落し物って楽が預かったらしいんだけど」
「あ」
「心当たりあるの」

樹のその言葉に、白さんは何故か少しバツが悪そうに「いや……まあ」と答える。

「よかったっす、持ち主見つかって。お返ししま​────」

すると、白さんは俺を遮ってさらりと「あ、持ってていいよそれ」と言った。
白さん以外の三人から「へ」とか「え」とかいう驚きの声が上がる。

「恋華にも今度渡そうと思ってたんだけど、それ実は通信機とか発信機として使えてさ。君、樹と冉兄の班の子でしょ、持ってた方がなにかと便利……かもしれないから、ね」

爽やかな笑顔を浮かべる白さん。俺はというと予想外の言葉と急に明かされたピアスの機能に驚きを隠せないでいた。

「すごいっすね、現代忍器……」
「いや、化学の力じゃなくて白兄の術で機能してるものだから、白兄がいなきゃ会話とかはできないよ」

あ、なるほど。術者だから真っ先に白さんの名前出したのか樹。

「そ。ホールもないみたいだし本来の使い方は期待できないけど、それ持ってたら居場所くらいはわかるから、迷子になったとき俺から樹達に居場所伝えて探しに行ってもらうこととかできるんだよね」

なんとなく受け取ることを躊躇っているのがバレたのか、白さんは「あ、大丈夫、悪用はしないから」と付け足す。俺は、まあそこまで言うなら、と手の中のそれを懐に戻した。

「…まあ迷子にはならないっすけど」
「はは、そっかそっか」
「探しに行くかもわからないけど」
「そこはちゃんと来いよ」

俺達のやり取りに笑いを零す白さんは、改めて俺をまじまじと見て「楽って言ったっけ、」と口を開く。

「随分樹と仲良いじゃん、すごいね君」
「へ?」
「そう見える……?」

横を見なくてもわかるくらい樹の声色が「不本意」と言っている。まあむしろ「でしょ?」とか言って認めてた方がびっくりするのだが。

「……樹と仲良いのって、そんなすごいことなんすか?」
「見ればわかるでしょ、コイツ、この性格だからさぁ」
「うるさいな、もう俺達のことはいいから早く帰んなよ」
「樹が呼び止めたんだろ~?」
「ピアスのこと聞きたかっただけだし」

その後、早く帰ってほしそうな樹への嫌がらせなのか単に気になったのか、白さんは今の里冉班の様子を聞いてきた。話していいものかと樹へ視線をやると「……好きにしなよ」という顔をしたので俺は素直に今日の俺達のことを話した。……もちろん里冉が他の班を調べていることは伏せたが。

「……え、双忍?へえ~、また樹とは縁のなさそうな術を」

白さんはそう言ってニヤニヤ笑う。一方で、樹の眉間には皺が寄る。

「みんな失礼なのは何なの本当に」
「あっはは、同じこと言われたんだ」
「俺が言ったっすね」
「誘ってきたのコイツなのに酷くない?」
「はは、ほんとに仲良いな、すげー」

どこがさ、と嫌そうな樹を他所に、俺はさっきから暇そうにしている英樹さんをちらりと見る。

「……お二人って、双忍っすよね?」
「あ、うん。まあそう言われてみればそうだな」
「先輩としてアドバイスとか…貰えないっすかね…?」

上目遣い(立ってる白さん達に対して俺達は座ってるので自然とそうなるんだが)でそう聞くと、「……だってさ」と英樹さんに話を振る白さん。しかし「へっ?」と間の抜けた声が英樹さんから出たのを聞いて、ダメだこいつ、という顔をしてまた俺達に向き直った。

「……そもそも二人は双忍のメリットとデメリット、ちゃんとわかってる?」
「え、あ、わかってる…つもりっすけど」
「言ってみ?」
「メリットは…役割分担とか、一人じゃできない作戦ができる……とか」
「互いの監視ができることもだね」

そうだね、と頷く白さん。それからこう続ける。

「あとは片方が傷を負ったとき等に代わりに任務を続行できたり、里まで連れて帰ったりもできる」

白さんの言葉を聞いて、「一人じゃ動けない怪我を負ったときとか、かなり心強いよね!」と話す英樹さん。それに白さんが「お前は体質的になかなかないけどな、大怪我とか」と返している間、俺と樹は確かによく考えればそうだな…と顔を見合わせる。……ていうか大怪我しない体質ってなんだ?と一拍遅れて疑問に思うが、俺が聞くより先に白さんが問いを投げた。

「じゃあデメリットは」

樹が「実力に差があると片方が足を引っ張る」と即答する。俺からは「うっ…」と声が漏れる。

「あとは?」
「あとは……」

わかってるつもりだったが、いざ聞かれるとなかなかパッとは出てこない。見兼ねた白さんが、少しだけ呆れたように笑った。

「……特に気を付けなきゃいけないのは責任の分散。それによる無意識の手抜き、だよ」
「責任……手抜き……?」
「一人でやる任務より、二人の方が個々の責任が軽くなるだろ?全部一人でやらなくていい分気楽っていうか」
「ああ~……」

単独以外での任務経験がほとんど無さそうな樹はあまりピンと来てないような顔をしているが、白さんは気にせず続ける。

「リンゲルマン効果、社会的手抜きって言って、一緒にやる人が増えれば増えるほど個人が発揮するパワーは一人でやるときより減ってく。なんでこうなるかって集団になると人は少しでも楽しようとし始めるから。それと相手と息を合わせることも難しいから」
「……つまり二人になったところで単純な最大能力値の足し算にはならない、ってことだね」
「そう」

樹が先に白さんの言いたいことを理解したらしい。くっ、さっきまでわかんないって顔してたくせに。

「どゆこと?」
「昼に言ってたじゃん、実力は俺が5で楽が2って」
「うん」
「集団に…二人になることで互いに楽しようとして一人の時の実力が発揮できなくなる。つまりは単なる5+2じゃなくてそれ以下になる可能性が高いんだよ」

仮に1ずつ落ちた場合だけど4+1とか、と付け足す樹。

「だめじゃん」
「うん、だからそう言って」
「まあでも俺らは大丈夫だろ」
「なんでさ」

は?と言いたげな樹。いやだって、そんなの決まってる。

「足すんじゃなくて掛けるの目指してんだもん、楽しようとか思う暇もねえだろ?」

一拍置いて、ハァァ~~……と深い溜め息が樹の口から漏れた。え、俺なんか変なこと言った?とはてなを浮かべていると、樹は頭を抱える。
そしてそんな様子を見た白さんは、心底面白いと言わんばかりに笑っていた。

「ふくく、っはは、そのくらいの意気があれば心配なさそうだな……っ」
「そうっす。デメリットが怖いからやんない、じゃないんすよ、俺達の場合」
「……でもまあ俺も臨機応変に独忍と使い分けていけばいいかなって思ってる」

そうだったのか、と隣を見る俺。何?と言いたげな樹に、なんでも、と首を振った。

「安心した。まあ頑張れよ二人共」
「俺も応援してる!」

そう言ってくれるお二人にあざっす!と返すと、白さんは「アドバイスとかはよくわかんねーけど、聞きたいことあったらどーぞ」と笑いかけてくれた。

「あ、じゃあ白さん達はどういう双忍…っての聞いても大丈夫っすか?役割?とかそういうの…」
「俺が頭脳担当で、コイツが筋肉担当」

俺の質問に、白さんはそれぞれを指さしながらそう答えた。即答だったな。
樹と英樹さんの「担当それでいいの英兄……」「え?うん!」という会話を聞きながら、なるほど、頭脳担当…と考え込む。

「俺達なら……どっちかっつーと樹が頭脳派な感じするけど」
「まあ楽よりはね」
「おいバカって言いてえのか」
「でも俺が指示出したところでコイツ、絶対指示通りに動かないし」
「相棒としての信頼のなさよ」

すると俺と樹のテンポの良い会話をにこにこしながら聞いていた英樹さんが、「あ、まずはそこからなんじゃない?」と言う。

「そこ?」
「何よりもまずは互いを信頼するとこから始めたら……ってことすか?」
「そうそう」

確かに言われてみればそうだ。戦略的なこととか役割とか、そういうのよりまずは樹からの信頼を得ねばならない。思えばまだ出会って数日なんだもんな。
俺の例の事件のせいで一気に俺から樹への信頼は生まれたが、そもそも樹はいつ白いアイツに変わるかわかんない俺と共に居るというだけで実は結構気を張っているのではないのか……?もしかして俺はまずそこのコントロールからしていかないと樹に信頼されるって無理……?いやでも、何回でも止めればいい話でしょ、と自信満々だったしそこは案外心配しなくてもいいかもしれない。うーん……。

「どうすれば信頼してもらえんだろ…」
「俺達は…ずっと一緒だから参考にはならないね」
「そうだな」

やっぱそうなんだな、と思う俺。なんかもう雰囲気が熟年夫婦なんだもんこの二人。長く一緒にいるだけじゃない仲の良さというか、互いへの信頼が一目でわかるくらいの空気が二人の間に流れている。

「やっぱ実際に任務に出てコンビとしての経験値積むしかないんじゃ」
「任務ねえ……」

それからしばらくあーでもないこーでもないと信頼を得る術を一緒に考えてくれた白さん達は、白さんの護衛らしい迎えの車が来たことで一足先に帰っていった。
里冉を待つのが嫌らしい樹が「俺も乗せて帰ってよ」と言っていた(そして拒否られていた)あたり、白さん達も本家で暮らしているのか。絶対立花よりでけーよ法雨……何故か身内が少ない立花と比べると戦力も圧倒的だし……すげーなぁ……。

そんなこんなで再び二人になった俺と樹は、引き続き信頼を得る術を捻り出そうと考え続けていた。

「あれだな、わかった、まずちゃんと友達になろう」

俺が突然あげた声に、樹が「は?」と言う。想定内のリアクションだな、と俺は話を続けた。

「里とか家とか任務とか一旦忘れて、普通のダチとして接してみようぜ」
「友達…………」
「おう!」

樹は「いつもなら忍びに友達なんていらない、って拒否するところだけど……」と呟きながら考え込む。やっぱそういうスタンスなのな。

「ほら、白さん達みたいな感じは無理だけど、ダチなら俺達でも今すぐなれるじゃん?」

まあもう俺は友達だと思ってるけど、と思うが多分調子乗るな!と怒られるので今は口には出さないでおく。

「でさ、この梯との戦いが長期に渡った場合、ただの仕事仲間として接し続けるよりダチだと思ってた方がなんつーか、深いとこで信頼しあえるかなって」

確かに友達感覚だと悪い方向に転ぶ可能性もあるけど、オンオフしっかりしてれば問題なさそうじゃね?と続ける。その切り替えは忍びなら出来て当たり前だしな。
するとその言葉が効いたのか、少し照れくさそうに樹は口を開いた。

「……仕方ない、あくまでも任務の為だからね」
「へへ、はいはい!」

相変わらず素直じゃない樹に俺が笑うと、なにさぁと言われ、なんでもねーよ、とまた笑った。

多分だけど、俺達全く同じこと思い出してるんだろうな​今────なんて思う俺の頭には、演習後話しかけ続ける俺にやっと返事をくれたときの樹の姿が浮かんでいた。
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