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悪魔の計らい(屍木誕生日話/幼馴染組)
しおりを挟む「なあ刹那」
「なんだ殺尾」
言いたいことはわかるよな?
殺尾がそんな視線を投げた先には、にやにやと口の端を上げる刹那、そしてその隣には殺尾の想い人───屍木の姿があった。
法雨の忍びである殺尾と、立花現当主である屍木。本来不仲でもなんら不思議では無い二人だが、現実は違った。二人は幼い頃からの付き合いで、殺尾に至っては当時から今までずっと恋愛感情まで抱いている。いけないことだと、分かっていながらも。
「どうして屍木が居る」
「殺尾が会いたがっていると刹那から聞いてな」
「……………………お前な」
「んー?」
会ったら抑えが効かなくなりそうで避けてたの知ってるくせに……という顔で刹那を睨んだ殺尾だったが、刹那から返ってきたのは胡散臭い微笑みだけだった。
思わずため息を零すと、屍木が「な、なんだ…?会いたかったんじゃないのか……?」と眉を下げ始めたので、殺尾は慌てて「違う、今のは刹那に対してで」とつい口にする。
「なんだ、私が悪いとでも言うのか。折角直接渡す機会を作ってやったというのに、なんて奴だ……」
そう言ってわざとらしくシクシクと泣き真似をし始める刹那には触れず、屍木は目をぱちくりとさせて殺尾を見た。
「渡す…?」
「あ、いや、その…だな……」
これを……と言いながら殺尾が取り出したのは、小さな包。屍木がそれを受け取り開けると、中から赤紫の石でできた羽織紐が出てきた。
「明日……というか、数十分後には……な」
「覚えててくれたのか」
「当たり前だ」
想い人の誕生日を忘れるわけがないだろ。既に妻子のいる身である殺尾は、流石に口には出さずにそう続けた。
「少し早いが……おめでとう」
「ふ、ありがとう、殺尾」
「やけに嬉しそうだな」
「嬉しいからな」
そんな会話をしていると、二人共に構って貰えず拗ねたのか、それとも気を利かせたのか、刹那が「ごゆっくりー」とその場を去って行ってしまった。
今三人が集まっているのは五十嵐の屋敷の中にある刹那の私室。…の縁側。殺尾は甲賀者でありながら刹那の元へはよく顔を出していた。そして今日は明日が誕生日である屍木への贈り物を刹那に託しに来た────はずだった。
ここ数年わざと距離を置いていた想い人本人がいたことで調子の狂ってしまった殺尾。しかも二人きりにされてしまい、どうしたものかと頭を抱える。
「刹那の奴……俺はもう用は済んだんだが……」
「…………すぐ法雨に帰らないといけないのか?」
「いや、いけないわけでは…ない」
「なら…」
屍木は縁側に座り、殺尾の方を振り向き、自らの隣を軽く叩く。それから「久しぶりだし、な?」と笑いかけると、殺尾は渋々、といった様子でその隣へと腰を下ろした。屍木からの誘いを断れるなら、そもそも未だにこうして伊賀まで誕生日プレゼントを届けに来るなんてことはしていないのだ。とはいえこの時期のこの時間に縁側は流石の忍びでも寒い。屍木の相変わらずの天然(…?)っぷりに、殺尾は小さく笑った。
「何年ぶりだろうな、こうして会うのは」
「さあな……」
昔はどうやって話していただろうか。殺尾にその懐かしい記憶を漁る暇も与えず、屍木は話を続けた。
「どうだ?子育ては」
「……大変だろ、お前のところは」
「まーな」
すぐに話題を返した殺尾に、屍木は法雨にも色々あるのだろうな、と察する。
「もう五つになるのか」
「そうだな。確かお前のところの次男も一緒だろう?」
「ああ」
日に日に俺に似てくるんだ……と複雑そうに笑う殺尾に、屍木は微笑んだ。なんだ、ちゃんと可愛がってるんじゃないか。
「アイツが亡くなったと…刹那から聞いたときは驚いた……」
屍木がうちのもめちゃくちゃに可愛いんだよ、と親馬鹿を晒そうとしたそのとき、殺尾の口からそんな言葉が発せられた。
「……抜け忍の定めだ。彼女もいつかは…と、覚悟していただろう」
そう言った屍木の目は、どこか遠くを見つめていた。その横顔をついじっと見ていた殺尾だったが、ハッとして自らの手元へと視線を落とす。
「……再婚、しないのか」
「しない」
「即答か」
「あの子達の母親は一人しかいない。例え本人達がそれを覚えていなくても、別の誰かじゃ務まらない」
「……そうか」
殺尾は自身の左の薬指に光る指輪を見つめる。屍木の薬指にもあったはずのそれが消えていることは、とっくに気が付いていた。
「愛している。今も、この先も」
屍木が呟いたその言葉に、つい拳を握る。悔しいなんて、聞きたくないなんて思う資格など無いのに。その言葉が自分に向いていたらどれほど良かったかなんて、思ったってどうしようも無いのに。とっくに割り切って終わらせた関係のはずなのに。
そんなことが頭を巡る殺尾に、屍木が小さな声で続けた。
「……殺尾も、同じか?」
思わず屍木の方へと顔を向けると、いつの間にか殺尾のすぐそばに寄って来ていた屍木と至近距離で目が合った。唾を飲む。頭では必死で理性を手放さないようにしているのに、数年ぶりにまともに見る想い人の顔は昔とほとんど変わらず、その垂れた目は穏やかに殺尾を誘っているようにも見えて。
何を、何を言わせようとしているのだ、この男は。
職業柄かすぐに察してしまったこの先を、殺尾はなんとか回避しようと思考を巡らせる。だめだ、この空気はまずい。頭ではわかっていても、体が言うことを聞かずにその扇情的な唇へと吸い込まれていく。
「……ッ、」
押し負けかけていた殺尾の理性が、触れる寸前で辛うじて働いた。
屍木は殺尾の気持ちを知っている。つまりあの言葉は「まだ好きでいてくれている?」と同義だ。だが最愛の妻を喪ったばかりの彼の寂しさに付け入るなど、許されていいはずがない。そう思って、踏みとどまった。しかし────
「…!!?」
冷えた唇に柔らかな感触が伝わってきて、ハッとする。目の前には屍木のしたり顔があった。
「なっ……にして……」
驚く殺尾に、屍木が何も言わずに微笑む。思考がフリーズして動けずにいた殺尾だったが、すぐに自分を呼ぶ声に意識を引き戻された。
「殺尾」
「な、なんだ」
「殺尾……」
今度は体温を体に感じた。甘える猫のようにぴたりとくっついてくる屍木に動揺し、殺尾の手がつい宙を彷徨う。すると屍木は少し間をあけて呟いた。
「……さむい」
「や…そりゃそうだろう…何月だと思って…」
心臓がうるさい。心做しか体温が上がった気がする。殺尾はそれらを誤魔化すように彷徨っていた手で自らのマフラーを外し、さむいと言う屍木の首元にゆるく巻き付けた。
「殺尾の…あったかい…」
「言い方もう少し何かあると思う」
「?」
思わず口にしてしまったが、はてなを浮かべる屍木を見て(もう少し何かあるのは俺の思考の方だな……)と口に出したことを早速後悔する殺尾。そんな彼の気も知らず、屍木は少し遅れて意味を理解したようで「思春期か」と笑いながらツッコみ返した。
「お前といるとどうも頭がバカになる」
「はは、相変わらず俺に弱いな」
「お前も大概相変わらずだろ」
元々人との距離が近い屍木は、殺尾に対しては特にゼロ距離になる。昔から変わらない、内に入ることを許しきったその態度。それは共に家庭を持つ身になっても、案の定変わっていなかった。
だから会うのを避けていたのに。殺尾がそう思うと同時に、屍木の手が殺尾の左手に触れた。
「……俺の前でくらい、外せばいいのに」
どくん、と殺尾の心臓が跳ねた。
「へへ、なんてな」
「悪い冗談はやめろ……」
「本気にする方も悪いと思うが」
「してない、断じて」
「本当か~?」
それはこちらの台詞だ。本当に冗談なのか。さっきのキスも、冗談なのか。
殺尾はそこまで考えて、いや…わかっている……とつい期待しそうになる自身を抑えた。妻子がいながら未だ屍木にどうしようもなく惹かれてしまうダメな自分とは違い、屍木は亡き妻のことを一途に愛している。俺の気持ちを知っているが故に、利用しようと、或いは弄ぼうとしているだけだ。それはそれで酷い男だが、屍木なら許せてしまうのが俺の更にダメなところだ。
これ以上今の屍木のそばに居てはいけない。殺尾の思考がそこに終着したその時、
「一杯やらないかお二人さん」
手に酒瓶を持って戻ってきた刹那が、にっこりと笑ってそう言った。
殺尾は思わずすっくと立ち上がり、刹那の腕を引いて部屋の中へと連れ込み障子を閉める。深夜であることを忘れた殺尾の力加減により、すぱん、と気持ちのいい音が鳴った。
「なんだ殺尾、まさか私と二人がいいのか?」
「ばか。ばか刹那。この…馬鹿」
「どうした子供みたいな悪態つきおって」
「今の屍木に飲ませてみろ、どうなるかわからんぞ」
「殺尾の理性が?」
それも……うん……そうだが……と語尾を濁す殺尾に、刹那がくくくと笑う。
「いいじゃないか、あれはもう据え膳だろう」
「据え膳判定ガバガバすぎるだろお前そんなだから結婚できなヴッ」
「何か言ったか」
「すみませんでした……」
人体の弱点を知り尽くした刹那によるシンプルな鳩尾への打撃を食らい、殺尾は青ざめる。コイツ…わりと本気で打ちやがって……と思いつつ、今のは自分が悪かった、と素直に反省し、刹那を敵に回すのはやめようと心に誓う。そんな殺尾の肩に、刹那の腕が回った。絞め殺される、なんて物騒な考えが殺尾の頭に過ったが、単に肩を組んだだけだったらしい。耳元で刹那がニヤニヤしながら囁く。
「折角の再会だ、一発くらいは許される」
「最低だよなお前……」
「はは、善人に見られたい相手などもうこの世にはいないからな」
「…………よせ、そんな発言」
殺尾の真剣な声色に当てられて、刹那は眉を下げて少し笑った。
「はいはい。ていうかな、俺は単純にお前らを応援してるだけなんだよ。今も、昔も」
「昔は邪念塗れだっただろ」
「いやいや、そんなわけ」
今更ただの良い幼馴染を演じられるとでも思っているのか……と言いかけた殺尾だったが、先程の誓いを思い出し口を閉ざす。
「ま、確かにいいぞー!あわよくばそのまま女を抱けない体にしてしまえー!とも思っていたがな」
「いっそ清々しいよな本当に」
「褒め言葉と捉えておくよ」
「どうぞご勝手に」
呆れ顔の殺尾に、悪魔、いや刹那が「どうせバレやしないよ、伊賀で起こったアレソレなんて」と囁いた。
「お前がこっち(法雨)に流さないとも限らないだろ」
「ほー、やはりバレなければOKだと思ってるんだな」
「そ、そうは言ってな……」
あっさり墓穴を掘った殺尾に、刹那は追い討ちをかける。
「まあ実際、彼女にバレないように欲は満たしていたもんなあ」
「そっ……れは……」
「大丈夫、昔から俺はちゃんと秘密にしてるだろう?口は堅いんだ、こう見えて」
それはお前が一番よく知っているだろう、親友?とニマニマ顔を向けてくる刹那に、殺尾は「それ屍木の前で言うんじゃないぞ……」と釘を刺す。ああ見えて結構繊細だからな、と続けるまでもなく、刹那は「わかってらぁ」と口の端を上げた。
「…………本当に口外しないんだな?」
「そう言っているだろ」
無言で見つめ合った後、二人は頷く。それから酒を握り締め、屍木の元へと戻った。
─────が。
そこには縁側に横になって眠る屍木の姿が。
「………………話、長かったか」
「まあ……そうだよな……屍木だし……」
ほっとしたような、緊張が解けたような、けれど明らかに落胆もしている表情の殺尾にまたくくくと笑いながら、刹那は「私が送っておくよ……」と送迎役を買って出たのだった。
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