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第三章 逃げる者と追う者

35怪しいですよ?

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 無事にトイレに駆け込むことができ、スッキリして戻ると、白いシャツを着て、黒いズボンを履き、髪も綺麗に整えて出かける準備万端のエヴァンさんがいた。

 うわぁ、私なんてまだ起きたままのボサボサ頭だよ。前髪なんて跳ねてるし、昨日えっちして汗かいたから、できたらお風呂入りたいのに。

「ミツキさん、朝食を食べてから転移で大丈夫ですか? なにか見たいものあります?」

 見たいものかぁ。うーん。せっかくの異世界だしねぇ、ちょっとくらい観光したいよね。
 この街、何だか不思議な感じがするし、建物が積み上げられてる街とか、ワクワクするし。

 早く行かなきゃいけないのはわかってるんだけど、ちょっとくらい、ね?

「この街のお店って、なにがあるのかなぁって。気になってるんですけど、私じゃいけなかったのでまだ見れてなくて。観光はダメですか?」

 ここ、魔法使い専用、空飛べる人の街だからね。地べたと仲良しの私には過酷な街だ。
 でも、今の私には、エヴァンさんがいる!
 空を飛ぶなんてお手のもの。本物の魔法使いが!
 エヴァンさんが「めんど」って思わないなら、ぜひとも行きたい!

「では、朝食のあと、少し観光をしてから、次の街に転移しましょうか」
「えっ、いいんですかっ? やった! エヴァンさん、ありがとうございます!」

 小さくガッツポーズを作る。異世界観光。異世界に来てから世知辛いこと多かったけど、ちょっとは楽しめるかも。

 それにしても、イケメンで気も回って融通も効く。こんなイケメンが、世の中に普通に存在するんだもんね。異世界すごい。


 その後、朝食の前に軽くシャワーを浴び、エヴァンさんの魔法ドライヤーをかけてもらう。髪をとかして寝癖が消えたことをチェックし、紺のワンピースに袖を通した。

 上から黒いローブを羽織って、フードを被り、エヴァンさんチェックを合格したら宿を出る。

 そしてさっそく、エヴァンさんの腕が私の背中と膝裏にやってくる。そのままひょいと持ち上げられ、空を飛んだ。

 う、わぁ。気持ちいい。
 昨日は夜だったから景色がわからなかったけれど、奥の方にある森まで見える。絶景だ。魔法使いたちはいつでもこんな景色が眺められるなんて。


 ちなみに、エヴァンさんは箒とか使ったりせず、身一つで飛ぶタイプらしい。

 何が違うのか聞くと、箒とかは複数人乗りが可能なのと、箒自体に術式が組み込まれているんだとか。
 だからそこに魔力を流し込めさえすれば、誰でも空を飛べるんだって。なにそれすごい!
 と思ったけど、その箒を持たずに空飛んでるエヴァンさんは……どういうこと?

 さりげなく訊ねたら、頭の中で構築してるから落ちたりしませんよと笑顔で言われた。つまり、天才?



 エヴァンさんはグングン上へと登っていく。
 ふと下を見てしまって後悔した。めちゃくちゃ高い。下を見たらダメなやつだ。ワクワクが恐怖に変わる。
 ギューッと、エヴァンさんの首にしがみつくと、耳もとでエヴァンさんが笑う。息が耳の皮膚を撫でてちょっとくすぐったい。

 これ、エヴァンさんだから絶対落とさないって思えるけど、ちゃんと人を見極めないと危ないな。紐なしバンジーになってしまう。

「なにか、興味の惹かれるものはあります?」
「うーん。そういえばここって、どんなの物を売ってるんですか?」
「シルバーナは薬の街ですね。珍しい薬品も多々ありますよ」

 へぇー、薬の街。
 それってもしかして、えっちなお薬とかあるやつですかね?

「ミツキさん、変なこと考えてません?」
「いやいや、そんなまさか」

 するどいな。
 やっぱり魔法で心読んでたりしてません?

 エヴァンさんにしがみつきながら、積み上げるように建っているお店を見ていると、ひとつのファンシーな家が目に付いた。
 扉には木の札がかかっているのでお店だろう。四角い形の建物の右端には煙突があった。

 窓際には、女の子が好みそうなクマみたいなぬいぐるみが置いてある。茶色でふわふわして触り心地が良さそうなクマ。
 それからキラキラの透明なガラス瓶の中に、赤や緑、黄色、いろんな色した液体が入っている。結構キツめの色だけど、なんだろう、あれ。気になる。

「ん、なにか気になりました?」
「あそこ、あのお店行きたいです」
「……ミツキさん、あそこはやめましょう」
「えっ、なんでですか」
「いえ、ちょっと……」

 視線をそらして言葉を濁すエヴァンさん。

 怪しい。すごく怪しい。なんだなんだ、なにか後ろめたいことでもあるのか。どこでもいいですよって言ってたのに、あの店には行きたくない理由。
 はっ、まさかっ、彼女かっ?

「行きます、行きたいです。連れて行ってくれないなら他の人にお願いします」
「それはダメです」
「なら、連れてってください」
「……今回だけですよ」

 私の圧に押されたのか、エヴァンさんが苦笑を浮かべて折れた。
 
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