スイセイ桜歌

五月萌

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第1章 太陽の歩く世界

14 再びリコヨーテへ

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リコヨーテ
 太陽は夏らしい暑さの中、閉じていた目を開いた。夕暮れ時だった。

「ここは……?」

(リコヨーテだろうか?)
 太陽は周りを確かめた。
 かまくらが無くなっている。その代わりにアイヌ民族の家であるチセが建っていた。周りの空気が澄んでいる。

 真っ直ぐ見ると日本のようなビル群。車が走っている。遠くにお城が見える。後ろは海が広がっていた。ここは断崖絶壁だ。波の音が心身にとどろく。地下でこの国を支えていた柱が何本か見える。

「無事に着いたようだな」

 太陽はリコヨーテの大地にふらふら立っていた。 
 しばらくすると、魔法陣が近くの地面に現れる。そして、まるで閃光弾の様に光に包まれる。

「あのガキ、俺のケータイを奪いやがって。これでは連絡できんではないか」

 光が消えて、人が現れた。太陽よりも頭一つ小さかった。

「お前、助けてもらっといて」

(何様だ)
 太陽はいいかけて、その人の顔を見て心がざわめく。

「あ、お前は太陽じゃないか?」

 ジェイノは黒い鎧を着て立っていた。そして、言ってる間にも例の魔法陣がそこかしこに現れる。

「なんなんだ」
「来る!」

 太陽は目をつぶって光の収まるのを待った。

 四人の人がその場に新しく出てきた。
 甲冑姿の男性二人と軽装の男女の二人。軽装の人の内一人はこれまた見たことのある女性だった。

「る、ルフラン?」
「やあ、僕らを助けてくれたんだね。恩にきるなあ」

ルフランは白と黒のゴスロリチックのドレスを着ている。

「なんであの場所に?」
「僕らは偵察に向かう途中で落ちてしまったんだよ」
「これで全員か?」
「うん」
「これからどうするつもりなんだ?」
「そうだねえ、フェルニカに戻りたいのは山々だけど、恩義に報いるのが僕のモットーだよ、君は日本に帰りたい? 手を貸そうじゃないか。願い石をここにいる皆で作ってあげてもいい」
「お前のその願い石に使われてるのは半月の人の血だろ? それに用があるのはここリコヨーテだ」
「それなら、手を貸し、そしてしばらく仲間でいようか、なあ、お前たち」

 ルフランは鷹のような目で、逃げようとしているリコヨーテの人達を睨む。

「ルフランさんが言うなら仕方ない」

 ここにいる皆が頷いた。

「満場一致だ」

 ルフランは宝石のようなきれいな水色の瞳を太陽に向けた。

「ああ、しかし一つだけ条件がある、俺の前で半月の人に手を出すな」
「構わないよ、ね?」
「ああ、別に半月の血は足りてるし襲わないぞ」

 ジェイノが早口で答える。
 太陽はジェイノはルフランに弱みでも握られてるのだろうと慮るおもんばかる

「まずはアイだ。ユーフォニアムの子だ」
「ユーフォニアム?」
「まず顔面キノコにされた人がいて会いたいと言っていた娘がいたんで連れて行く予定だったんだ」
「へえ、近いのかな?」
「遠くはない」
「じゃあ皆で行こうよ」
「そうだ、まず名前を聞きたい。俺は石井太陽、ルフランとジェイノはわかっているからいいけど」
「歩きながら話そう」

 ルフランの声が太陽の足を進めさせた。

「俺はリンド。バイクいじりが趣味だ」
  
  軽装の人が答えた。服装は赤シャツにジーンズ。印象に残るドレッドヘアをしている。

「わしはチラル。本を読むことが好きだ。ギリシア神話にハマっている」

 白髪混じりの髪の甲冑を着た人が言った。
「俺はエク。今はもっぱら野球観戦が趣味だ」
 筋肉隆々の男性で甲冑を着ている。
「皆、武楽器使いなのか?」
「武楽器使いは君と僕とジェイノとリンドだけだよ、箱はテイア、空に浮かんでいる大陸ね、そこにいる時なら誰でも出せるけどね。そうだ。ここって多分日本の近くだよね? 箱出せるのかな」
「パース・ストリングス」

 太陽は手に力を込めつつ唱えた。
 何もでてこない。

「ウォレット・ストリングス」

ピアノが出てきてチラルとエクが驚く。

「ウォレ」

 ルフランの出した楽器はオーボエだ。

「次、ジェイノ」
「……ったく。ウォレスト」

 フレンチホルンがジェイノの手元にでてくる。

「ホルンな。最後、リンドは?」
「はい、ウォレスト」

 出てきたのはチェロだった。ドレッドヘアにどこから出したかサングラスをつけている。

「言っとくけど俺ら、ジャズしか吹けんからな」
「僕はジャズもクラシックも両方できるけどね」
「二刀流か」

 太陽は物珍しくルフランを見た。

「月影と戦うことになったら、どうするんだ」
「俺たちが先陣をきって、ルフランさんとアンタで援護奏してもらう形になるな」

 ジェイノはそういうと武楽器を消した。
 周りの皆も各々武楽器を消した。

「ここには月影はいるのか? 多分ローリ達の手で日本近くに大陸が落ちたんだと思うけど」
「そういやここリコヨーテだったね」

 フェルニカ兵士達はハウンドトゥース柄の衣装や装飾品を隠すか捨てるかした。
 白い精霊の姿が、垣根の下からひょっこり見えると、目の前を通過していく。

「危ない」

 精霊が車に轢かれそうになったが、透明になって消えた。反対側の歩道に光の束と一緒に現れた。

「これから、ユーフォニアムを吹いている娘に会いにいく。全員、俺についてきてくれ」

 太陽は不慣れな道を案内し始めた。

「わかった。ギルドに行くのかい? それなら僕のほうがよく知ってる」

 ルフランは助け舟を出すと、太陽の代わりに先を歩いた。

「ああ、実はそうなんだ」

 太陽は自分の記憶力のなさを呪った。
 十分ほど歩道を歩く。

 ある場所に人がごった返している。役所のようなところだった。
「日本人とうまくやっていけるの?」

 小太りのおばさんが数人たむろしている。室内も密になっていて、暑さが倍増している。

「静粛に。陛下から説明書きが配られたであろう? テイアに残りたくばリコヨーテを出ればよかっただろうに。もちろん日本からテイアに行けることは周知の事実であろう。何を騒いでおる」

 一人の白髪交じりの頭髪の薄い太ったおじさんは声を荒らげている。この人は貴族風に白いラフに緑色の装いだ。

「行こう」

 ルフランに言われるまでその様子を太陽は静観していた。
 
 太陽はその場を通り過ぎた。そして、長い階段の前にたどり着いた。ギルドの看板も見える。
 ユーフォニアムの音が聞こえてきた。
 太陽はなんとなく空を見上げて驚く。
 太陽は日本にいると実感した。それと同時に空の雲行きが怪しくなってきた。
(雨でも降るのか?)
 太陽の予感は的中した。
 
 太陽達が階段を登っている最中に雨が降り出した。そして、そこでアイと合流した。

 「太陽!」

 アイの発した声は涙声だった。

「今この世界で何が起きてるか知ってる? う、うちがユーホ吹いてる間に、皆殺されてるんじゃないかって」
「大丈夫だよ」
「日本人に話を今通しているんだって皇太后様。戦争になったりでもしたらどうしよう」
「平気だよ。それよりお父さんに会いにいくんだろ」
「ほんとに? 会いたいよ」
「俺について来い」

 太陽はそれだけ言うと道を引き返した。
 伽藍が光っていて太陽は勇気をもらった。
 皆、小走りになっていた。
 
 土に埋まっていて、顔がキノコのその人物、ユウキとアイはお互いに呆然としていた。
「……アイ」
「どうして? お父ちゃん、キノコになっているの」
「お前に武楽器を託した後、捕まっちまって。キノコに。陛下様に命だけは助けてもらったんだ」

 ユウキの言っていることに太陽は疑念を浮かべる。

「よかった、こうしてまた会えて」
「俺に触れるな!」

 ユウキの咆哮もむなしく、アイはユウキの傘の部分に触れてしまった。
 バンッ
 ユウキは爆発した。凄まじい音とともに、地面が揺れる。

「何が起きたんだ?」
「おと、お父ちゃんが……うう」
 キノコは跡形もなくその場から消え去っていた。
「こんなことになるのならこなきゃよかった」

 アイは号泣する寸前の顔をした。

「元気出せよ」

(なんだろうか、ユウキの声が聞こえた。気のせいか?)
 太陽は泣き出したアイを撫でながら木の裏側が気になった。アイの手を引き、一緒に見ると小さなキノコに顔が浮かび始めているのがわかった。
 その時、雨がやんだ。

「この菌糸がある限り、俺は死なない。そして俺にはアイと触れ合えない呪いがかかっている」
「呪い?」
「ああ。俺が寝ていない、起きている時にエーアイと十分に一回言わないと菌糸を巻き込んでこの辺が大爆発するんだ。その他にもアイと目を合わせること、アイと触れ合うこともタブーだ。小さな爆発を起こす。エーアイとはアイのことを言いたいわけではない」
「相当アイに対して妬んでいるのか、そのルコという人に」
 
  ジェイノは口を出した。

「こら、陛下の母君に様をつけろ、殺されるぞ」
「ふーん、なるほど。ところでユウキ、この大陸が多分日本近くに落ちたことは知ってんのか?」
「まさかとは思っていたが、やはりか。さっきまですごい騒音と揺れが起きてたんだ」
「お父ちゃん、日本人に捕まったらどうしよう」
「俺は菌糸のすべてを壊されない限り、また、タブーを破ってばかりではない限り、大丈夫だ。今さっき、触れ合う事をしたが、なんとかこっちの木の裏に逃れられた。しかし次はないだろう。日本の近くに落っこちたなら、日本で暮らせ。アイ」
「お父ちゃんと離れなくちゃいけないの、うち嫌だよ」
「いいこと考えた」

 ルフランが棒付きキャンディを舐めながら、話に乱入してきた。

「君、分身の体を取り込めばいいんだよ」
「なんで? 一日しか持たんのに」
「死者の体を十日生き返らせることができる魔法曲をご存じかい?」
「聞いたことがある。確か、ラ・フォリア」

 ユウキが答えた。

「そうだね、裏で言われている、密かに研究されている実験があるんだよ。まず一日経つ前に分身の体へ入り、首をつなぎ合わせ、ラ・フォリアを聞けば、寿命よりもずっと生きていられると言われているというものだよ。ちなみに半月の体のように自己再生能力もつくはずだ。血を大量に抜かれるか、心臓を突かれない限り死なない」
「本当だろうな?」
「もちろん、だけど弾いたものは代償で寿命の二分の一、縮まるらしいね。だけど弾いてくれる人が多いほど、寿命の縮まりは少なくなる」
「俺はやだね」

 ジェイノはそう言うとポケットからタバコとライターを取り出した。
 太陽はポケットからケータイを取り出す。アンテナは二本立っている。

「そういえば、電話試してなかった」

 太陽は美優に電話を掛ける。
 繋がらなかった。

「もういいんだ、アイに会えたし、これで死んでもいい」
「何言ってるんだよ」

 太陽は美亜に電話をかけた。

『もしもし、太陽?』
「美亜! 繋がってよかった」
『美優がなんか、あたしに電話でてって言ってきて焦ってて、ウケるんだけど。今森に着くところ』
「頼みがあるんだ、できる限りの人を募って、ラ・フォリアを弾きたいんだ」
『ラ・フォリア? その曲って、寿命縮まるって魔法曲じゃね? あたしまだ死にたくないわよ』
「たくさん人を集めれば、その分寿命縮む時間は少なくなるらしいんだ」
『わかったよ』

 声は甲高い声からハリのある声に変わった。

「美優?」

 太陽は瞬時に切り替わったのがわかった。

『なるべく沢山の演奏者を集めるよ』

 太陽のケータイの充電が切れたのと同時に美優が何かを言っていた。

「もうエーアイなんて言いたくないんだ。その魔法はどうやったら治る?」
「そうだローリを呼ぼう。それにローリなら顔も広いはず、人がたくさん集まる」
「だめだ、大手を振って集めるのは。ルコ様に、バレたら殺される」
リンドは冷静な顔で言った。

「この呪い……目を合わせたり触ったりする呪いは、かけた者の弾いたであろう魔法曲を再度聞けば治るな」
「む、そっか」
「フェルニカの人は基本ジャズしか吹けないよ」
 
ルフランは小さくそう言うと、嫌な気を振り払おうとしたのかキャンディをかじった。

「呪いを解くためにローリに会いに行こう」
「僕ら敵国なんだけどいいのかな。縄で縛ろうか、こいつら?」
「そうしたいのはやまやまなんだけど、箱が出せない以上どうすることもできないぞ。それに、普段からギルドやらなにかに侵入して報酬もらってるじゃないか?」
「まあね」
「誰か空を飛べる半月を連れて行かないとな。それにリコヨーテにフェルニカ人がいることに対してのこれからの指針となるものも伝えないと」
「うちの精霊の踊りで精霊を出して、手紙を渡せないかな? 精霊は水より軽いし」
「良い案だそうしよう」

 太陽は手紙をどこで調達するか思案した。そしてムーン宝石を思い出した。

「あのさ、ルフラン、武楽器からどうやって金貨を出すんだ?」
「オリジナル曲だよ」

 ルフランは興味なさげに答えた。

「う……、そんな急に言われても」

 太陽は目の前が黒く染まっていくような感覚になった。

「僕の恩返しする時がきたね? 手紙代、僕がだすよ」

 ルフランは流し目で太陽を見る。

「エーアイ」

 ユウキがポツリとつぶやく。

「ここを移動しよう」

 太陽はユウキのことをかんがえた。

「それはこれが終わってからね、ウォレ」

 オーボエが現れた。

 太陽が聞いたその演奏は、今までに聞いたことのない美しく、きらびやかな演奏だった。心臓がドクンドクンと脈だつほどだった。
 オーボエから金色な光が地面を照らし二十枚ほどの金貨に変わった。

「とりあえず二十枚で足りる?」
「足りますとも、今の雅な曲の題名は?」

 リンドは魂を奪われたかのようにルフランに詰め寄った。

「これは即興演奏だから名前はそうだなあ……虹の絵描き歌、はどうかな?」

 ルフランは人差し指で空を指す。

 そこには虹がありありとかかっていた。

「綺麗!」
「虹の絵描き歌をアレンジすれば俺でも金貨出せるんだな?」
「うーん、確かに。結構アレンジしないとだけどね」
「そうか」

 太陽は地面に落ちている金貨を拾った。

「十枚もらうよ、残りは自分で使ってくれ」

 太陽はルフランに金貨十枚、手渡した。

「ユウキ、あと少しだけ、少しだけ、待っていてくれ」
「うちもついてくよ」

 太陽一行は近くにあるムーン宝石に向かった。
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