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20 エピローグ 過去と旅立ち

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 昼を大分過ぎて店を出たが、まだ陽は高い。
 俺たち3人は西門前にある馬車乗り場にいた。

 街道を行き来する8頭立ての大きな幌馬車ほろばしゃが発車時刻を待っている。
 これと貸し馬を乗り継ぎ、2日ほどかけて次の冒険の地へと向かうのだ。

 リンディは食事会がお開きになると、
「じゃあ、次の冒険も気をつけてねー」
 と、なんとも気持ち良さそうな千鳥足で帰っていった。

 遥か遠方まで旅立つわけでもないから、あれがしばしの別れの挨拶ということで構わない。
 以前は共に旅した、俺とあいつの仲だ。

 しこたま美味い料理と酒ですっかり英気を養った俺たちは、長椅子のベンチで出発までのときをゆったり過ごす。
 少し酒精アルコールが回っているが、午後の予定は馬車に揺られるだけだ。

「しかし、勢いで首を突っ込んだ今回の件、なんだかんだで解決できて良かったなあ。これも2人のおかげだ」

「1人の剣士として騎士ルイーザの無念を晴らせた、それだけでこの件に関わった甲斐があったというもの。その上、騎士団から名誉章まで頂けたのだからな。これ以上の誉れはあるまい」

「解決できて本当に良かったよ。みんなを困らせてた悪い奴等は全部捕まったし、ルイーザもきっと喜んでくれてると思うよ」


 俺たちは騎士団から功績を認められ、名誉章を贈られた。
 今まで冒険者でもらった者は両手で数えられる人数しかいないという。

 捜査協力した警察からは金一封を贈呈され、リンディは大手柄で昇進間違いなしだそうだ。

 また思わぬところで、商人ギルドから感謝された。
 ワイダルは商人ギルドでも強い影響力を持ち、売り物や価格にまで身勝手な圧力をかけていたそうだ。
 それがなくなり、王都周辺の商人組合はのびのびと商売ができると喜んでいた。

 これらの社会的貢献を冒険者アドベンチャーズギルドで高く評価され、俺たちはランクアップが約束された。

 今回の件を解決に導いたことで、普段の仕事では得られないほどの大きな成果があった。
 この上々過ぎる結果を誇っても、誰からも文句は出ないだろう。
 その点については大いに満足している。

 だがしかし、俺はそれとは別に思うのだ。

 俺はルイーザに恩返しができたのだろうか、と。


 1人密かに抱えた疑問を、頭のすみに置きながら。
 俺は目をつぶり、ぼんやりと過去を振り返る。

 誰かに特別語るほどでもない過去。
 彼女と出会った、あの日のことを──。





 ギルドで支給された基本的な装備を身に付け、俺は森林の探索に出た。
 駆け出しが経験を積む上でポピュラーな仕事、開けた森での薬草採取だ。

 目当ての薬草をバッグにつめていると、
「!?」
 身のすくむ唸り声を聞いた直後、茂みから何かが飛び出してきた。

 この辺りにはほとんど生息していないフォレストウルフが、俺に獰猛どうもうな牙を剥いた。
 本来群れで行動するはずなのに。
 凶暴化したはぐれの個体か。

 鋭い牙、分厚い毛皮とたくましい四肢しし
 俊敏な動きから繰り出される噛み付きや爪の攻撃は、人の体などたやすく引き裂くという。

 とても今の俺が敵うモンスターじゃない。
 だが逃げようにも、どこにどう逃げろっていうんだ?
 逃げ隠れしてやり過ごせるわけがない。
 なんたって相手は、森を住み処とする猛獣なのだから。

「うわあっ!」
 強襲された俺はとっさに構えた木小盾ウッドシールドを破壊され、
「くっ、エレクトリック、ああっ!」
 覚えたての魔法で抵抗しようとワンドを向けるも、すばやい攻撃で噛み砕かれてしまう。

「ぐはっ!」
 挙げ句、無防備なところを体当たりで転倒させられ、あえなく追い詰められてしまった。

 くそ! 俺はなんてついてないんだ!
 同期は次々と手柄を挙げてるってのに、こんな情けない最期じゃ話にもならない。

 飛びかかる攻撃体勢を取られ、手立てのない俺はもう駄目だと覚悟を決める。
 そこに、
「諦めてはいけない! 今助ける!」

 馬のいななきと共に叫び声が響き渡った。
 そちらに目をやると、声の主が白馬から飛び下り、こちらへと駆けてくる。

 颯爽と現れたのは、10代の俺と歳の変わらない少女。
 鎧に身を固めた彼女はウルフと俺の間に割って入り、抜き放った長剣を構えた。

「私が相手だ!」

 木漏こもれ日に輝くハーフアップの金髪。
 瞳は空よりも海よりも、なお澄んで青い。

 精緻せいちに整った顔立ちは美貌と呼ぶにふさわしい。
 それはまるで、創造神が自らのみつちを振るって彫りあげた、完成された彫刻のよう。

 武具から騎士であろうと予想はできた。
 が、窮地にあった俺には、そのりんとした姿から神様がつかわせた森の女神なのではと。
 そう信じそうにさえなる。

 バタバタと慌てた俺とは違い、彼女は淀みのない美しく流れるような動きで対峙した。

 卓越した剣術で勇猛果敢に立ち回り、迫り来る牙や爪をかいくぐると、
「はあっ!」
 白銀の剣閃が走り、フォレストウルフは断末魔の叫びをあげて倒れた。

 勝利を確認すると、彼女はやや表情を緩ませながら剣を納めた。
 そして、こちらに歩み寄ってくる。

「怪我はないか。君は新人の冒険者さんだね」
 簡素な装備でそう判断したのだろう。
 差し伸べられた手をおずおずと取った。

「ああ。俺はユウキ。そういう君は?」
「私は王立騎士団の騎士、ルイーザ。まあ、私もなりたてで君と同じく新人ではあるんだが」
 ふふ、と余裕のある笑みを浮かべる。

 ルイーザ──聞いたことがある名前だ。
 たしか最近、騎士団に入った大型新人スーパールーキー
 剣術、槍術、馬術、なんでもそつなくこなすまれに見る逸材らしいと、もっぱらの噂になっている。

「その、すまない、助けてもらって」
「礼には及ばない、困った人を助けるのが騎士の役目なのだから」

 堂々としている姿が輝いて見えた。
 才色兼備、才気煥発さいきかんぱつで有望なエリート。
 俺とは、違う。

「すごいな、あんなモンスターを一撃で倒すなんて。それに比べて……同じ新人でも、俺は目も当てられないようなこのザマだ」
 転んで服は汚れ、せっかく集めた薬草はすべてぶちまけて踏んでしまった。

「なんだ 少しくらいのミスで自分をそう卑下することはない」
「少しじゃない。また上手くいかなかったんだ」
 彼女の語尾に食い気味に俺は言った。

「誰かの役に立ちたくて憧れの冒険者になってはみたものの、魔法はなかなか習得できず、仕事でも思った成果が出せないでいる。同じ新人で順調にランクを上げてる奴だっているのに、俺は最低位から上がれずにいて……一体どうしたらいいのか、毎日そればかり考えてる」
 ままならない日頃の悩みが、思わず口をいて出てしまった。

 俺はいきなり何を話してるんだ。
 立場が天地も違うスーパーエリートにこんな身の上話をしたところで、鼻で笑われるのがオチなのに。

「どうしたら、か」
 彼女は嘲笑あざわらったりはせず、顎に手を添え、真剣な顔で何やら考えてから、

「参考になるか分からないが、人に道を示すのも騎士の務め。不肖ふしょう、このルイーザ・ゼファードは常に、自分自身が納得が行く生き方をしたいと思っている」

「納得が行く?」

「そうだな、分かりやすく言えば、自分が信じたことを貫こうとすることだ。誰かを助けたい、いつも正しくありたいと、私はそれを信念にしている。だから、日々厳しい稽古に励むことを苦とは思わないし、騎士の役目をまっとうすることに命を懸けられる」

こころざしある立派な騎士は違うな。俺みたいな冒険者の端くれにはとても真似できない」
「騎士か冒険者かなんて関係ないっ」
 自虐めいた俺の皮肉を、彼女は叱咤しったした。

「自分が選んだ道を正しいと信じぬき、それを叶えるため、諦めずにやり遂げようとする気持ちが大事なんだ」

「でも、騎士団ですごい新人って噂の、なんでもそつなくこなせる君と違って、俺はヘマばかりで」
「それは誤解だ」

「誤解? なにが」

「私は他人からそのように、なんでも器用にこなす人間だとよく勘違いされるのだが……本当はその……わりとおっちょこちょいでそそっかしいのだ」

「え?」

 ルイーザは頬を染めた。
 初めて、年齢相応の少女の顔をしたと思えた。

「詳細は控えるが……普通にミスはするし、思うように成果が出ないことも少なくない。いや、重ねてきた失敗のほうが成功より多いくらいだ。それでも腐らず、常に前向きであろうと心がけて、私は研鑽けんさんを積み続けてきたのだ」

 天賦てんぷの才でなんでも軽々とこなす、噂からそんなイメージを抱いていたが。
 周りには天才肌に見えるくらい、百錬成鋼ひゃくれんせいこうの意思で己を鍛え上げてきたのか。

 なんという努力家だ。
 そしてその心の強さ。

「確固たる信念は、かけがえのない大きな力になる。君は誰かの役に立ちたいと冒険者になったのだろう? なら、何かをそうと決心してその道を選んだ、自分自身を最後まで信じることだ」

「自分自身を、信じる」

「そう。そうすればいずれきっと、君にも飛躍のときが訪れるはずだ」

 ルイーザは近づいてきた愛馬の顔を撫で、手綱を持つと、あぶみを踏んで華麗に馬に乗る。

「私も新人ゆえ、偉そうに教えを教授することなどできないが。お互い、己が信じた道を突き進もう」
「……ルイーザ」
「では、またどこかで会おう。さらばだ」
 彼女は現れたときと同様、颯爽と去っていった。

 くすぶっていた、いや火さえついておらず、ただねて腐っていた俺の心に1つの筋道が形作られていく。
 ルイーザの背中を見送りながら、俺は新たな決意を固めた。





「……自分自身を信じろ、か」
 まどろみかけて、俺は目を開けた。

 あれはありふれた激励だったのかもしれない。
 ありきたりな正論での応援だと言ってしまえば、そこまでだろう。

 だがそのときから、冒険でミスをしたり、思うように活躍できなかったときなど、折に触れて彼女の言葉を思い出した。

 それを支えに、へこたれずに前を向いて、今日までなんとかやってこれたのだ。

 その甲斐あって、次第に大きな仕事も任されるようになり、ドラゴン討伐などで名を挙げる機会にも恵まれた。

 俺の冒険者としてのポリシーとして、あの言葉は今でもせることなく胸の奥に宿っている。


 実力をつけながら、人助けを中心に各地を渡り歩いて冒険してきたが、ずっと心残りがあった。
 それはあのとき、命を助けてもらった礼をちゃんとできなかったことだ。

 いつか、改めて礼を言いたい。
 おかげで一人前になれたと伝えたい。
 なにかしらの形で恩返しがしたい。

 だが、再会を願いながらも会う機会はなく、またどこかで会えるだろうと思い続けていた。
 それが、このような悲劇によって永遠にかたれることになろうとは。

 ルイーザは俺にとって憧憬どうけいを抱く存在であり、真っ直ぐに生きるという意味での人としての指標でもあった。

 彼女は紛れもなく、俺のヒロインだった。

 だからこそ、その死の真相を最後まで調べなければならないと思ったのだ。


 今回の件をなんとか解決にこじつけてから、俺はずっと考えていた。

 これで少しでも彼女に恩返しできただろうか、と。

 自分だけでは決して答えにたどり着けない自問自答。
 この10日あまり、それを繰り返してきた。
 これからもその、後悔の念を引きずることになるのだろうか。


 俺は空をあおいだ。
 雲ひとつない、抜けるような青空。
 ルイーザの瞳もこんな色をしていた。

 澄みきった、果てなき空の、その先を、ずっと仰ぎ見ていると。

 ふと──。
 大空の彼方に、彼女の笑顔が浮かんだような気がした。

 ああ。きっと。
 きっと少しは恩を返せたはずだ。

 そう信じ込ませてくれるくらい、どこまでも晴れ渡った空だった。


 カランカランカラン

 馬車の御者ぎょしゃが発車前の鐘を鳴らす。

「さあ、行こう。出発には最適のいい天気だ」

 よき旅立ちのために、神様があつらえたかのような空のもと──。
 俺たちを乗せた馬車は、新たな冒険の地へと走り出した。
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