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17 報いと禁断の技

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「リーダーがやられた!」
「駄目だ、やっぱりかないっこねえ!」
「おい、ずらかるぞ!」

 勝敗を見たワイダル兵たちは、我先にと村から飛び出していった。

 所詮ゴロツキの集まり、こうなれば統率などあったものではない。

「……クソがっ」
 座り込み、腕の傷を押さえながらジャックスは恨み言を吐く。

 しかしその表情からは今までの余裕は影を潜め、若干萎縮していた。

 味方に見放されたから、などとしおらしい理由ではなく、武器を破壊されたせいだろう。
 猛々しい態度は、魔剣からの影響もあったのかもしれない。

「やったな、リュウド。久々に見せてもらったぞ、霞三段崩かすみさんだんくずし」
 厳しい眼差しをジャックスに向けるリュウドに、ユウキとアキノが合流した。

「なんとかな。急所は外してあるが、その男はしばらく身動きできまい」

「くっ……てめえ、なぜあのタイミングでフェイントを仕込めた!?」
 ジャックスが納得いかない様子で

「悪いが、貴様が守りから優位を取る型を得意とすることは騎士団から聞いていた。こちらが大技を出せば、逆にその型の動きを誘えると思ってな」

「クソッ、あいつら余計なことを!」
 恨めしげな言葉は騎士団に向けられたものだろう。

 そこに村長、そして回復魔法で治療されたダンギを含んだ数人のオークもすぐ後ろに駆けつけた。

 ジャックスに退路はない。
 完全な敗北と言えた。

「潔く観念するんだな」
 ユウキが詰め寄る。

 肩をがっくりと落として諦める、と思いきや、
「俺は認めねえぞ」
 ジャックスは悪態をついた。

「証拠があるとか抜かしてたがな、布の切れ端が俺のマフラーの一部だとして、あの女が死ぬ間際に自分で拾ったものだと本当に言えるのか?」

「なんだと?」
「ついさっきも言ったが、俺がマフラーを外したときに誰かが端をちょいと切り取って、死体に握らせたって可能性もあるんじゃねえのかって言ってんだ」
 本気の反論でないのは、誰の目にも一目で分かった。

「この期に及んで、そんな屁理屈が通用するとでも思っているのか?」

「布切れの証拠と俺の理屈、どっちが通るか通らねえかは王立警察が決めるわけだよな? で、その警察はこの件をこれ以上調べられるのか?」
「なんだと?」

「もうこの件の捜査は止めろと、どっかのお偉方(えらがた)からお達しでも出てるんじゃねえのかよ?」

 この男は分かっている。
 自分たちのバックにいる権力者が警察に圧力を掛けていることを。
 ルイーザ殺しなど知らないと言い張って時間を稼げば、捜査が有耶無耶うやむやになって、やがて難を逃れられることを。

 恐らく、今までもその方法で切り抜けてきたのだ。

「どんな疑いを掛けられようと、俺が首を縦に振らなきゃ、それまでのことよ」
「──貴様」
 リュウドが刀の柄に手を掛ける。

「なんだ? 俺を半殺しにするか、腕の1本も落として無理矢理にでも白状させるつもりか? お前らは警察の代理人なんだろうに、そんなことをしてみろ、重罪だぞ」

「こいつめえ、ふざけやがってえ!」
 完治し切っていない傷を押さえながら、ダンギが前に出た。

「こんなどうしようもねえクズは、泣いて謝るまで痛め付けてやりゃあいいんだ!」

「やってみろよ、豚ヅラ野郎が。お前ら勝ったつもりでいるようだが、こっちはこれから増援が来るんだぜ? お前らオークがルイーザを殺したと信じ込んで、村を潰す気満々の冒険者たちがな。お前らの味方した3人の、何倍もの人数をこっちは用意してんだ」

 ジャックスの顔に余裕の笑みが戻りつつある。
 ダンギの言う通り、魔剣の影響を差し引いても、この男は性根から腐ったクズなのだ。

 ユウキが奥歯をギリッと鳴らした。
「ジャックス……あくまで、あくまでも開き直るつもりなんだな」

「俺がやりましたと言わなきゃ、オークどもの仕業って筋書きで落ち着くんだよ。悪いオークはいかれる民衆と善良な冒険者たちによって懲らしめられて逃げだし、村の跡地を買った業者は偶然お宝を掘り当てて大儲け。めでたしめでたしってやつだ」
 せせら笑うジャックスに、再びユウキの奥歯が鳴った。

 ユウキの体が微かに揺れていた。
 怒りに打ち震えている。

「お前、心底救いようのないクズ野郎だな。さすがに俺も頭に来たぞ。これだけは反則だから使いたくなかったが、もう容赦はいらないようだ」

「容赦はいらないだぁ? お前なんぞになにができるってんだ」
「なにができるだと? 自分がやりましたと言わせてやるさ。俺がモンスターから会得した技をもってな」
 ユウキはそう言うと、手の平を向けた。

 黒紫の瘴気しょうきが手から染み出すように溢れ出し、それは渦巻いて固形になっていき、やがてグレープフルーツ大の球体になった。

 ジャックスはそこから計り知れない負の力を感じ取る。
 自分の所持していた魔剣とは比にならないほどの。

「お、おい、何のつもりだ! もし俺を殺したりしてみろ、そうなったらお前は──っ!」
 虚勢に満ちた言葉が、そこで詰まった。

 球体に真一文字の割れ目が入り、粘着質の糸を引きながら縦に開いた。
 中から現れたのは、毒々しく濁った虹彩を持つ瞳だった。

 その瞳は目覚めたようにぱちぱちと瞬きすると、ジャックスを刺すように凝視した。
 途端、視界が歪むほどの強烈な波動がジャックスに襲いかかった。

「お、おおお!」
 凍てつく吹雪を浴びせられているような感覚。
 何かの攻撃魔法を食らったのか!?
 と彼が思わず目をつぶったが、それはすぐに止(や)んだ。

「!? ……へっ、なんだ、こけおどしか」
 ジャックスは体を見回すが、どこにも異変はない。
 体に限っては。

「? なんだ、昼間だったはずなのに辺りが急に暗く。それに、あいつらどこに行きやがった?」
 突然、薄暗い霧の中にぽつんと1人きりになっている。

 座ったままぐるりと周りを見回すと、

「うぅ!」

 喉をつまらせる悲鳴を上げて、ジャックスは体を痙攣させた。
 突然、数メートル先に男が現れたのだ。

 移動魔法が存在するこの世界で、ただの男が視界に出てきただけならこうも驚きはしない。

 男が着ている旅人用の服や帽子は血まみれで黒ずんでおり、その顔や手足はゾンビやグールのように腐り、ひどくただれていた。

 その程度のアンデッドモンスターならジャックスも知っているし、肝を冷やすことなどない。
 では何故驚いたのか?

 それはこの男が、以前山中で追い剥ぎをして手に掛けた、旅の行商人だったからだ。

「な、なんでここに、死体は谷底に、うあっ!」
 目を背けると、そこにもまた別の男が立っている。
 みすぼらしい服はやはり血塗られており、腐敗した顔面は半分崩れ落ちていた。

 この男は、目障りだという理由だけでひどい暴行を加え、死体を街の下水へと叩き落した浮浪者。

 その隣にも傷だらけの男が立っている。
 こちらは、さばかせた違法薬物の売り上げを懐に入れて黙っていた売人だ。

 この男も手足を折って散々痛め付けた末、他の売人への見せしめとして惨たらしく殺した。

 そして、その横には──。

「あ、ああ、お、お前は」

 大きく切り裂かれた、簡易な軽鎧を身に付けた女騎士。
 斬り付け、突き刺し、部下に棍棒で散々殴り付けさせた、あの──。

「ル、ルイーザ……」

 鎧も、着衣も、羨望せんぼうを向けられていた美貌も、すべてがべっとりと血で濡れている。

「な、な、なんだ!? 何が起こってる……ち、近寄るんじゃねえ!」
 亡者たちは実体を持たない幽鬼のように、ゆっくり、ゆっくりと近付いて来ている。

「来るな、こっちに来るんじゃ、う、うえぇ!?」
 ジャックスは顔を引きつらせた。

 押さえていた腕の傷に自分の指が食い込んだ。
 そして、いともたやすく腕の肉がむしり取れてしまったのだ。

「な、なんだ、ひっ!」
 慌てて放した手が急激に腐り始め、指先から白骨が飛び出してきた。

「い、いぃ、一体何が起こって、あ、あぁ!」
 ゴキゴキと嫌な音がしたかと思うと、右腕が肘から、あらぬ方向へと勝手に曲がっていく。

 その腕がねじれていき、粘土人形を力ずくで引っ張ったかのようにブチッともげてしまった。

「う、腕があ!? うっ! ううう、こ、今度は腹がいてえ!」
 激痛と共にぼこぼこと腹の中が動く。
 残った左手で慌てて服をめくると、傷んだ魚の腹のように腹部がグズグズに化膿し、裂けていた。

 そこから悪臭のする内臓がどろりと垂れ下がると、生臭い血がだらだらだらだらと流れ落ちる。

「うああ、うあああ!」
 叫んだ途端、顎がガクガクと歪み、歯ぐきからドロドロと血膿ちうみが流れ、歯がボロボロと抜けていく。

 続いて顔の肉が崩れだし、鼻も耳もぼとりと落ち、片目が飛び出して溶け落ち始めた。

「うう、うううう」
 戦慄せんりつし、もはやうめき声をあげるだけのジャックスの視界に、ユウキが現れた。

「な、なにが起こって、お、俺はどうなって」
「恐ろしかろう。自分が犯してきた罪が、与えてきた苦痛が、我が身へと返ってくるのは」

「た、たた、助けてくれ! これをとめてくれ! 頼む、頼む!」

「この恐怖から逃れたいのなら、洗いざらい本当のことを話せ。さもなければ、その苦痛は寝ても覚めても、いつまでもお前を離さないぞ」

「う、うう」
 ためらうと、今度は肋骨が胸を突き破って飛び出した。

「ひいっ、は、白状する! だから、頼む! 早く、早くこれを止めてくれぇぇ……っ」
 恐怖と苦痛が限界に達し、ジャックスは白目をむいて気を失った。



「あいつ、急にどうしたの?」
 アキノが不思議そうな顔でユウキに聞いた。

 アキノの目には、突然ジャックスがきょろきょろしながら悲鳴をあげ、のた打ち回ってから気絶した。
 そのようにしか見えなかった。

 倒れている姿を見ても、リュウドに斬られた傷以外にこれといった変化はない。

「俺が使った術中に落ちたんだ。テラーペインの」
「テラーペイン? ペインデビルが使ってくる、あの?」

 ペインデビル。
 その名の通り、苦痛と負の感情を操る魔族の上級モンスターで、禍々しい瞳を見せられたものは心に恐怖を刻み込まれる。

 テラーペインは死と苦痛のイメージを相手の意識深くへと送り込み、極度の混乱状態へと陥らせる技。
 恐怖の幻覚は続けば続くほど、精神をじわじわとむしばんでいく。

 その恐ろしさから拷問悪魔トーチャーデーモンの異名を持ち、名のある冒険者たちからも恐れられている

「これを使っていれば、早い段階で自白させられたかもしれない。でも、疑わしいというだけで拷問して無理矢理吐かせるようで、ためらいがあったんだ。確かな証拠を出せば、さすがに認めると思っていたし。けど、あそこまで開き直られたら、もうそんな遠慮は必要ないと思えてきてな」

「ユウキの判断は間違ってないと思うよ。ああいう弱い者いじめをして喜んでるような悪党は、痛い思いをさせないと」

「しかしユウキ、すべて幻覚だと分かればまた誤魔化そうとするのではないか?」

「少なくともルイーザ殺害を自白するまでは、魔法の効果でたびたびあの幻覚に襲われるはずだ。あれは本来、人が使ってはならない禁断の悪魔の技。たとえ幻だと分かっていたって、精神が耐えられない」

 ペインデビルと戦い、強靭な精神力でテラーペインに耐えようと試みたものの、発狂しかけた冒険者は少なくない。
 精神を防御する魔法か耐性を持つ装備がなければ、逃れるすべはないのだ。



 ふう、とユウキは後味の悪いため息を吐いた。
 落ち着いたところで、次の問題が頭に浮かんでくる。
 ジャックスが言っていた増援は、どう対処したら良いだろうか。

 ワイダル兵なら何人来ても大したことはないが、冒険者となると戦いは壮絶なものとなる。
 なにより、同業者と無益な戦いなどしたくない。

 自分たちが交渉すれば、分かってもらえるだろうか。

 ジャックスを叩き起こして、裏の事情を全て説明させたらどうだろう。

 念のため、オークたちを避難させておこうか。

 何か上手い方法はないだろうかと、ユウキがうんうん唸っていると、飛声石が反応した。

(ああ、ようやく繋がった。慌てた様子で、途中で通話が切れちゃったから、何かあったのかと心配してたのよ?)
 こちらの現状を何も把握していないであろう、リンディだった。
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