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1章 誕生

11話 やっぱり子供

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何か変だとわたくしが思ったのは、初日を終えた朝の事です。あれほど幼く見えたアレシャス様が、どういう訳かとても大人びて見え、同一人物なのかと疑ってしまったほどでした。
そして、今日はそれを更に更新した日です。なんと剣術の稽古で、わたくしが一撃を受け剣を落としたのです。その時のアレシャス様の表情に見惚れてしまったからですが、あれは確実に子供のモノではなかったです。


「ごめんダリア、痛かった?」


一撃の当たった手は痛くはありません。ですが、剣を落とした事でわたくしは手を抑えていた、それを見てアレシャス様は、優しく声を掛け心配してくれたのです。わたくしの手の上から小さなアレシャス様の手が添えられ、いつもの可愛いアレシャス様の顔がそこにあった。
あれは気のせいだったのかと思う程の違いがあり、訓練を頑張っている成果が出ていると褒めたのです。アレシャス様は表情を隠さずとても輝いた笑顔を見せてくれた。


「やはり勘違いですかね?」
「ダリア?」


どうしたの?っとアレシャス様は首をかしげてきます。そんな仕草をする方が男の顔をするはずない、きっとあれは見間違いだと、わたくしの心が伝えて来て抱きしめたくなりましたが、勿論考えただけで無く本当に抱きしめましたよ。


「ああ可愛いです可愛いです」


本来このような事はしてはいけません。ですがアレシャス様はそれを望んでいましたし、数時間しか共にしない女性貴族との仲を考えれば、とても良い訓練だとわたくしも賛成したのです。決して、わたくしたちの趣味が暴走したからではないですよ。


「だ、ダリア苦しい」
「はっ!?すみませんアレシャス様」


ちょっと力を入れ過ぎてしまったと、わたくしは離れたのですが、アレシャス様はそこでも優しく言葉を掛けて来て、普通のマセた子供ではないのが伝わってきます。


「もう、ダリアはおちゃ目だね」
「ついやり過ぎました」
「あはは、僕は向こうで素振りをしてくるよ」


ここに来る男性貴族の子供は、アレシャス様の様に早い段階で夜の訓練に入るか、オドオドとして全然進まないかのどちらかです。前者の場合、今の様に抱きしめると体を触ってきていやらしいのですが、アレシャス様はそんな事は無く、優しい言葉を口にして訓練を黙々とこなしています。


「体を動かすのが好きな普通の子供、最初はそう思っていましたが、何か違うのですよねぇ~」


黙々と訓練をこなすのは後者の子供で、アレシャス様はそれにあたると素振りを始めた彼を眺めて思っていました。


「早くに始めた夜の訓練も驚きでした。いつも通り最後の最後に行い、その時はぬいぐるみ扱いをして終わると思っていた。ですが前者の子供の時と同じ対応で済み楽しかった」

マセた子供は、わたくしたちが攻めれば崩れていく、それがとても楽しかった。みんなともとても仲良くなっていますし、良い事が起き過ぎです。
マセているだけの子供はそんな事はしませんから、それだけははっきりとしています。木剣を振っているアレシャス様を見て、わたくしはその真剣さに見惚れてしまった。あれは何か目標を持っている男の目です。


「もしかして、わたくしに勝ちたいのでしょうか?」


手加減しているとは言え、わたくしに一撃を入れるのは不可能と言っても良い程の難易度です。何せわたくしは26レベルで、冒険者で言ったら中堅の3つ星銀等級並みですから、1レベルで子供のアレシャス様が逆立ちしても、攻撃を当てるなんて無理なのです。


「まぁあの時は手加減をしていましたし、アレシャス様の表情に見惚れた油断があったのですが、それでも一撃を当てるのは難しかったはず。それをやり遂げたのは、アレシャス様の努力による物でしょうね」


努力家という言葉が似あう子供、とても8歳とは思えませんが、それは今に始まった事ではなく、それ以上に彼の真剣な表情は魅力があるのです。


「だからみんなとも仲良くなれるのでしょうね」


教育する男性貴族が許しても、簡単に話をしたり親しくはなりません。わたくしたちは訓練を積ませる為だけでなく、貴族としての風格も与えなくてはなりませんから当然です。しかしわたくしを含め、皆が親しく話していて、ベッドの上や廊下で会った時、対応すれば良いはずなのです。


「最初は皆そうしていました。それが今では、誰もがアレシャス様に会うと自ら声を掛ける。アレシャス様が根気強く話しかけた結果ですけど、子供のする事ではありません」


可愛い子供が頑張っている、最初はそう思ってわたくしは付き合ってお話をしていましたが、いつの間にかわたくしから話しを振っている時がある。そんな彼にご褒美を与えたくなってきて、わたくしはなにかないかと考え、丁度良い所にアレシャス様がおねだりされた品が届いたのです。運んで来たメイドのシャーシャにその事を耳打ちします。


「それは良いですねダリア様、アタシも賛成です」
「じゃあみんなに伝えて準備をお願いします」


シャーシャはニコニコして荷物を持って屋敷に走ります。あんなにやる気のあるシャーシャは初めてで、アレシャス様を気に入ったのが分かります。
シャーシャは男性が嫌いで、それでも給金の為にここに務めていた。なるべく接触しない様に仕事をこなしていて、他にもそう言ったメイドはいたのです。


「あの頃は仕事が偏り、たいへんな時期でしたがアレシャス様のおかげでそれも無くなった」


アレシャス様は気づいていませんが、子供が仕事のお手伝いをしたいと言って来たら、普通は邪魔になるだけで余計仕事が増えると嫌がられるのです。


「ですけど、アレシャス様は完璧に仕事をこなし、ああしてみんなが集まる。変わった人ですね」


素振りがひと段落して汗を袖で拭っているアレシャス様に、遠くで見ていたヤーシュが側まで行くとタオルを差し出し、アレシャス様の笑顔にやられています。
テレているヤーシュの横には、木製のコップを持ったレーネがいて、アレシャス様に水を与えている。


「どちらも男性が嫌いで畑仕事しかしなかったのに、変わるモノですねぇ」


3人の楽しそうな感じを嬉しく思っていましたが、次の訓練の時間が迫って来ているので知らせる為声を掛け、3人の空気を両断します。決して彼を取られそうだからとかではないですよ、ほんとにそんな時間なのです。


「もうそんな時間なんだね、ありがとふたりとも」
「いいい、いえ」
「が、頑張ってくださいアレシャス様」


ふたりに手を振り、わたくしの所まで小走りするアレシャス様は、小動物の様でとても可愛いらしい。わたくしは、そんな可愛いモノを求めてここに務める事を選んだのですが、今までそれが叶うのは夜の訓練だけで、必要以上に言葉を交わせず、触れる事は絶対にありませんでした。
ですがアレシャス様は違います。わたくしが求める時に声を掛け触れさせてくれる、男性として完成していると言っても良いお方です。


「ここに滞在して1月、丁度良いタイミングで色々揃いましたが、アレシャス様は喜んでいただけるでしょうか」


わたくしの後ろについて歩くアレシャス様をチラッと見て、少し心配になってしまいます。きっとアレシャス様は隠れて何かをしていて、装備を渡せばそれを手伝ってしまう。しかし渡さなければ、アレシャス様の身を守る術が弱くなり更に心配が増してしまう。


「ですから、アレシャス様におねだりされた革の盾をわたくしの一存で変えたのです」

冒険者が愛用するリザードの皮で出来た盾をご用意したのですが、アレシャス様はわたくしに一撃を入れる快挙を成し遂げられた。ここに来て1月が経つ祝いの日だと、盛大にお祝いをする様に皆に指示を出しましたが、皆が反対しても、わたくしだけで夜のお祝いをする予定でしたが、皆もやる気なのでそれは少し残念と、礼儀作法の訓練を始めます。


「頭を下げる時は、視線を落とさず相手を見てください」
「こ、こうかな?」


アレシャス様は元から礼儀作法の分かっているお方で、少し訂正するだけで済みます。今も指摘するほどの事ではなく、完成度を上げているだけなのです。


「素晴らしいですよアレシャス様」
「えへへ、それほどでもないよダリアの指導が分かりやすいんだ」


わたくしを褒めてくれますが、わたくしはいつも通りにしているだけです。これならば他の訓練を取り入れても良いかもしれないと予定を考え、どうせならアレシャス様の希望を聞きたくなりました。


「僕のやりたい事?」
「そうですよアレシャス様、ここで出来る事なら何でも良いです、畑仕事などもなされているアレシャス様ですから、狩りをしたいとかはダメなのは分かりますよね」


優秀な方なので言うまでもないですが、念の為に釘を刺します。アレシャス様のやりたい事は、料理だったらしく即答して来ました。わたくしは賛成しますが、本来は貴族のする事ではないと反対するものですが、アレシャス様の嬉しそうな笑顔を見たら、反対なんて出来ません。


「これで甘い物が作れる」


何やらブツブツと言ってるアレシャス様ですが、いつもの事だとわたくしは何も疑問には思わず、夜のお祝いが始まります。メイド一同でアレシャス様に1月お疲れ様と伝え、わたくしが盾を進呈です。
布袋を開けたアレシャス様は、中を見てとても驚き、喜びのあまりわたくしに抱き付いてきます。それはまさに子供の仕草で、とても可愛いと撫でてしまいましたよ。


「メイド長ズルいですよ、あたしたちも」
「ダメっすよメリーナ、まだお祝いの言葉が残ってるっす」


サミーナに襟首を掴まれ止められたメリーナは、そうでしたとわたくしをジッと見てきます。
分かっていますと、アレシャス様と一度距離を取り、彼の前に跪いて見せた。アレシャス様もその仕草を覚えているので、何事かと慌て始めます。


「アレシャス様、剣術での一撃お見事でした、これからもご精進下さいませ」
「あ、ありがとうダリア」


戸惑った返事を聞き、夕食はお祝い会ですよと顔を上げて伝えたのですが、アレシャス様の瞳から涙が溢れていました。彼が泣いているとは思わず、凄くビックリして動けませんでしたよ。


「ああ、アレシャス様!?」
「ごめんねダリア、嬉しくて止まらないんだ」


涙を拭きながら、褒められたのが初めてだと、顔を隠してしまわれるアレシャス様は、やっぱり年相応で可愛いらしい方でした。
平民から貴族になる大変さを理解し、きっと今まで必死に頑張っていたのです。
いつもニコニコしていた彼の泣き顔は、ここにいる全員に衝撃を与え、ある決意をさせたのが空気で分かりましたね。


「め、メイド長」
「分かっていますよサミーナ、彼に仕えるには手続き以上に段取りが必要です。今は彼を鍛えるのがわたくしたちの務めです」


アレシャス様は、ただ褒めて貰いたかったのです。決められた事しか出来ない中で、彼は必死に考え足掻いていた。そんな彼を支えたいと本気で思い、わたくしたちの今後の方針が決まりました。彼を育て鍛え上げて送り出し、いつの日か彼に仕えるのです。
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