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第二章

4.ソープワートで洗濯ものも心もきれいに (2)

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「――おばーちゃんっ。洗濯するけど、出し忘れてるものとかある?」
「全部カゴの中に入れたわよ」
 キッチンで朝食の食器を片付けているアンリエッタは、手を動かしながら答えた。この頃は立っているだけの作業ならできるようになり、食器洗いは率先してやってくれるようになったのだ。
「了解。それじゃあ、洗濯してくるね」
「お願いするわ。……と、その前にシュゼット。ちょっとこっちに来て」
「なに?」
 駆けだそうとしていたシュゼットは急いで体の向きを変え、アンリエッタに歩み寄った。エプロンで手を拭き終えたアンリエッタは真剣な目でシュゼットを見た。その目に、シュゼットの背筋も自然と伸びる。
「昨日、言いそびれたことがあるんだけどね……。何があっても、あなたは自分の自然療法を続けなさい」
「……えっ?」
「もとよりそのつもりだとは思うけど、あんな嫌がらせのことは気にしないで、あなたには自分の仕事を続けてほしいの」
 アンリエッタは少し水けを帯びた手で、孫の手をやさしく握った。
「あなたの仕事は、確実に町の人の支えになっているわ。あなたのテラピーを受けたことがある人なら、きっとそう言うに決まってる。わたしがそうであるように」
「おばあちゃん……」
「あなたのことをよく知らない人の言葉なんて、気にしないで。町の人を、シュゼットにしかできないことで助けてほしいの。それがわたしの願いであり、わたしの誇りよ」
 アンリエッタはそう言って、にっこりと笑った。
 いつも誰よりも近くで支えてくれ、応援してくれる祖母の言葉は、シュゼットの不安を簡単に消し去ってくれた。
 シュゼットもアンリエッタの手を握り返し、アンリエッタによく似た笑顔を見せた。
「ありがとう、おばあちゃん。わたし、がんばるね」
「ええ。がんばってね、シュゼット」


 アンリエッタと別れると、シュゼットとブロンはハーブガーデン、ではなく、家の外にある井戸の方に向かった。井戸の周りには、淡いピンク色の小ぶりの花が無数に生えている。これはソープワートという植物だ。シュゼットはソープワートを根からしっかりと抜き取ると、井戸水で土を落とした。
「よしっ、まずはせっけんを作らないとねっ」
 大き目の鍋にソープワートの葉と根を入れて、揉み始めた。
「この揉む作業だけがちょっと面倒だよねえ。まあ、市販のせっけんよりも、香りも布ざわりも良いんだけど」
「キャンッ!」
 舌を出して明るく笑うブロンは、シュゼットの足元でクルクル回ったり、後ろ脚だけで立ったりして、シュゼットを盛り上げてくれた。そのかわいらしい姿を見ながら手を動かしているうちに、葉も根もすっかりもみほぐされた。
「よしっ。それじゃあここから三十分煮込むよ」
「キャンッ」
 シュゼットはキッチンへ向かい、水を入れると、鍋を火にかけた。こうしてソープワートの葉や根をグツグツと煮出すと、泡が出てせっけん液を作ることができるのだ。
 ソープワートから取れるせっけん液はとても良質で、繊細な生地や高い生地を洗うのにも向いている。シュゼットはもちろん良い生地などは持っていないが、洗濯には必ずソープワートのせっけん液を使っていた。
「よし、三十分の間に掃除しちゃおうっ」
「それならわたしも手伝うわ」
 食器洗いを終えて本を読んでいたアンリエッタがパッと顔を上げた。
「掃除はまだ早いんじゃない?」
「そろそろ立つ以外の動作もしないと、体が怠惰になるわ。窓ふきや家具磨きならできるから、シュゼットは床掃除をお願い」
「なるほど、分業ね。そういうことならお願いしますっ」

 掃除が済むころには、ワープワートのせっけん液が完成していた。シュゼットとアンリエッタはたらいを前に並んで洗濯物をもみ洗いした。話をしながら手を動かせば洗濯はあっという間に終わり、洗濯紐に通された洗濯物が風にたゆたった。真っ白いシーツが夏の朝日を浴びて自発光しているかのように輝く。その清々しさに、シュゼットは目を細めた。
 優しいせっけんの香りに、シュゼットとアンリエッタとブロンは、大きな深呼吸をした。
「洗濯するとスッキリするわね」
「うん! 気持ちよかった!」
「キャンッ」
 今日もシュゼットの香しいハーブ生活の始まりだ。
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