24 / 38
第二章
4.ソープワートで洗濯ものも心もきれいに (2)
しおりを挟む
「――おばーちゃんっ。洗濯するけど、出し忘れてるものとかある?」
「全部カゴの中に入れたわよ」
キッチンで朝食の食器を片付けているアンリエッタは、手を動かしながら答えた。この頃は立っているだけの作業ならできるようになり、食器洗いは率先してやってくれるようになったのだ。
「了解。それじゃあ、洗濯してくるね」
「お願いするわ。……と、その前にシュゼット。ちょっとこっちに来て」
「なに?」
駆けだそうとしていたシュゼットは急いで体の向きを変え、アンリエッタに歩み寄った。エプロンで手を拭き終えたアンリエッタは真剣な目でシュゼットを見た。その目に、シュゼットの背筋も自然と伸びる。
「昨日、言いそびれたことがあるんだけどね……。何があっても、あなたは自分の自然療法を続けなさい」
「……えっ?」
「もとよりそのつもりだとは思うけど、あんな嫌がらせのことは気にしないで、あなたには自分の仕事を続けてほしいの」
アンリエッタは少し水けを帯びた手で、孫の手をやさしく握った。
「あなたの仕事は、確実に町の人の支えになっているわ。あなたのテラピーを受けたことがある人なら、きっとそう言うに決まってる。わたしがそうであるように」
「おばあちゃん……」
「あなたのことをよく知らない人の言葉なんて、気にしないで。町の人を、シュゼットにしかできないことで助けてほしいの。それがわたしの願いであり、わたしの誇りよ」
アンリエッタはそう言って、にっこりと笑った。
いつも誰よりも近くで支えてくれ、応援してくれる祖母の言葉は、シュゼットの不安を簡単に消し去ってくれた。
シュゼットもアンリエッタの手を握り返し、アンリエッタによく似た笑顔を見せた。
「ありがとう、おばあちゃん。わたし、がんばるね」
「ええ。がんばってね、シュゼット」
アンリエッタと別れると、シュゼットとブロンはハーブガーデン、ではなく、家の外にある井戸の方に向かった。井戸の周りには、淡いピンク色の小ぶりの花が無数に生えている。これはソープワートという植物だ。シュゼットはソープワートを根からしっかりと抜き取ると、井戸水で土を落とした。
「よしっ、まずはせっけんを作らないとねっ」
大き目の鍋にソープワートの葉と根を入れて、揉み始めた。
「この揉む作業だけがちょっと面倒だよねえ。まあ、市販のせっけんよりも、香りも布ざわりも良いんだけど」
「キャンッ!」
舌を出して明るく笑うブロンは、シュゼットの足元でクルクル回ったり、後ろ脚だけで立ったりして、シュゼットを盛り上げてくれた。そのかわいらしい姿を見ながら手を動かしているうちに、葉も根もすっかりもみほぐされた。
「よしっ。それじゃあここから三十分煮込むよ」
「キャンッ」
シュゼットはキッチンへ向かい、水を入れると、鍋を火にかけた。こうしてソープワートの葉や根をグツグツと煮出すと、泡が出てせっけん液を作ることができるのだ。
ソープワートから取れるせっけん液はとても良質で、繊細な生地や高い生地を洗うのにも向いている。シュゼットはもちろん良い生地などは持っていないが、洗濯には必ずソープワートのせっけん液を使っていた。
「よし、三十分の間に掃除しちゃおうっ」
「それならわたしも手伝うわ」
食器洗いを終えて本を読んでいたアンリエッタがパッと顔を上げた。
「掃除はまだ早いんじゃない?」
「そろそろ立つ以外の動作もしないと、体が怠惰になるわ。窓ふきや家具磨きならできるから、シュゼットは床掃除をお願い」
「なるほど、分業ね。そういうことならお願いしますっ」
掃除が済むころには、ワープワートのせっけん液が完成していた。シュゼットとアンリエッタはたらいを前に並んで洗濯物をもみ洗いした。話をしながら手を動かせば洗濯はあっという間に終わり、洗濯紐に通された洗濯物が風にたゆたった。真っ白いシーツが夏の朝日を浴びて自発光しているかのように輝く。その清々しさに、シュゼットは目を細めた。
優しいせっけんの香りに、シュゼットとアンリエッタとブロンは、大きな深呼吸をした。
「洗濯するとスッキリするわね」
「うん! 気持ちよかった!」
「キャンッ」
今日もシュゼットの香しいハーブ生活の始まりだ。
「全部カゴの中に入れたわよ」
キッチンで朝食の食器を片付けているアンリエッタは、手を動かしながら答えた。この頃は立っているだけの作業ならできるようになり、食器洗いは率先してやってくれるようになったのだ。
「了解。それじゃあ、洗濯してくるね」
「お願いするわ。……と、その前にシュゼット。ちょっとこっちに来て」
「なに?」
駆けだそうとしていたシュゼットは急いで体の向きを変え、アンリエッタに歩み寄った。エプロンで手を拭き終えたアンリエッタは真剣な目でシュゼットを見た。その目に、シュゼットの背筋も自然と伸びる。
「昨日、言いそびれたことがあるんだけどね……。何があっても、あなたは自分の自然療法を続けなさい」
「……えっ?」
「もとよりそのつもりだとは思うけど、あんな嫌がらせのことは気にしないで、あなたには自分の仕事を続けてほしいの」
アンリエッタは少し水けを帯びた手で、孫の手をやさしく握った。
「あなたの仕事は、確実に町の人の支えになっているわ。あなたのテラピーを受けたことがある人なら、きっとそう言うに決まってる。わたしがそうであるように」
「おばあちゃん……」
「あなたのことをよく知らない人の言葉なんて、気にしないで。町の人を、シュゼットにしかできないことで助けてほしいの。それがわたしの願いであり、わたしの誇りよ」
アンリエッタはそう言って、にっこりと笑った。
いつも誰よりも近くで支えてくれ、応援してくれる祖母の言葉は、シュゼットの不安を簡単に消し去ってくれた。
シュゼットもアンリエッタの手を握り返し、アンリエッタによく似た笑顔を見せた。
「ありがとう、おばあちゃん。わたし、がんばるね」
「ええ。がんばってね、シュゼット」
アンリエッタと別れると、シュゼットとブロンはハーブガーデン、ではなく、家の外にある井戸の方に向かった。井戸の周りには、淡いピンク色の小ぶりの花が無数に生えている。これはソープワートという植物だ。シュゼットはソープワートを根からしっかりと抜き取ると、井戸水で土を落とした。
「よしっ、まずはせっけんを作らないとねっ」
大き目の鍋にソープワートの葉と根を入れて、揉み始めた。
「この揉む作業だけがちょっと面倒だよねえ。まあ、市販のせっけんよりも、香りも布ざわりも良いんだけど」
「キャンッ!」
舌を出して明るく笑うブロンは、シュゼットの足元でクルクル回ったり、後ろ脚だけで立ったりして、シュゼットを盛り上げてくれた。そのかわいらしい姿を見ながら手を動かしているうちに、葉も根もすっかりもみほぐされた。
「よしっ。それじゃあここから三十分煮込むよ」
「キャンッ」
シュゼットはキッチンへ向かい、水を入れると、鍋を火にかけた。こうしてソープワートの葉や根をグツグツと煮出すと、泡が出てせっけん液を作ることができるのだ。
ソープワートから取れるせっけん液はとても良質で、繊細な生地や高い生地を洗うのにも向いている。シュゼットはもちろん良い生地などは持っていないが、洗濯には必ずソープワートのせっけん液を使っていた。
「よし、三十分の間に掃除しちゃおうっ」
「それならわたしも手伝うわ」
食器洗いを終えて本を読んでいたアンリエッタがパッと顔を上げた。
「掃除はまだ早いんじゃない?」
「そろそろ立つ以外の動作もしないと、体が怠惰になるわ。窓ふきや家具磨きならできるから、シュゼットは床掃除をお願い」
「なるほど、分業ね。そういうことならお願いしますっ」
掃除が済むころには、ワープワートのせっけん液が完成していた。シュゼットとアンリエッタはたらいを前に並んで洗濯物をもみ洗いした。話をしながら手を動かせば洗濯はあっという間に終わり、洗濯紐に通された洗濯物が風にたゆたった。真っ白いシーツが夏の朝日を浴びて自発光しているかのように輝く。その清々しさに、シュゼットは目を細めた。
優しいせっけんの香りに、シュゼットとアンリエッタとブロンは、大きな深呼吸をした。
「洗濯するとスッキリするわね」
「うん! 気持ちよかった!」
「キャンッ」
今日もシュゼットの香しいハーブ生活の始まりだ。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
《完結》転生令嬢の甘い?異世界スローライフ ~神の遣いのもふもふを添えて~
芽生 (メイ)
ファンタジー
ガタガタと揺れる馬車の中、天海ハルは目を覚ます。
案ずるメイドに頭の中の記憶を頼りに会話を続けるハルだが
思うのはただ一つ
「これが異世界転生ならば詰んでいるのでは?」
そう、ハルが転生したエレノア・コールマンは既に断罪後だったのだ。
エレノアが向かう先は正道院、膨大な魔力があるにもかかわらず
攻撃魔法は封じられたエレノアが使えるのは生活魔法のみ。
そんなエレノアだが、正道院に来てあることに気付く。
自給自足で野菜やハーブ、畑を耕し、限られた人々と接する
これは異世界におけるスローライフが出来る?
希望を抱き始めたエレノアに突然現れたのはふわふわもふもふの狐。
だが、メイドが言うにはこれは神の使い、聖女の証?
もふもふと共に過ごすエレノアのお菓子作りと異世界スローライフ!
※場所が正道院で女性中心のお話です
※小説家になろう! カクヨムにも掲載中
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】貴方のために涙は流しません
ユユ
恋愛
私の涙には希少価値がある。
一人の女神様によって無理矢理
連れてこられたのは
小説の世界をなんとかするためだった。
私は虐げられることを
黙っているアリスではない。
“母親の言うことを聞きなさい”
あんたはアリスの父親を寝とっただけの女で
母親じゃない。
“婚約者なら言うことを聞け”
なら、お前が聞け。
後妻や婚約者や駄女神に屈しない!
好き勝手に変えてやる!
※ 作り話です
※ 15万字前後
※ 完結保証付き
転生させて貰ったけど…これやりたかった事…だっけ?
N
ファンタジー
目が覚めたら…目の前には白い球が、、
生まれる世界が間違っていたって⁇
自分が好きだった漫画の中のような世界に転生出来るって⁈
嬉しいけど…これは一旦落ち着いてチートを勝ち取って最高に楽しい人生勝ち組にならねば!!
そう意気込んで転生したものの、気がついたら………
大切な人生の相棒との出会いや沢山の人との出会い!
そして転生した本当の理由はいつ分かるのか…!!
ーーーーーーーーーーーーーー
※誤字・脱字多いかもしれません💦
(教えて頂けたらめっちゃ助かります…)
※自分自身が句読点・改行多めが好きなのでそうしています、読みにくかったらすみません
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
愛されない私は本当に愛してくれた人達の為に生きる事を決めましたので、もう遅いです!
ユウ
恋愛
侯爵令嬢のシェリラは王子の婚約者として常に厳しい教育を受けていた。
五歳の頃から厳しい淑女教育を受け、少しでもできなければ罵倒を浴びせられていたが、すぐ下の妹は母親に甘やかされ少しでも妹の機嫌をそこなわせれば母親から責められ使用人にも冷たくされていた。
優秀でなくては。
完璧ではなくてはと自分に厳しくするあまり完璧すぎて氷の令嬢と言われ。
望まれた通りに振舞えば婚約者に距離を置かれ、不名誉な噂の為婚約者から外され王都から追放の後に修道女に向かう途中事故で亡くなるはず…だったが。
気がつくと婚約する前に逆行していた。
愛してくれない婚約者、罵倒を浴びせる母に期待をするのを辞めたシェリアは本当に愛してくれた人の為に戦う事を誓うのだった。
異世界転生したのだけれど。〜チート隠して、目指せ! のんびり冒険者 (仮)
ひなた
ファンタジー
…どうやら私、神様のミスで死んだようです。
流行りの異世界転生?と内心(神様にモロバレしてたけど)わくわくしてたら案の定!
剣と魔法のファンタジー世界に転生することに。
せっかくだからと魔力多めにもらったら、多すぎた!?
オマケに最後の最後にまたもや神様がミス!
世界で自分しかいない特殊個体の猫獣人に
なっちゃって!?
規格外すぎて親に捨てられ早2年経ちました。
……路上生活、そろそろやめたいと思います。
異世界転生わくわくしてたけど
ちょっとだけ神様恨みそう。
脱路上生活!がしたかっただけなのに
なんで無双してるんだ私???
私も貴方を愛さない〜今更愛していたと言われても困ります
せいめ
恋愛
『小説年間アクセスランキング2023』で10位をいただきました。
読んでくださった方々に心から感謝しております。ありがとうございました。
「私は君を愛することはないだろう。
しかし、この結婚は王命だ。不本意だが、君とは白い結婚にはできない。貴族の義務として今宵は君を抱く。
これを終えたら君は領地で好きに生活すればいい」
結婚初夜、旦那様は私に冷たく言い放つ。
この人は何を言っているのかしら?
そんなことは言われなくても分かっている。
私は誰かを愛することも、愛されることも許されないのだから。
私も貴方を愛さない……
侯爵令嬢だった私は、ある日、記憶喪失になっていた。
そんな私に冷たい家族。その中で唯一優しくしてくれる義理の妹。
記憶喪失の自分に何があったのかよく分からないまま私は王命で婚約者を決められ、強引に結婚させられることになってしまった。
この結婚に何の希望も持ってはいけないことは知っている。
それに、婚約期間から冷たかった旦那様に私は何の期待もしていない。
そんな私は初夜を迎えることになる。
その初夜の後、私の運命が大きく動き出すことも知らずに……
よくある記憶喪失の話です。
誤字脱字、申し訳ありません。
ご都合主義です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる