上 下
17 / 28
第4章

第17話 お嬢様の一部

しおりを挟む
浮かない声に、クライムが口の端をあげた。



「使用人と不毛な恋をするより、賢明な選択だと思うけど」

「――っ!」

クライムの言葉に驚き、うつむいていた顔をあげた。



いつから、気づいてたの?

ネオを、好きだってことに――…


 
疑問を口にしたくても、言葉が出てこない。
驚きすぎて、頭の回転が追いつかない。
 

金魚のように口をパクパクとしていると、クライムがくすりと笑った。


「気がついていないとでも思ってた?」


軽やかな口調。
ずっと前から知っていたような口ぶりに、シアは視線を落とした。


「……とんだ失態だわ」


否定はしない。
したところで、クライムに嘘が通せるとは思っていないからだ。


そういう点では、ネオよりもクライムのほうが怖いかもしれない。
 


動揺する気持ちを落ち着かせるために、紅茶を口に含んだ。
こくりと喉を鳴らすと、深く息をついた。

 
「ねぇ、クライム兄様」

「ん、どうした」


優しい相槌に、わずかに瞳が熱くなる。

気持ちを切り替えるように、ゆっくりと息を吐く。
 

「私ね、ネオをずっとそばに置きたくて、そのためにルードヴィッヒ家を継ぐ決意をしたの。お父様のためでも、未来の夫のためでもなく。
――…ネオのためだけに」

 
ルードヴィッヒ家の名を継ぐために、クライムと結婚することになろうとも。

ネオと結ばれることがなかろうとも。


自分のそばに置く執事は、自分で決められる立場にありたい。

 
この先もずっと、朝はネオの声で目覚めたい。
 

それがたとえ、皮肉めいた言葉しか紡がないとしても――…

私の瞳には、ネオしか映らない。 
 
 

 
「聞いてもいいかい」

「なぁに?」


問いかけに、まるで歌を唄うかのように軽やかな声で返事をした。

小首をかしげ、言葉を待つ。
 

そんなシアに、真摯なまなざしを向けた。
 


「ネオのなにが、君をそんなに夢中にさせるんだい」
 


なに、が……。

改めて問われる言葉に困惑する。
 

 
「……なに、っていわれても」
 
 
これといった言葉が見つからない。
 


理由なんて、後からついてくるもの。


気になって、気になって……
いつしか、恋から愛に変わる。

そういうもの、でしょう……?
 
 
ただ……
ネオの欠けた生活は、考えられない。
 

たとえるならば――…
 
 

「私の一部、だから……」

「一部?」

くり返した言葉に、ゆっくりと頷いた。


「たとえば――…」
 
 

朝起きて、最初に《おはよう》って言いたいのは、ネオだけ。

嬉しいことがあったとき、真っ先に教えたいのも。
悲しいとき、そばにいて欲しいのも。
 

最初に思い浮かぶのは全部、ネオだけ。
 

なにをするにも、頭のなかを支配する存在。

 

それは恋でもあり、愛でもあり――…

そばにいるのが、あたり前の存在。
 
 

 
「理屈とか、そんなのじゃないの。――…ただ、私の生活すべてに、ネオが存在してるの」
 

そばにいるのが、あたり前。
明日も明後日もずっと、そばにあるべきもの。
 

 
「……愛されてるね、ネオは」

 
ぽつりと寂しげな声が漏れる。

その言葉に、あら、と声をあげた。


「クライム兄様のことも、愛しているわ」

「それは異性として、ではないだろう」

「そうよ。……ダメなの?」


無邪気な笑顔を向ける少女。
澄んだ瞳が、まっすぐに自分を見つめる。
 

 
なんて君は、残酷なのだろう。

その笑顔に、僕がどれだけ傷ついているとも知らずに……。

 
 
クライムは小さく息をつくと、ふっと頬をゆるめた。
 
「妬けるな」

「ん、なにかいった?」
 
聞き取れなかった言葉に首をかしげる。
クライムは曖昧を笑みを浮かべる。

 
そして、
「なんでもない」
と悲しそうな声をもらした。




その日の夜。
ネオは《花嫁修業》をしに、こなかった……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

これ以上ヤったら●っちゃう!

ヘロディア
恋愛
彼氏が変態である主人公。 いつも自分の部屋に呼んで戯れていたが、とうとう彼の部屋に呼ばれてしまい…

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

私は何人とヤれば解放されるんですか?

ヘロディア
恋愛
初恋の人を探して貴族に仕えることを選んだ主人公。しかし、彼女に与えられた仕事とは、貴族たちの夜中の相手だった…

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

恋人の水着は想像以上に刺激的だった

ヘロディア
恋愛
プールにデートに行くことになった主人公と恋人。 恋人の水着が刺激的すぎた主人公は…

処理中です...