上 下
74 / 82
第11章

第73話 かけがえのない宝

しおりを挟む
「……ジ、ン……」


 ようやく口に出すことができた、彼の名前……。



 見間違えるはずがない。

 月明かりを背に、いま目の前に立っているのは、姿を消したはずのジンだった。




「ジ、ン……、……ジン…っ!」


 とめ処なく溢れる涙。
 ジンは紅い瞳をふっと緩めると、優しく抱きしめた。


「なんだよ、ガキ。俺がいなくて、寝れなかったのか?」

「……ジ、ン……」


 問いかけに答えるよりも、何度も名前を呼ぶ。
 ここにいることを、確かめるかのように。


 会えない時間で育った想いは、もっと彼が欲しいと、心を急かす。


 ルーチェを抱きしめたまま、優しく頭を撫でる。
 胸に耳をあてると、トクントクン、と鼓動の速さを感じた。


「どう、して……?」


 突然いなくなってしまったこと。
 そしていま、ここにいること。

 すべて理解が出来ずに、どうして、と言葉にするのがやっとだった。


 ジンは髪に唇を寄せた。



「今日こそ、宝を盗みにきた」

「――っ」


 ルーチェは、抱きしめている体を強く突き飛ばした。

 あぁ……そう、か。

 ルーチェはため息をついた。



 彼はやはり、海賊。
 目をつけた獲物は、必ず手に入れる。

 国を脅かし、ルーチェを乱す存在。


 もし《王家の宝玉》を手にしたら、ジンはもう二度と戻ってはこない。

 あのころには戻れないのだ、と失望の色が瞳にうつる。



「……ジン、やっぱり、……あなたは……」


 問いかけたルーチェは、口を閉じた。

 言葉を紡いで、肯定されるのが怖い。
 敵なのかと、いっそ聞いてしまいたいのに。

 ジンは机の上に視線をうつすと、無造作に置かれた《王家の宝玉》に気がついた。
 満月の夜に、色を変える《王家の宝玉》……

 月の光に負けず、青く輝き続けている。


「これが、《王家の宝玉》か」

「……っ」


 ジンは《王家の宝玉》を手にすると、紅蓮の瞳をルーチェに向けた。


「さてと」

 ルーチェに向き直すと、ゆっくりと足を向ける。

 一歩、また一歩と近づく。
 
 ルーチェの鼓動は再び速まった。
 目の前でピタリと止まると、ジンはそっとルーチェの髪を撫でた。

 月に輝く金色の髪。
 不安の色が滲む、ラピスラズリ色の瞳。

 手にした《王家の宝玉》を見せると、ジンはベッドの上に投げ捨てた。


「え……っ?」

 思ってもいなかった行動に、ルーチェは瞳を丸くした。

 投げられた《王家の宝玉》は、白い布団の上。
 《王家の宝玉》を、ここまでぞんざいに扱う人は、いままでいただろうか。


 でも……
 なんで投げ捨てたの?

 海賊一味を動かしてでも、ジンにとって必要なものだったんじゃないの……?



 ベッドの上を見つめていると、ふわりと体が浮かんだ。

「きゃ……っ!」


 ルーチェの体を軽々と持ち上げると、ジンはふっと息を漏らした。


「宝はもらっていくぜ。この世にひとつしかない……かけがえのない宝をな」

 ルーチェを持ち上げたまま、ジンは窓から飛び降りた。


「――っ!! って、きゃぁぁぁーーーーっっ!!!」


 予期せぬ事態に、必死にしがみつくルーチェ。
 ぎゅっと強く瞳を瞑った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】愛していないと王子が言った

miniko
恋愛
王子の婚約者であるリリアナは、大好きな彼が「リリアナの事など愛していない」と言っているのを、偶然立ち聞きしてしまう。 「こんな気持ちになるならば、恋など知りたくはなかったのに・・・」 ショックを受けたリリアナは、王子と距離を置こうとするのだが、なかなか上手くいかず・・・。 ※合わない場合はそっ閉じお願いします。 ※感想欄、ネタバレ有りの振り分けをしていないので、本編未読の方は自己責任で閲覧お願いします。

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

死にたがり令嬢が笑う日まで。

ふまさ
恋愛
「これだけは、覚えておいてほしい。わたしが心から信用するのも、愛しているのも、カイラだけだ。この先、それだけは、変わることはない」  真剣な表情で言い放つアラスターの隣で、肩を抱かれたカイラは、突然のことに驚いてはいたが、同時に、嬉しそうに頬を緩めていた。二人の目の前に立つニアが、はい、と無表情で呟く。  正直、どうでもよかった。  ニアの望みは、物心ついたころから、たった一つだけだったから。もとより、なにも期待などしてない。  ──ああ。眠るように、穏やかに死ねたらなあ。  吹き抜けの天井を仰ぐ。お腹が、ぐうっとなった。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...