1 / 1
無限サンタ
しおりを挟む
痛い。とてつもない痛みを感じた次の瞬間、私は見たことのない場所にいた。真っ暗で、真っ白で、きっと色という概念が存在しない世界。
「おめでとう。君はサンタに選ばれたよ」
まず声がして、遅れて姿が見えてくる。目の前の人物、いや、存在は形をはっきりと持っていないように見えた。さらにいえば、存在感が薄いような気がした。あまりに奇妙な存在が、あまりに奇妙なことを言っている。そんな状況に特に狼狽していない自分に違和感を抱く。下を向き、自分の体を見てみると体がなかった。手もないから確認できないけれど、きっと顔もない。目もない。視覚もないはずなのに私の前にいる存在はみえている。どうやら私も人をやめたらしい。
「私に選択権はあるのでしょうか」
「ないね。人間としての君は死んでしまったし、もう全く違う存在になりつつある。とめられないさ。ごく普通の自然現象と同じように、その原則から逃れることはできない」
「そうですか。死んでしまったというのにそのあとすら自分で選べないなんて残酷ですね」
理屈だけでしゃべっていた。そんなことは心底どうでもよくなっているけれど、人間だった頃の感覚と癖みたいなものが私にそういわせた。
「生まれた時だって同じだろう?君たちは産まれてくることを望んで生まれてこないし、どの時代に生まれてくるかも選べない。親だって選べないし、自分の顔や能力も選べない。すべては勝手に押し付けられるのだよ。それが節理なのさ」
「そうですね。ごもっともです。最後に一つだけいいですかね」
「なぜ君が選ばれたのかってことかな」
「そうです。死んだ人がみんなサンタになっていたら世の中サンタであふれかえりますからね。ごく一部が選ばれているのはわかるのですが、なぜ私なのかなと思いまして」
「それは私にもわからない。君が思っている以上にただの現象なのだよ。ただ、いままでのサンタをみているとなんとなくわかることもある。ひたすらに優しい人だね。優しくて、人の幸せを願っている人。そんな感情もサンタになったら忘れてしまうのだけれど、人だった頃に染み付いた精神や笑顔とかそういったあらゆる振る舞いがサンタに表れるんだ」
存在が淡々としゃべる。
「なるほど。いいことをしたら天国に行くんじゃなくてサンタになるっていうのが真実だったんですね」
何も面白くないのに笑いながらいった。今の私には笑顔はないのかもしれないけれど。
「ほら、だんだんと形ができてきたよ」
下を向くとだんだんと体が生成されていくのが分かった。空間の白と黒が、私という存在をはじき出す。だんだんと私は固体となり、固体となることでいままでは私と空間はおなじものだったんだとわかる。
「さあ、いってらっしゃい。みんなに幸せを与えておいで」
途切れてしまった意識の中で夢のようなものを見る。夢と表現することすらおこがましいふやけた感覚の中で、白と黒に溶けていくなにかがあった。そのなにかは私に何かを伝えようとしている。聞き取れない。きっとこれはサンタだったものだ。引継ぎでもあったのだろうか。まあでもなんとかなるだろう。
サンタは完全な固体となった。固体となり、個を失った。誰も見ることのないその顔には常に笑顔があった。誰にもみえないところでみんなの幸せのためにせっせと働く。クリスマスまではまだ一カ月あるけれど、この時期は忙しい。みんなのプレゼントの準備はすでに始まっている。
前のサンタは200年働いていた。次の適任者が表れるのはいつになるだろう。100年。200年。1000年。誰にもわからない。ただ、サンタは苦痛も苦労も感じない。人に幸せを運ぶ。サンタはかつて人の幸せを望んでいた。いまはなにも考えず、なにも感じずに幸せを運ぶ。
「ドキドキして寝れないよー!」
布団の中で少年が体を揺らしながら言う。
「早く寝ないとサンタさん来てくれないよ?絵本読んであげるから早く寝ようね」
「はーい」
3ページほどめくられた絵本が母親の手によって閉じられる。
「おやすみ」
小さい声でそうつぶやくと少年の母親は部屋から出て、ゆっくりと扉を閉めた。
暗闇の中、少年の枕の隣に真っ赤な袋が置かれている。
「メリークリスマス」
少年の隣に男性が立っている。それは赤い服を着ていて、満面の笑みを浮かべていた。
「おめでとう。君はサンタに選ばれたよ」
まず声がして、遅れて姿が見えてくる。目の前の人物、いや、存在は形をはっきりと持っていないように見えた。さらにいえば、存在感が薄いような気がした。あまりに奇妙な存在が、あまりに奇妙なことを言っている。そんな状況に特に狼狽していない自分に違和感を抱く。下を向き、自分の体を見てみると体がなかった。手もないから確認できないけれど、きっと顔もない。目もない。視覚もないはずなのに私の前にいる存在はみえている。どうやら私も人をやめたらしい。
「私に選択権はあるのでしょうか」
「ないね。人間としての君は死んでしまったし、もう全く違う存在になりつつある。とめられないさ。ごく普通の自然現象と同じように、その原則から逃れることはできない」
「そうですか。死んでしまったというのにそのあとすら自分で選べないなんて残酷ですね」
理屈だけでしゃべっていた。そんなことは心底どうでもよくなっているけれど、人間だった頃の感覚と癖みたいなものが私にそういわせた。
「生まれた時だって同じだろう?君たちは産まれてくることを望んで生まれてこないし、どの時代に生まれてくるかも選べない。親だって選べないし、自分の顔や能力も選べない。すべては勝手に押し付けられるのだよ。それが節理なのさ」
「そうですね。ごもっともです。最後に一つだけいいですかね」
「なぜ君が選ばれたのかってことかな」
「そうです。死んだ人がみんなサンタになっていたら世の中サンタであふれかえりますからね。ごく一部が選ばれているのはわかるのですが、なぜ私なのかなと思いまして」
「それは私にもわからない。君が思っている以上にただの現象なのだよ。ただ、いままでのサンタをみているとなんとなくわかることもある。ひたすらに優しい人だね。優しくて、人の幸せを願っている人。そんな感情もサンタになったら忘れてしまうのだけれど、人だった頃に染み付いた精神や笑顔とかそういったあらゆる振る舞いがサンタに表れるんだ」
存在が淡々としゃべる。
「なるほど。いいことをしたら天国に行くんじゃなくてサンタになるっていうのが真実だったんですね」
何も面白くないのに笑いながらいった。今の私には笑顔はないのかもしれないけれど。
「ほら、だんだんと形ができてきたよ」
下を向くとだんだんと体が生成されていくのが分かった。空間の白と黒が、私という存在をはじき出す。だんだんと私は固体となり、固体となることでいままでは私と空間はおなじものだったんだとわかる。
「さあ、いってらっしゃい。みんなに幸せを与えておいで」
途切れてしまった意識の中で夢のようなものを見る。夢と表現することすらおこがましいふやけた感覚の中で、白と黒に溶けていくなにかがあった。そのなにかは私に何かを伝えようとしている。聞き取れない。きっとこれはサンタだったものだ。引継ぎでもあったのだろうか。まあでもなんとかなるだろう。
サンタは完全な固体となった。固体となり、個を失った。誰も見ることのないその顔には常に笑顔があった。誰にもみえないところでみんなの幸せのためにせっせと働く。クリスマスまではまだ一カ月あるけれど、この時期は忙しい。みんなのプレゼントの準備はすでに始まっている。
前のサンタは200年働いていた。次の適任者が表れるのはいつになるだろう。100年。200年。1000年。誰にもわからない。ただ、サンタは苦痛も苦労も感じない。人に幸せを運ぶ。サンタはかつて人の幸せを望んでいた。いまはなにも考えず、なにも感じずに幸せを運ぶ。
「ドキドキして寝れないよー!」
布団の中で少年が体を揺らしながら言う。
「早く寝ないとサンタさん来てくれないよ?絵本読んであげるから早く寝ようね」
「はーい」
3ページほどめくられた絵本が母親の手によって閉じられる。
「おやすみ」
小さい声でそうつぶやくと少年の母親は部屋から出て、ゆっくりと扉を閉めた。
暗闇の中、少年の枕の隣に真っ赤な袋が置かれている。
「メリークリスマス」
少年の隣に男性が立っている。それは赤い服を着ていて、満面の笑みを浮かべていた。
0
お気に入りに追加
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
クラス転移で神様に?
空見 大
ファンタジー
空想の中で自由を謳歌していた少年、晴人は、ある日突然現実と夢の境界を越えたような事態に巻き込まれる。
目覚めると彼は真っ白な空間にいた。
動揺するクラスメイト達、状況を掴めない彼の前に現れたのは「神」を名乗る怪しげな存在。彼はいままさにこのクラス全員が異世界へと送り込まれていると告げる。
神は異世界で生き抜く力を身に付けるため、自分に合った能力を自らの手で選び取れと告げる。クラスメイトが興奮と恐怖の狭間で動き出す中、自分の能力欄に違和感を覚えた晴人は手が進むままに動かすと他の者にはない力が自分の能力獲得欄にある事に気がついた。
龍神、邪神、魔神、妖精神、鍛治神、盗神。
六つの神の称号を手に入れ有頂天になる晴人だったが、クラスメイト達が続々と異世界に向かう中ただ一人取り残される。
神と二人っきりでなんとも言えない感覚を味わっていると、突如として鳴り響いた警告音と共に異世界に転生するという不穏な言葉を耳にする。
気が付けばクラスメイト達が転移してくる10年前の世界に転生した彼は、名前をエルピスに変え異世界で生きていくことになる──これは、夢見る少年が家族と運命の為に戦う物語。
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
幼馴染みとの間に子どもをつくった夫に、離縁を言い渡されました。
ふまさ
恋愛
「シンディーのことは、恋愛対象としては見てないよ。それだけは信じてくれ」
夫のランドルは、そう言って笑った。けれどある日、ランドルの幼馴染みであるシンディーが、ランドルの子を妊娠したと知ってしまうセシリア。それを問うと、ランドルは急に激怒した。そして、離縁を言い渡されると同時に、屋敷を追い出されてしまう。
──数年後。
ランドルの一言にぷつんとキレてしまったセシリアは、殺意を宿した双眸で、ランドルにこう言いはなった。
「あなたの息の根は、わたしが止めます」
異世界でゆるゆる生活を満喫す
葉月ゆな
ファンタジー
辺境伯家の三男坊。数か月前の高熱で前世は日本人だったこと、社会人でブラック企業に勤めていたことを思い出す。どうして亡くなったのかは記憶にない。ただもう前世のように働いて働いて夢も希望もなかった日々は送らない。
もふもふと魔法の世界で楽しく生きる、この生活を絶対死守するのだと誓っている。
家族に助けられ、面倒ごとは優秀な他人に任せる主人公。でも頼られるといやとはいえない。
ざまぁや成り上がりはなく、思いつくままに好きに行動する日常生活ゆるゆるファンタジーライフのご都合主義です。
最強の赤ん坊! 異世界に来てしまったので帰ります!
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
病弱な僕は病院で息を引き取った
お母さんに親孝行もできずに死んでしまった僕はそれが無念でたまらなかった
そんな僕は運がよかったのか、異世界に転生した
魔法の世界なら元の世界に戻ることが出来るはず、僕は絶対に地球に帰る
もふもふで始めるVRMMO生活 ~寄り道しながらマイペースに楽しみます~
ゆるり
ファンタジー
☆第17回ファンタジー小説大賞で【癒し系ほっこり賞】を受賞しました!☆
ようやくこの日がやってきた。自由度が最高と噂されてたフルダイブ型VRMMOのサービス開始日だよ。
最初の種族選択でガチャをしたらびっくり。希少種のもふもふが当たったみたい。
この幸運に全力で乗っかって、マイペースにゲームを楽しもう!
……もぐもぐ。この世界、ご飯美味しすぎでは?
***
ゲーム生活をのんびり楽しむ話。
バトルもありますが、基本はスローライフ。
主人公は羽のあるうさぎになって、愛嬌を振りまきながら、あっちへこっちへフラフラと、異世界のようなゲーム世界を満喫します。
カクヨム様にて先行公開しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる