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第三章 クリミナティ調査編

第37話 オーガの長

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まだ日が昇りきらず薄暗いマゾヌ森林の前で兵士達は武器の手入れをして居た。


「新種のオーガらしいぜ」


「物騒だな、まぁ俺たちにはアルラさんが居るさ」


兵士達の雑談を聞き流しアルラは真っ直ぐ森を見つめる、深く……暗い森、この奥に新種のオーガが拠点を構えて居る、今まで通りに行くと考えない方が良さそうだった。


「アルラさん、大丈夫ですか?」


「大丈夫」


心配するハネスの言葉にアルラは頷く、不安が無いと言えば嘘になるが周りにいる兵士達を不安にさせない為にも1番強い自分が気丈に振舞わなければならなかった。


「あ、アルラさん、今日は天気が良いですねー」


そう曇った空を見上げながら言うハネス、その言葉にアルラは驚いた表情をして首を傾げた。


「何言ってるの?頭でもおかしくなった?」


唐突に意味不明な事を言い出したハネスにアルラは少し引き気味に尋ねた。


「い、いやー……アルラさんと日常会話ってした事無かったですから」


「日常会話って……別に無理して話そうとしなくても良いわよ」


笑いながら言うハネスにアルラはツンっとした態度でそう言い放つ、その言葉にハネスは少し悲しそうだった。


今思えば確かに彼女と日常会話はした事が無かった。


彼女から何度か話し掛けられた事はあったが余り深く関係を持とうとは思って居なかった故に全て聞き流して居た……今思えば何故彼女はこんなにも冷たく接しているのに折れず私に付いてくるのか分からなかった。


教育係だからと言っても嫌ならアグネス辺りに言えば変えてもらえた筈……相変わらずのハネスの性格は謎だった。


自分から……彼女の事を知ろうとしても良い気がした。


「貴女は……好きな食べ物とかあるの?」


アルラから予想外の質問に先程まで悲しげな表情をして居たハネスは驚きながらも嬉しそうな表情をした。


「はい!お母様が作る料理が大好きです!」


「奇遇ね、私もよ」


ハネスの言葉に自然とアルラに笑みが溢れる、こんな感情は初めてだった。


ずっとオーガを殺す為、母を助ける為に戦って来た……他人との関わりは国王かアグネスのみ、こうした普通の会話は初めてに近かった。


日常会話も……悪くは無かった。


「アルラさん!準備完了しました!」


和やかな雰囲気になって居たアルラとハネスに一人の兵士が敬礼をし伝える、その瞬間和やかな空気は一変した。


「分かった、私が先頭を務めるからその後ろを付いて来て」


「はい!」


そう言って兵士は他の兵士と共に荷物を持つとアルラに近付いてくる、アルラはハネスの方を見ると覚悟を決めた様な表情をして居た。


「大丈夫です」


力強く言うハネス、だがその手は震え怖いのはバレバレだった。


だが無理もない……何度も戦場を乗り越えた私でさえ不安が残っているのだから。


「行くわよ、光魔法で視界の確保お願い」


「分かりました!」


兵士の一人に視界の確保を頼むと兵士は光の玉をアルラの前に出現させた。


光の玉の位置を調整するとアルラは先頭に立ち森の中に足を踏み入れる、その瞬間空気が変わった。


重く息苦しい様な気がする……とてつもなく不穏な空気が流れて居た。


アルラと距離を取り歩く兵士達は気付かない内に震えて居た。


「ハネス……さんだっけ?アルラさんと同種なの?」


兵士の一人が気を紛らわせる為に俯くハネスに話し掛ける、その言葉にハネスは少し返答を躊躇した。


アルラさんと同種……本当にそう言って良いのだろうかと言う思いがハネスの頭にふと駆け巡った。


身体能力と言い、剣術の呑み込み速度、魔法の上達具合……全てを取っても自分は足元にすら及ばない、アグネスは自分の事をオーガ種との混合と言ったがとてもそうとは思えなかった。


地面に落ちて居た石を拾い上げ力を込める、石にはヒビが入るが割れはしなかった。


こんな程度の力でアルラさんと同種……笑われるのがオチだった。


「アルラさんと同種だなんておこがましいですよ」


「やっぱあの人が特別なんだな」


そう言って前を向く兵士、そう……彼女が特別、彼女が特別なんだ。


「やけに静か……」


アルラは耳を澄ませるが自身と仲間の足音しか聞こえない……オーガの集落が近くにあるのなら何かしらの物音がする筈だった。


木々に何らかの印が付いて居ないかを確認するがそれらしき物は確認されない……まだ集落が遠い、そう思った瞬間急に当たりの木々が倒れる様な音がした。


「な、なんだ!?」


「何だよこの音!?」


兵士達は突然の出来事に取り乱す、精鋭を寄越すと聞いたのだが……これぐらいで取り乱すとは素人以下だった。


「隊列を保て!剣を構えろ!気を抜けば死ぬぞ!!」


アルラは兵士達に檄を入れると刀を抜き音の方向に向かう、するとそこには黒いオーガが周りの木々を意味もなくなぎ倒して居た。


その姿を見てアルラは少し安堵した。


新種ではない……ただ黒色種、対処は簡単だった。


刀を構えゆっくり近く、そして一刀両断しようと刀を振りかざしたその瞬間、オーガはこちらを向いた。


「何だお前、小さいのに不思議な匂いがするな」


流暢な言葉を話し匂いを嗅ぐオーガ、その行動にアルラは思わず驚き刀を振る手を止めた。


「話……せるの?」


「まぁな、それよりお前、オーガと同じ匂いがするのに人間みたいな見た目だな、何でだ?」


この状況に理解があまり追いつかない、だが喋るオーガという事だけは分かった。


「わ、私はオーガと人間の遺伝子を混ぜ合わせた混合種、簡単に言えばオーガと人間の子供よ」


「オーガと人間の子供?あの体格差で子作りなど無理だろ」


不思議そうなトーンでそう言うオーガ、知能はオーガのままの様だった。


喋るオーガ……喋るからと言って殲滅対象から外れることは無い、だがアルラの中には迷いが生じて居た。


「しかし侵入者が半分同族とはな、まぁ俺は囮……今頃お仲間は死んでるぜ」


「おと……り?」


オーガの言葉にアルラの表情は険しくなった。


「あぁ、見張りがお前達を見つけてな、グラン様が作戦を立てられた、俺を囮に強い奴を誘き出し残りを叩き潰すって言うな」


「グラン様……?」


オーガが話すことは異例だが基本的に彼らの種族内で優劣など無いはず……それなのにグラン様と彼は呼んだ……知性があり作戦が立てられるオーガ、何者なのか疑問ばかりが深まって居た。


だが今のアルラにそれを追求する余裕は無かった。


オーガが話を続けるよりも先に刀を振り上げるとオーガを真っ二つに切り裂く、罪悪感など無かった。


仲間が殺されようとしている今、そんな事を考えている暇は無かった。


「ハネス……」


気が付けばアルラはハネスの名を口にして居た、そして隊と離れた場所に着くとそこには仲間の無残な死体が転がって居た。


外部からの物凄い圧力により潰された死体……だがその中にハネスの物は無かった。


「ハネスは逃げたの……?」


辺りを見回すがオーガの気配も無い、その時地面に大きな足跡がある事に気がついた。


アルラは足跡に近く、そして足跡が続く方を見ると木々が不自然になぎ倒されて居た。


「これは……」


アルラの中にある可能性が生まれた。


ヨハネは死んで無く、オーガに連れ去られた……彼らは鼻が効く、恐らく同族かどうか判断し兼ねたオーガがグラン様とやらの所に連れて行ったのだろう。


空を見上げると若干陽の光が射し始めて居た。


気が付けば光の魔法も消えている……そんな事にも気が付かない程に焦っているとは思わなかった。


アルラはその場で深呼吸をすると心を落ち着かせる、そして刀の血を拭くと急ぎ足でオーガが歩いた道を駆けた。


枝を踏み折り地面を強く踏みしめる、ハネスとやっと話す事が出来た……彼女を失いたくはなかった。


まだまだ話したい事がある……これから彼女を強くしてあげる役目も残っている、アルラの走るスピードはどんどんと速くなっていた。


やがて見慣れた木の壁が見えてくる、だがスピードを緩めずにグッと左足で地面を捉えるとアルラは飛び上がった。


右足を伸ばし壁を蹴り破る、そして地面に着地すると辺りを見回した。


「これは……まずいかもね」


過去最高にオーガの数が多かった。


優に30は超える、だがグラン様とやらの姿は今のところ無かった。


「アルラさん!!」


一人のオーガからハネスの声が聞こえる、ふと声のした方に視線を向けるとそこには雑に握られたハネスの姿があった。


「な、何だお前は!!」


オーガの一人が動揺しつつも殴り掛かってくる、それをアルラは動かずに刀を振り鞘に収めるとオーガの身体は木っ端微塵に斬り裂かれた。


「な、何だこいつは!?」


オーガ達はアルラの姿に恐怖した、小さな体で数倍はあるオーガを瞬殺したアルラに……だが彼の頭に逃亡と言う考えは無かった。


「全く……うるさいな」


低い地を鳴らすような声、そして揺れる地面……声のした方向をアルラは恐る恐る振り向くとそこには黒色種オーガよりも深く禍々しほどの黒色に染まったオーガが金属の斧を片手に此方へ近づいてきて居た。


「我に何の様だ」


圧倒的な威圧感に一瞬声が出なくなる、だがアルラは気を持ち直すと咳払いをした。


「私はアルラ、お前達を殲滅しに来た」


「我らを……殲滅?!はっはっ!!面白い事を言うな!!」


オーガは大きな声で笑うと金属の斧を力強く地面に置いた。


「目障りだ、始末しろ」


その一声にオーガ達はアルラめがけ襲い掛かる、30以上のオーガ……絶望的だった。


一匹の攻撃を防いでも二匹目の攻撃が防ぎきれない……このままでは負けは見えて居た。


「アルラさん!!」


やられっぱなしの見た事がないアルラに思わずハネスは叫ぶ、だがアルラは殴られながらもアルラの方を見ると笑顔を浮かべた。


「わた……私は……負けない!!」


アルラはオーガの様な大きな雄叫びを上げると額からツノが現れる、その瞬間形勢は逆転した。


木製で出来た武器でアルラの事を傷つける事は出来なかった。


体に触れた瞬間粉々に崩れ去る武器、そしてオーガ達は次々と切り刻まれて行った。


「ははっ、まるで鬼のようなだな」


仲間が散りゆく中オーガの長は依然として余裕の表情だった。


「ハネ……ス」


獣のような声で呟くアルラ、オーガの数は数えられる程に減って居た。


(まずい……理性が)


アルラは理性を保つのに必死だった。


最近になって習得したオーガの力を100%引き出す技、力などが数十倍に跳ね上がる代わり、肉体に多大なる負担が掛かる他理性が飛ぶ難点がある……だがこれを使わずにはこの状況は脱せなかった。


ハネスを握って居たオーガの腕を斬り落とし息の根を止めると最後に残ったオーガの長に刀を向ける、そして他のオーガ同様倒そうと斬りかかった瞬間、金属の斧で簡単にアルラごとはじき返した。


アルラは弾丸の如く地面に衝突する、その衝撃で力は解けた。


「全く……野蛮な奴だ」


オーガは斧を置くとゆっくりとこちらに近づいて来た。


「何故我々を殺す」


「それが私の存在価値を示す唯一の方法だからよ、それに母を救うオーガ族特有の薬草が必要だから……」


そう言って唇を噛むアルラ、その表情は悔しさでいっぱいだった。


「オーガ族特有の薬草……悪いがそんなものは無い」


その言葉にアルラは固まった。


「よく考えてみろ、オーガ族は人間よりも知能が低い、オーガが作れて人間が作れない薬草なんてあるのか?それにお主は見たところ人間とオーガの混合種、恐らく良い様に使われて居たのだろう」


確かに彼の言う通りだった……オーガ族に作れて人間に作れない薬草がある訳が無い、何でそんな簡単な事に気が付かなかったのか、アルラは絶望して居た。


母を助ける術はもう無いと。


「しっかし……派手に同族を殺してくれたな」


あたりを見て呟くオーガ、その言葉にアルラは刀を構えた。


「下ろせ、お前達を殺す気はない、人間に使われ俺たちを殺す事でしか存在意義を示せなかったお前達には同情する、ささっと国に帰れ」


その言葉だけを残しオーガはその場から去って行く、二人残されたアルラは一気に体の力が抜けたようにその場で座り込んだ。


「だ、大丈夫ですかアルラさん?」


心配そうに覗き込むハネス、彼女の方は再生のお陰で無傷だった。


「大丈夫じゃないわ」


そう言って寝転がるアルラ、もう何も考えたく無かった。


薄暗かった森、集落の上にだけ不自然に太陽の陽が射すようにぽっかり穴が開いて居た。


アルラは日差しを浴びながらそっと目を閉じた。
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