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強くなりたい
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しおりを挟む――二位、吉良紡。
ホームページに公開された予選の結果を確認すると、その文字がまず目に入ってほっと胸を撫で下ろす。また二番手。それと同時にじわじわと悔しさが湧き上がってきて、ぎゅっと拳を握った。
僕なんかが名だたるメンバーの中で二番を取ったのは凄いこと、誇っていい順位だ。だけどそんな言い訳も慰めも、今の僕には必要ない。
一番しか、いらない。
本戦へのやる気には繋がるものの、視聴者投票の結果に落ち込んでいるのは事実だった。心が折れてしまいそうになるけれど、まだ舞台の幕は上がってすらない。
決戦のときが翌日に迫った日、僕は初めて律の家の合鍵を使った。悩んで悩んで、どうしてもひとりじゃ落ち着かなくて、そこにいなくてもいいから、とにかく律のものに囲まれた空間で過ごしたくなった。
予想よりも大きな解錠の音にびくりと蚤の心臓を跳ねさせてドアを開ければ、また少し物が増えた律の部屋。その部屋の主はやっぱり留守にしていて、小さく「お邪魔します」と呟いてから、中に入った。
都会の街を見渡せるリビングの大きな窓から空を眺めれば、太陽がちょうど沈んでいくところだった。
この間買ったばかりの壁掛け時計がチクタクと音を立てて時を刻んでいく。電気も付けずに僕は膝を抱えて座りこんだ。
真っ暗な夜空で丸いお月様が幾千の星に囲まれて笑っている。どれだけ時間が経ったかは分からない。だけど、律の部屋にいるというだけで不思議と勇気が湧いてくる。
勝手に来て何も言わずに帰るなんて空き巣みたいだなと思いつつも、そろそろ帰ろうかなと腰を上げようとした時だった。
玄関からドアの開く音がした。それから少しして、バタバタとリビングに駆け込んでくるのは、僕の最愛。月明かりに照らされた少し焦った顔が珍しくて、かわいい。
ぱちんと電気をつけた律が、安堵の表情を浮かべて僕の隣にしゃがみこむ。
「……紡」
「勝手に来てごめん」
「ううん、まだいてくれてよかった」
コートも脱がずに、甘く瞳を蕩けさせる。その糖度に直視なんてできなくなる。
「もう帰ろうと思ってたところなんだ」
「……え、」
会えないだろうと思っていたから、律の顔が見れただけで僕はもう大満足だった。明日も頑張れる、そんな勇気をもらった。
このままじゃ名残惜しくて帰れなくなるとそそくさと立ち上がれば、迷い子のようにズボンの裾を掴まれる。
「……律?」
「やだよ」
「え?」
「俺は紡が足りてない」
むすっと唇を尖らせた律が見上げてくる。僕が律の上目遣いに弱いと分かってやっているなら、なんてあざといのだろう。
「おねがい、紡」
だけど、それに絆される僕も僕。自分のちょろさに笑ってしまう。
「……泊まっていいの?」
「もちろん」
嬉しそうに破顔するのを見れば、何にも気にならない。律が喜んでいるならそれでいいから。
「もしかして、これまで俺に内緒で来たことあった?」
「ううん、今日が初めて」
「はぁ、まじで巻いてよかった……」
スーパーアイドル様は、収録を二時間も早く終わらせてきたらしい。さすが、仕事のできる男。
同じベッドに横になっていれば、律が柔らかな笑みを浮かべて口を開く。
「明日だね」
「……うん」
「紡なら大丈夫」
「うん、見てて」
「ん、頑張れ」
たった四文字のメッセージがどれだけ僕に力をくれるのか、多分この人は分かっていない。
その瞳から、ただ純粋に僕を信じて応援してくれていることが伝わってくる。それだけで僕は無敵になれる。
いよいよ、明日。
自分で運命を掴み取る、そのための舞台の幕が上がる。
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