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ブルースター

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 翌朝目が覚めて、天使の寝顔が視界に入る。よかった、夢じゃなかったと実感する。きゅーっと胸の奥からこみ上げてくる、あたたかなものを噛み締める。

 幸せはここにある。ずっと続いている。

 今なら触れることも許されるだろうかとそっと手を伸ばして、透き通るように綺麗な頬に触れる。


 「……好き」


 今まで言えなかった分まで言いたくなって、だけど面と向かっては恥ずかしいから、寝てる今がチャンスだと呟いてみる。

 むず痒い気持ちになるのも嫌じゃない。だけど僕は何をやってるんだと我に返ると途端に羞恥心が湧いてきて、ぱっと手を離そうとした。

 けれど、それを捕まえられてしまって狼狽える。ぱちりと目を開けた律がぽやぽやと幸せそうに笑った。


 「おはよ、紡」
 「おはよう」
 「もう好きって言ってくれないの?」
 「起きてたなら言ってよ……」


 聞かれているなんて思っていなかったから余計に顔が赤くなる。

 見られたくなくてくるりと背を向ければ、後ろからぎゅうっと抱き締められた。


 「ふふ、かわいい」
 「…………やだ」
 「んー?」
 「やっぱりこっちがいい」


 自分から顔を見せないようにしたくせに、律の顔が見れないのは嫌だと思った。あんなに律の瞳に映ることに怯えていたのに、恋は不思議だ。全てを変えてしまう。

 もぞもぞとまた体を反転させて、律の方に向き直る。布団から半分顔を出して見上げれば、律はふうと息を吐いて目を閉じた。


 「……律?」
 「待って、今、自分と戦ってるから」


 数秒経って、律が目を開ける。

 困ったような、何かに葛藤しているような表情に思い当たる節がなくて、僕の頭上にはクエスチョンマークが浮かぶ。


 「……俺にしかそういうのはしちゃだめだからね」
 「?」
 「紡は俺のでしょ」
 「……ん」


 朝から胃もたれしそうなほど甘ったるい。だけど、それが嫌じゃない。

 額に贈られるキスに照れる僕を見た律はキス魔に変身する。数週間離れていた時間を埋めるように、僕らは思う存分いちゃついてから起床した。

 すると律は何かを思いついたようにスマホを取り出して楠木さんに連絡をとり始めた。話を聞くに、偽アカウントのことをどうにかするらしい。

 そうして楠木さんから田島さんに連絡をとると、彼も不審に思って心配してくれていたらしい。僕は周りの人に恵まれていると、また新たに発見する。一度できた縁は本来長く続いていくものなのだと実感した。

 忙しいはずの田島さんは嫌な顔ひとつせず、快く協力すると言ってくれて、弦先輩が作った動画サイトとSNSのアカウントがなりすましだというお知らせが正式にJTOから発表された。

 勿論SNSは大騒ぎになったけれど、きっとこれもそのうち収まるだろう。流行りやニュースなんてそういうものだと、僕はすっかり学んでいた。

 最初は律自身が発表すると言い張っていたけれど、それはさすがに駄目だと事務所に止められたらしい。


 『律さん聞いてます? 絶対に反応しないでくださいよ』


 隣にいる僕にも聞こえるぐらいの勢いで楠木さんが捲し立てていた。不機嫌そうに口をへの字にした律は「それってフリだよね」と告げて電話を切ってしまった。

 僕も止めようとしたけれど、スーパーアイドル様は予想を遥かに越えて我儘で頑固だった。

 結局、JTOのお知らせを引用する形で「俺のお気に入りを傷つけることは許さない」と発信してしまったのだ。

 取り返しのつかなくなった状況を把握した僕は早々に諦めて、他人事のように楠木さんの胃を心配していた。

 律が燃料を追加したことで余計にSNSは盛り上がった。トレンドもいくつか関連ワードが並んでいたけれど、「りつむぐ尊い」なんていう訳の分からない言葉は見て見ぬふりをしておいた。触らぬ神に祟りなし、そんな言葉があるぐらいだから。

 楠木さんという尊い犠牲はあったものの、弦先輩を牽制することに繋がったのか、それとも行動に移したけれど週刊誌に相手にされなかったのか。今となっては正解が分からないけれど、いつの間にかアカウントは全て消えていた。

 それ以来、彼から連絡が来ることはなかった。先輩も僕を忘れて、幸せになってくれればいいな。素直にそう思うけれど、嫌味かよってまた怒られそうだ。

 僕は彼を忘れて、前を向いて生きていく。
 全てが丸く収まって、僕らは愛を育むようになった。


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