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ブルースター

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 秋も終わりに近づき、日毎に気温が下がっていく。その日はいつもよりも肌寒くて、朝から冷たい雨が降り続いていた。

  家を出てぶるりと体を震わせる。そろそろコートが必要だなぁなんて考えながら授業を話半分に聞いていた。

 一時期はあんなに注目を浴びていたけれど、同じ大学のひとも僕が面白みのない平凡なやつだと理解したのか、ひそひそ話をされることもじろじろと見られることもなくなっていた。

 流行りってそういうものなのだろう。
 律に出会った頃の自分がどんどん消えていくみたいで、静かな日々は嬉しいはずなのになんとも言えない気持ちになった。

 授業を終えて学部棟の入口に向かっていれば、廊下を占拠した女子生徒のグループが周りを気にせずに興奮しながら盛り上がっていた。

 勝ち組陽キャの軍団ってかんじで苦手だ。目を合わせないようにそそくさと通り過ぎようとすれば、自ずと話が耳に入ってくる。


 「だから、あれは絶対律だったよ」
 「まじ?」
 「人違いじゃなくて?」
 「いや、あんなイケメンは律しかいないって」
 「でもこんなとこに何しに来るのよ」


 ぴたり、足が止まった。
 どくんと心臓が音を立てる。

 ……嘘だ。そんなこと、あるはずない。
 そう思うのに、心が震えて動揺してしまう。足が地面に張り付いたように動かない。
 
 話していたひとりと目が合って、それにつられるように全員がこちらを向いた。


 「それはわかんないけど、……あ、」
 「うん、いたわ、律がわざわざここに来る理由」


 うんうんと頷きながら、僕を遠慮なく見つめる視線。かなりの気まずさと、これ以上聞きたくない話の内容に僕は足を進めようとした。

 それを引き止めたのは、ゼミの飲み会のときに二次会に行こうと誘ってくれた女子だった。


 「吉良くん、応援してるからね」
 「え?」
 「みんな、最近元気ないなぁって心配してたんだよ。でももう大丈夫だよね、また飲み会しよう」


 優しい笑顔に胸の奥がじんわりとあったかくなる。
 
 先輩に襲われた日から信頼できるのは奏だけだと思い込んでいた。再び人間関係が壊れて傷つくのは嫌だったから、自然と他人と距離をとるようになった。

 だけど気が付かなかっただけで、僕なんかを心配してくれるひとはこんなに近くにいたんだ。

 宇田も彼女も他のみんなも、悪い人じゃないのは同じ季節を過ごしてきたからよく知っている。それでも壁を作って、距離を取っていたのは僕が弱かったから。過去を繰り返すのが嫌だったから。


 「……ありがとう。また誘ってくれると嬉しいな」
 「もちろん! 行ってらっしゃい」


 あんなに地獄だと思っていた飲み会もまた参加してみようという気持ちになる。にぱっと向日葵のように笑う彼女にそっと背中を押された。
 
 ……でもごめんね、それとこれとは話が別。たとえ本当に律がいたとしても、僕は彼に会えない。その応援は無駄なものになってしまうけど、彼女のおかげで大事なことに気づけた。トラウマがひとつ無くなった気がして、明日から少しは前を向いて歩けそう。

 勇気をもらった僕は意を決して、傘で顔を隠すようにしながら校門に向かって歩き出した。そこに近づくにつれて、雨の音に混ざったざわめきが大きくなる。

 すれ違うみんなが律の名前を口にしていて、嘘だと思いたかった事実が本当だったのだと悟った。


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