15 / 31
悪戯な皐月
9
しおりを挟む足音が近づいてくる。誰だろうなんて思わずとも、僕にはその人の正体が分かった。
「紡」
律は静かな声で名前を呼ぶと、その場にしゃがみこんで僕を労うように優しく抱きしめた。その温もりに強ばっていた肩の力が抜けてほっとする。
収録が終わったばかりの人前だということも忘れて、肩にぐりぐりと額を埋めて訴える。だってもうカメラも止まってるし。客席には机があるから多分見えてない。
「……悔しい」
「ん」
「何で僕なの」
「紡しかいないから」
「…………ずるい」
一問も他の人に譲る気はなかったのに。
その答えがまさか自分だなんてありえない。僕以外がさも当然だという顔をしていたのも信じられない。
宝物だと言ってくれた喜びよりも、悔しさが勝る。律の全てを今回だけは独占したかった。
だけど、国民的彼氏と称されるスーパーアイドル様は拗ねた最愛を甘やかすことを厭わない。
「どうやったら機嫌直してくれる?」
頭を撫でながら、誰にも聞かれないように耳元で囁かれる。顔を上げて、彼の瞳をじいっと見つめれば何でも許された気になってしまう。
「……今日は律の家、泊まる」
「え、」
「だから……、寝てる間ぎゅってしてて」
「…………寝れなくなってもいい?」
「ばか」
ストレートな言葉に顔を赤くしていれば、手を引かれて立ち上がる。まだ残っている観覧席のファンの方々に挨拶をした後、僕らは連れ立って控え室に戻る。
優勝という形にはなったけれど、その内容に満足はしていない。もし次の機会があるならば、必ず全問正解してみせる。
これまで以上に律のことをよく見ていようと決めて見上げた顔はため息が出るほど美しい。彼の隣にいるんだと改めて実感すれば、幸せが募ってなんだか泣きそうになった。
きっと、僕は浮かれていた。
何が待ち受けているかも知らない無知な赤ん坊は、ただ「律と一緒にいられることが嬉しい」という感情だけに支配されていた。
1
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
幼馴染から離れたい。
June
BL
アルファの朔に俺はとってただの幼馴染であって、それ以上もそれ以下でもない。
だけどベータの俺にとって朔は幼馴染で、それ以上に大切な存在だと、そう気づいてしまったんだ。
βの谷口優希がある日Ωになってしまった。幼馴染でいられないとそう思った優希は幼馴染のα、伊賀崎朔から離れようとする。
誤字脱字あるかも。
最後らへんグダグダ。下手だ。
ちんぷんかんぷんかも。
パッと思いつき設定でさっと書いたから・・・
すいません。
目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる