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悪戯な皐月
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しおりを挟む一年間、蚊帳の外から彼らを見守ってきたオタクだったら律の宝物が何かなんてすぐに分かる。人や物に執着することのなかった律が初めて自分から手に入れたいと望んだ相手、それが紡くん。
律が素顔を見せたあの衝撃の生配信を紡くんも勿論覚えてはいるのだろうけれど、自己肯定感の低い彼は宝物の正体がすぐに出てこなかったのだろう。
簡単だと思われた問題だったけれど、まあ、正直分からないのは本人だけだろうなあと思っていた。
それでもたった一問答えられなかっただけなのに今にも泣き出しそうな顔をしている紡くんにとっては、納得のいく結果ではなかったらしい。
「最終問題にして、初めて吉良くん以外の正解者が出ました。よく答えられましたね」
「最初紡くんが出てきたときに『あ、終わった』と思っていたので、最後の最後に答えられて嬉しいです」
OLさんは悪くない。むしろ、自分が思っているよりも律に愛されていると分からせるにはこれで良かったのかもしれない。
それにりつむぐの目の前で話をすることができたことに拍手を送りたいぐらい。他の解答者も含めて、彼らはよく頑張った。
唯一、自分を責め続けているであろう紡くんは最早カメラなんて気にせず、俯いてしまっている。その姿にまたきゅっと胸が鳴いて、今すぐ抱きしめてあげたくなった。
「さて東雲さん、ちょっと詳しく聞きたいんですけど、宝物が吉良くんというのは?」
「そのまま言葉通りですよ。紡がいれば他に何もいらないぐらい、かけがえのない宝物です」
「……熱烈ですね」
「そうですかね、本人にはまだまだ伝わってないみたいなのでこれからちゃんと自覚してもらおうと思います」
律の言葉を聞いたぱっと顔を上げた紡くんは、その大きな瞳に律だけを映している。
そんな彼にウインクを飛ばして悪戯に笑う律は、落ち込む紡くんのことすらかわいいと思っているのだろう。自分のことで一喜一憂する紡くんを見てニヤけるなんて、性格が悪い。
だけど律のことを嫌いになることなんてできないオタクは今日も明日も平伏すことしかできない。
だって、きっと世が世なら東雲律は傾国の美男として後世に名を残してたはず。それほどまでに東雲律という男は魅力的で、彼を前にしたひとは皆、全肯定botになるしかないのだ。
残された僅かな時間の中で網膜に焼き付けておこうと律の顔の良さを堪能していれば、三河さんが話し始める。
「こんなにドキドキしない結果発表は初めてですが、結果発表のお時間です。東雲さん、お願いします」
「はい、それでは発表します。東雲律クイズ王に輝いたのは……紡、おめでとう」
ドラムロールの後に名前を呼ばれたのは、当然紡くんだった。誰もが知っている結果に拍手と紙吹雪が降り注ぐ中、優勝が決まったというのに、ちっとも嬉しそうじゃないのがらしくていい。
東雲律強火オタクは伊達じゃない。そういうところがオタクに受け入れられて、応援されている理由のひとつだ。
「カット! 収録は以上です、ありがとうございました!」
スタッフさんの声で収録が終わると同時にへなへなとその場にしゃがみこむ紡くん。
解答席の机が邪魔をして、こちらから姿が見えなくなる。だけどすぐに律が長い足を動かして、落ち込む紡くんの元に歩いていくのが見えた。彼の目に宝物以外映っていない。
大丈夫、オタクにはその事実だけでいい。あとは勝手に妄想して、存分に萌えておくから。私たちは蚊帳の外、これからもずっと尊いりつむぐをそっと見守ってる。
【side オタクA子 終】
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