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Love never dies.

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 ◇◇

 玲が生まれてから、あっという間に時間が過ぎていくようになった。気づけば窓の外は暗くなっていて、一日の終わりを感じてしまう。曜日感覚を失わずにいられるのは仕事のおかげだった。

 どうしても僕に余裕がないときは、隣に住む老夫婦のところで預かってもらっている。本当の孫のように大事にしてもらえて、玲もすっかり懐いていた。僕に何かあったら彼らを頼るようにと、玲にはよく言い聞かせている。


 「すみません、ありがとうございました」
 「玲くん、今日もいい子だったわよ」


 だけど迎えに行けば、ダッと走ってきて足にしがみついてくる姿に胸が痛む。文句も泣き言も言わず、聞き分けのいい玲。親としてはありがたいけれど、言いたいことすら抑え込んでしまっているんじゃないかって不安になる。

 まだまだ幼い玲に我慢させてるんじゃないか。そう思う度に自分の未熟さに嫌気がさす。親が僕じゃなければ、玲はもっと幸せだっただろうな。負のループでそんなことを考えてしまって、更に卑屈になる。


 「まま、だいすき」


 腕の中でうつらうつらとそう言う玲を、ぎゅっと抱き締めることしかできなかった。


 ◇◇

 頭の中に刻み込まれた日程は、もう明日に迫っていた。海に隣接する会場は、僕たちの住むアパートからもよく見える。


 「玲、公園行こっか」
 「うん!」


 何も手につかないほど、落ち着かない。そわそわしてしまって集中力に欠けていた。

 このままだとまずい。気分転換に散歩にでも出掛けようと決めて、玲に帽子を被せる。彼がこの街に来ると知ってから、あまり公園に行っていなかったから玲も嬉しそう。

 近所の公園の砂場で遊び始める玲の隣にしゃがみこむ。


 「ねぇ、玲」
 「ん?」
 「玲はさ、……お父さんが欲しいって思う?」
 「おとうさん?」


 それはずっと聞きたくて、でも聞く勇気が出せなかったこと。言葉の意味が分からないのだろうか、反芻して考え込んでいるのを唇を噛み締めながら見つめる。


 「まま?」
 「ううん、ママじゃなくてパパ」
 「んー」
 「……ごめんね、変なこと聞いて。もう気にしなくていいよ」


 たまたま観た歌番組でsuiを知ってしまったと、昨日、おばあさんから聞いている。瞳をキラキラと輝かせてその姿を見つめていた玲は、一体何を思ったのだろう。

 誤魔化すように帽子の上から頭を撫でると、玲は普段のふにゃふにゃの笑顔を消して真剣な瞳で僕を見上げた。


 「ぼくは、ままがいい」
 「え?」
 「ままだけいればいいよ」


 この瞳を僕はよく知っている。多くの者を平伏せさせる、アルファの瞳。僅か二歳にして、このオーラ。やっぱり彼の子だと、泣きたくなった。


 「まま?」


 たまらなくなって、ぎゅうと抱き締めた。その瞬間、風に乗って、懐かしいあの爽やかなサイダーを感じさせる香りがしたような気がした。

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