上 下
26 / 55
夢現

しおりを挟む

 「……んあっ、」


 するりと服の裾から忍び込んできた、少し冷たい翠の手。びくつく腰を宥めるように撫でられれば、またひとつ理性の糸を切られそうになる。この快感を逃がそうと身を捩れば、大きな窓の外にまん丸なお月様が見えた。

 ――見られてる。
 そんな意識が一気に襲ってきて、思わず翠の手を止めた。


 「……ここまできて、お預けはなしだよ」
 「ちがう」
 「何が不安?」


 幼子のように首を横に振ると、翠はぴたりとその手を止める。こんな時でも強引に事を進めようとはせず、僕を尊重してくれる優しさにじんと胸が痛む。


 「……見られてる、みたいで」
 「誰もいないよ」
 「…………お月様が見てる」


 これから僕たちがやろうとしていることがバレたら、世界中の人が「翠を汚した」と僕を責め立てる。もしも神様が知ったら、「最高傑作を台無しにされた」と怒り狂うだろう。僕だけなら地獄に落ちたって構わない。翠を道連れにしてしまうのが心残りだった。

 優しい月明かりに照らされたこの部屋は、秘め事に励むには相応しくない。何の光も届かない、真っ暗な闇の中でなら紛れられる気がするから。それはただの言い訳で、僕の気持ちの問題に過ぎないのだけれど。

 馬鹿にされるんじゃないかって、言ってから後悔した。だけど、じいと月を見ていた翠は、柔らかい微笑みを浮かべてこちらに向き直ると「そうだね」と頷いた。


 「陽の姿を見れるのは俺だけでいい」
 「っ、降ろして」
 「だめ」


 軽々と抱え上げられてじたばたと手足を動かすけれど、体幹を鍛え上げている翠はビクともしない。この細身のどこにそんな力が。そう思ってしまうほど楽々と寝室まで運んだ翠は、壊れ物を扱うように大切に僕をベッドに降ろした。

 真っ白なシーツに広がる黒髪。 翠によって高められた身体は期待に震えてる。だけど、そんなはしたない自分を翠に気づかれたくなくて、足を擦り合わせる。爪先を丸める僕を見下ろして、すーっと深く息を吐いた翠が口を開いた。


 「……陽」
 「…………はい」
 「もう、止められないよ」
 「…………」
 「今から君を抱く。……逃げるなら、今しかない」


 面と向かってはっきりと言葉にされると、羞恥心と期待でぐちゃぐちゃになってしまいそう。翠の瞳はぎらぎらと燃えている。その欲を全て僕にぶつけるつもりだと思ったら、もうどうにかなっちゃいそうだ。


 「……いいよ」
 「…………」
 「翠の、好きにして……」
 「ッ、これ以上俺を煽らないで」


 どんな罰を与えられてもいい。この一時だけでいいから、どうしても翠が欲しいという心の底からの望みに僕は抗えなかった。


しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

元ベータ後天性オメガ

桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。 ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。 主人公(受) 17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。 ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。 藤宮春樹(ふじみやはるき) 友人兼ライバル(攻) 金髪イケメン身長182cm ベータを偽っているアルファ 名前決まりました(1月26日) 決まるまではナナシくん‥。 大上礼央(おおかみれお) 名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥ ⭐︎コメント受付中 前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。 宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。

僕の番

結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが―― ※他サイトにも掲載

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版)

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

好きで好きで苦しいので、出ていこうと思います

ooo
BL
君に愛されたくて苦しかった。目が合うと、そっぽを向かれて辛かった。 結婚した2人がすれ違う話。

嘘の日の言葉を信じてはいけない

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
嘘の日--それは一年に一度だけユイさんに会える日。ユイさんは毎年僕を選んでくれるけど、毎回首筋を噛んでもらえずに施設に返される。それでも去り際に彼が「来年も選ぶから」と言ってくれるからその言葉を信じてまた一年待ち続ける。待ったところで選ばれる保証はどこにもない。オメガは相手を選べない。アルファに選んでもらうしかない。今年もモニター越しにユイさんの姿を見つけ、選んで欲しい気持ちでアピールをするけれど……。

王と正妃~アルファの夫に恋がしてみたいと言われたので、初恋をやり直してみることにした~

仁茂田もに
BL
「恋がしてみたいんだが」 アルファの夫から突然そう告げられたオメガのアレクシスはただひたすら困惑していた。 政略結婚して三十年近く――夫夫として関係を持って二十年以上が経つ。 その間、自分たちは国王と正妃として正しく義務を果たしてきた。 しかし、そこに必要以上の感情は含まれなかったはずだ。 何も期待せず、ただ妃としての役割を全うしようと思っていたアレクシスだったが、国王エドワードはその発言以来急激に距離を詰めてきて――。 一度、決定的にすれ違ってしまったふたりが二十年以上経って初恋をやり直そうとする話です。 昔若気の至りでやらかした王様×王様の昔のやらかしを別に怒ってない正妃(男)

【BL】声にできない恋

のらねことすていぬ
BL
<年上アルファ×オメガ> オメガの浅葱(あさぎ)は、アルファである樋沼(ひぬま)の番で共に暮らしている。だけどそれは決して彼に愛されているからではなくて、彼の前の恋人を忘れるために番ったのだ。だけど浅葱は樋沼を好きになってしまっていて……。不器用な両片想いのお話。

処理中です...