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夢現
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しおりを挟む「……んあっ、」
するりと服の裾から忍び込んできた、少し冷たい翠の手。びくつく腰を宥めるように撫でられれば、またひとつ理性の糸を切られそうになる。この快感を逃がそうと身を捩れば、大きな窓の外にまん丸なお月様が見えた。
――見られてる。
そんな意識が一気に襲ってきて、思わず翠の手を止めた。
「……ここまできて、お預けはなしだよ」
「ちがう」
「何が不安?」
幼子のように首を横に振ると、翠はぴたりとその手を止める。こんな時でも強引に事を進めようとはせず、僕を尊重してくれる優しさにじんと胸が痛む。
「……見られてる、みたいで」
「誰もいないよ」
「…………お月様が見てる」
これから僕たちがやろうとしていることがバレたら、世界中の人が「翠を汚した」と僕を責め立てる。もしも神様が知ったら、「最高傑作を台無しにされた」と怒り狂うだろう。僕だけなら地獄に落ちたって構わない。翠を道連れにしてしまうのが心残りだった。
優しい月明かりに照らされたこの部屋は、秘め事に励むには相応しくない。何の光も届かない、真っ暗な闇の中でなら紛れられる気がするから。それはただの言い訳で、僕の気持ちの問題に過ぎないのだけれど。
馬鹿にされるんじゃないかって、言ってから後悔した。だけど、じいと月を見ていた翠は、柔らかい微笑みを浮かべてこちらに向き直ると「そうだね」と頷いた。
「陽の姿を見れるのは俺だけでいい」
「っ、降ろして」
「だめ」
軽々と抱え上げられてじたばたと手足を動かすけれど、体幹を鍛え上げている翠はビクともしない。この細身のどこにそんな力が。そう思ってしまうほど楽々と寝室まで運んだ翠は、壊れ物を扱うように大切に僕をベッドに降ろした。
真っ白なシーツに広がる黒髪。 翠によって高められた身体は期待に震えてる。だけど、そんなはしたない自分を翠に気づかれたくなくて、足を擦り合わせる。爪先を丸める僕を見下ろして、すーっと深く息を吐いた翠が口を開いた。
「……陽」
「…………はい」
「もう、止められないよ」
「…………」
「今から君を抱く。……逃げるなら、今しかない」
面と向かってはっきりと言葉にされると、羞恥心と期待でぐちゃぐちゃになってしまいそう。翠の瞳はぎらぎらと燃えている。その欲を全て僕にぶつけるつもりだと思ったら、もうどうにかなっちゃいそうだ。
「……いいよ」
「…………」
「翠の、好きにして……」
「ッ、これ以上俺を煽らないで」
どんな罰を与えられてもいい。この一時だけでいいから、どうしても翠が欲しいという心の底からの望みに僕は抗えなかった。
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