25 / 55
夢現
4
しおりを挟む「……陽」
あまりにも切なくて、どうしようもないほど優しい声が僕を呼ぶ。胸の奥がきゅんとなって、言葉が出せない。目で返事を送れば、翠の顔が近づいてきて予感する。
――あ、これって……。
僕にその資格はないのに。そう分かっているけれど、最愛の彼を突き飛ばすことなんてできるはずがなくて、心中で懺悔しながら、僕はただ目を瞑ってそれを受け止めた。
初めてのキス。多分、三秒もしなかった。それなのに心はとてつもなく満たされて、じんわりとあたたかくなる。幸せの意味を、生まれて初めてちゃんと理解した気がした。
ゆっくりと目を開ければ、ぱちんと目が合って照れくさい。心臓がうるさいけれど、翠から与えられたものだと思えば、それすらも今は心地よかった。
世界中を虜にする、極上のアルファ。誰もが羨望の視線を送り、彼のハートを射止めたいと願っている。そんな男が、今この瞬間は僕だけをその眼に映している。
手に入れたなんて、そんな傲慢なことは考えようとも思わない。けれど、渇きにも似た欲望はどうしようもなく、この男が欲しいと思った。骨の髄まで愛されたいと、そう思ってしまった。
「……もっと」
「ッ、あんまり俺を煽らないで」
掠れた声で呟くと、ちゃんと耳に届いたらしい翠が余裕のない表情に変わる。浅ましい俺の望みを叶えるべく、彼はまた唇を寄せた。
息付く暇も与えないほど、繰り返されるキスにくらくらする。唇と唇を合わせているだけでこんなにも満たされるなんて、僕は知らなかった。
何も言葉を交わさない。次第に全身の力が抜けてきて、後ろに倒れそうになる。それを察した翠が頭を打たないように支えてくれた。
火照った体にひんやりとした床が気持ちいい。横たわる僕に覆い被さった翠は、僕の手を取り、指先に口付けた。
「舌、出して」
言われるがまま、何の疑問も持たずに素直に従う。間髪入れずに、べと出した舌が翠のそれと絡まり合う。さっきまでの啄むようなキスとは違う、直接的な刺激に下半身が疼いた。
「ッふ、」
溢れる吐息すらも飲み込まれているような感覚に背筋が震える。我が物顔で咥内を弄られて臆病に舌先を引っ込めれば、それは駄目だと言わんばかりに絡め取られる。耳に届く水音、口端から零れる唾液。肌が粟立って、そこだけ別の生きものになったみたい。自分の身体だとは思えなかった。
――気持ちいい。もっと欲しい。
体中の血液が沸騰してるみたいに全身が熱い。頭の中はそれしか考えられなくて、ただ与えられる刺激を享受することしかできない。止めなくちゃなんて考えは、すっかり消え去っていた。
49
お気に入りに追加
318
あなたにおすすめの小説
元ベータ後天性オメガ
桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。
ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。
主人公(受)
17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。
ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。
藤宮春樹(ふじみやはるき)
友人兼ライバル(攻)
金髪イケメン身長182cm
ベータを偽っているアルファ
名前決まりました(1月26日)
決まるまではナナシくん‥。
大上礼央(おおかみれお)
名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥
⭐︎コメント受付中
前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。
宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。
僕の番
結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが――
※他サイトにも掲載
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
嘘の日の言葉を信じてはいけない
斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
嘘の日--それは一年に一度だけユイさんに会える日。ユイさんは毎年僕を選んでくれるけど、毎回首筋を噛んでもらえずに施設に返される。それでも去り際に彼が「来年も選ぶから」と言ってくれるからその言葉を信じてまた一年待ち続ける。待ったところで選ばれる保証はどこにもない。オメガは相手を選べない。アルファに選んでもらうしかない。今年もモニター越しにユイさんの姿を見つけ、選んで欲しい気持ちでアピールをするけれど……。
王と正妃~アルファの夫に恋がしてみたいと言われたので、初恋をやり直してみることにした~
仁茂田もに
BL
「恋がしてみたいんだが」
アルファの夫から突然そう告げられたオメガのアレクシスはただひたすら困惑していた。
政略結婚して三十年近く――夫夫として関係を持って二十年以上が経つ。
その間、自分たちは国王と正妃として正しく義務を果たしてきた。
しかし、そこに必要以上の感情は含まれなかったはずだ。
何も期待せず、ただ妃としての役割を全うしようと思っていたアレクシスだったが、国王エドワードはその発言以来急激に距離を詰めてきて――。
一度、決定的にすれ違ってしまったふたりが二十年以上経って初恋をやり直そうとする話です。
昔若気の至りでやらかした王様×王様の昔のやらかしを別に怒ってない正妃(男)
【BL】声にできない恋
のらねことすていぬ
BL
<年上アルファ×オメガ>
オメガの浅葱(あさぎ)は、アルファである樋沼(ひぬま)の番で共に暮らしている。だけどそれは決して彼に愛されているからではなくて、彼の前の恋人を忘れるために番ったのだ。だけど浅葱は樋沼を好きになってしまっていて……。不器用な両片想いのお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる