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夢現
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しおりを挟むこの場所は自分の家よりも空が近く感じる。灯りの灯されたマンションや戸建てを見下ろせば、どうしようもない虚しさに襲われた。きっと、僕には想像できないような幸せな家庭で溢れているのだろう。僕だけが独りぼっちで、暗闇に取り残されたような感覚。
どれぐらいの間、そうしていたのか分からない。洗濯機はまだ音を立てている。すんと鼻を啜れば、あの爽やかなサイダーのような香りが届いて、ささくれた心が少し癒された気がする。
(……会いたい)
翠に会って、いつもみたいに抱き締められて、あの甘やかな瞳に見つめられて、それから……、彼の跡を残してほしい。
(貴方だけのオメガになりたかった……)
こんなに自分がベータであることを恨んだことはない。翠に出会うまでは、それでいいと思っていた。平凡なベータなんて、ぴったりだと思っていた。
だけど、今の僕に翠のものにはなる資格はないから。この世界の何処かにいる翠の運命が羨ましい。
僕はただなんとなく気に入られているだけで、飽きが来たらぽいと捨てられる。そんな未来なんて、今はまだ考えたくなかった。
生まれ変わったら……なんて、そんな悠長なこと言ってられない。僕は、この世界で翠と唯一無二の関係になりたかった。
「……やっとだ」
「ッ!?」
重たいため息を吐き出した瞬間、背後から突然ここにはいないはずの声が聞こえてきて体が跳ねた。その言葉の意味よりも存在の方に気を取られてしまう。
カーテン越しに感じる気配を、僕はよく知っている。
どうして、地方にいるって聞いていたのに。
心の準備ができていなくて、脆い繭の中からなかなか出て行けない。それでも体は素直で、久しぶりに会えた喜びに興奮したのか、ぶわりと体温が上がって熱に浮かされたようになる。
「……陽、出ておいで」
翠が僕を呼んでいる。行かなくちゃ。
そう思うのに、どんな顔をして出て行けばいいのか分からない。関係値がリセットしたみたいに、恥ずかしくてもじもじしてしまう。
あんなに恋焦がれていた人がすぐそこにいる。ずっとずっと、会いたくてたまらなかった。
「陽」
甘く優しい声で名前を呼ばれるのが嬉しくて、心臓がきゅとなる。……あぁ、でもそうだ。こんなに好きでしかたないのに、僕は彼の特別にはなれない。その事実が僕の心臓を突き刺して、血の代わりに涙が溢れてくる。
「ッ、」
「……陽?」
僕の異変に気づいた翠が、そっと静かにカーテンを開ける。目と目が合って、翠だって実感したら余計に溢れてくる涙。つーっと頬を流れるそれを目にした翠は、目を丸くした後に表情を曇らせた。
「どうして泣いてるの?」
少し怒ったような言い方。視線を逸らしてしまいたいのに、翠がそれを許してくれなくて、まるで金縛りにあったみたいに綺麗な瞳を見つめ続けた。
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