17 / 28
特別はいらない
5
しおりを挟むしばらくして体を離した翠が、穏やかな表情で僕を見下ろす。離れがたいと思ってしまったことに気づかないふりをして、僕はきゅっと唇を噛み締めた。
「陽はおにぎりだけでお腹空いてないの?」
「え、と、……はい」
目を逸らしながら嘘をつけば、「ふーん」と納得していなさそうな低い声が聞こえてくる。
すると、翠は振り返り、歩き始めた。彼が足を止めたのは、冷蔵庫の前。まずいと思って止めようとするけれど、翠の行動の方が早かった。
開かれたドアから冷気が流れ込んでくる。目敏い翠のことだ、すぐに冷蔵庫のチルド室にあるものに気づかれた。
どうしてそんな目立つところに置いたんだと後悔するのも束の間、翠に名前を呼ばれて背筋が伸びる。
「陽」
「…………はい」
すぐに返事をしなかったのは、せめてもの抵抗。
「陽が作ったの?」
「…………はい」
「これって、俺の分……?」
「……はい」
見つかってしまっては、これ以上誤魔化すことはできない。お手上げだと諦めて白状するけれど、翠からは何もリアクションが返ってこない。
「あの、でも、違うんだ。ごめんなさい、勝手にこんなことして気持ち悪いよね。僕が捨てておくから忘れていいよ」
沈黙を埋めたくて、取ってつけたような言葉を繋ぐ。
焦ってあたふたしている僕を見つめて、眉を下げた翠は「ちがう」と小さく呟いた。
「うれしい」
「え?」
「陽からの初めてのプレゼントだ」
そう言う翠は本当に嬉しそうに笑っていて、「写真撮らなくちゃ」と冷蔵庫からいそいそとお皿を取り出している。
まさかそんな風に捉えられると思ってもいなくて、かあっと頬が熱くなる。
ただの自己満足だったのに、翠はこんなに喜んでくれるんだ。なんだか涙がこみ上げてきて、じーんと心が震えた。
翠と結婚する人は、きっと世界で一番の幸せ者だ。些細なことでこちらが驚くぐらい喜んでくれて、どんな時でも優しくて、何よりも大切にしてくれる。
――いいなぁ、彼の運命の番が羨ましい。
なんて、自然に出てきた感情に嫌悪する。
僕なんて、その立場を望むことすらできないのに。
でも、だから、許しが欲しかった。
特別はいらない。
翠の一番になることは望まないから、今はただ彼の傍にいることを許してほしかった。
24
お気に入りに追加
227
あなたにおすすめの小説
【BL】声にできない恋
のらねことすていぬ
BL
<年上アルファ×オメガ>
オメガの浅葱(あさぎ)は、アルファである樋沼(ひぬま)の番で共に暮らしている。だけどそれは決して彼に愛されているからではなくて、彼の前の恋人を忘れるために番ったのだ。だけど浅葱は樋沼を好きになってしまっていて……。不器用な両片想いのお話。
【完結】可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない
天田れおぽん
BL
劣性アルファであるオズワルドは、劣性オメガの幼馴染リアンを伴侶に娶りたいと考えていた。
ある日、仕えている王太子から名前も知らないオメガのうなじを噛んだと告白される。
運命の番と王太子の言う相手が落としていったという髪飾りに、オズワルドは見覚えがあった――――
※他サイトにも掲載中
★⌒*+*⌒★ ☆宣伝☆ ★⌒*+*⌒★
「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」
が、レジーナブックスさまより発売中です。
どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m
愛などもう求めない
白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。
「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」
「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」
目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。
本当に自分を愛してくれる人と生きたい。
ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。
ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる