13 / 59
特別はいらない
1
しおりを挟む昨日と同じ今日を生きる。
明日も明後日も変わらない毎日。
気がつけば、太陽は沈んでいる。
たまに見ることができる、空色と夕焼けの薄桃色が混じり合う瞬間の空が好きだった。
この部屋は僕の住む家よりもずっと空に近い。窓から外を眺めれば、ぽつんとひとり、取り残されたような気持ちになる。
合鍵をもらった僕は大学の授業を終えた後、この場所に向かうようになった。
コンシェルジュに止められないかと不安に思っていたけれど、翠と一緒にいたところを覚えていたのか、丁寧な会釈で見逃された。さすが超高級マンション、しっかりしている。
初めてここに来た日のこと。
翠の住む部屋は僕なんて必要ないぐらい綺麗に整頓されていて、家事といっても何をすればいいのか分からなかった。
「え、適当に寛いでていいよ」
遠慮がちに尋ねて、返ってきた答えがこれ。
仕事の指示を与えない上司は嫌われると、どうやら彼は知らないらしい。
「じゃあ勝手にします」と啖呵を切った僕は買い物に出かけて、適当にご飯を作った。
この家の冷蔵庫には食べるものがちっとも入っていない。翠の帰りを待っている間に腹は空くし。こちとら、まだまだ成長期だと信じたい年頃なのだ。
少し不機嫌に作った生姜焼きは塩っぱくて、気分が沈む。何もうまくいかない。だだっ広い部屋にひとりぼっちだという事実が、余計に胸の奥をちくちくした。
作っている最中は楽しかったのに、ひとりで食べるのは味気ない。お腹が空いていたはずなのに、箸が止まりかける。義務のように咀嚼して、無理やり喉奥に流し込んだ。
洗い物をしてから少し溜まった洗濯物を見つけて、そのままにするか悩んだ末、洗濯機を回すことにした。
翠の残り香を嗅ぐとどうしても心が震えるから、そのまま放置しておくのは毒だった。
洗濯を終えても、ほんの少しだけ残るそれに反応してしまって唇を噛む。部屋から漂っているものなのか、服からなのか、正解は分からないけれど。くらくらと、熱が溜まっていく感覚がしたのを覚えてる。
何もすることがなくなったけど、翠に待っててと言われたから、しかたなく僕は部屋の主の帰りを待っていた。僕も翠の顔が見たいからとか、別にそんなんじゃない。
高そうな革張りのソファに座ってぼーっとしていれば、急激に眠気が襲ってくる。
今寝たら帰れなくなる。寝たらだめだとうつらうつらしながら戦っていたけれど、それは無駄な足掻きだった。
76
お気に入りに追加
381
あなたにおすすめの小説
元ベータ後天性オメガ
桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。
ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。
主人公(受)
17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。
ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。
藤宮春樹(ふじみやはるき)
友人兼ライバル(攻)
金髪イケメン身長182cm
ベータを偽っているアルファ
名前決まりました(1月26日)
決まるまではナナシくん‥。
大上礼央(おおかみれお)
名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥
⭐︎コメント受付中
前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。
宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
僕の番
結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが――
※他サイトにも掲載
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
罪人の僕にはあなたの愛を受ける資格なんてありません。
にゃーつ
BL
真っ白な病室。
まるで絵画のように美しい君はこんな色のない世界に身を置いて、何年も孤独に生きてきたんだね。
4月から研修医として国内でも有数の大病院である国本総合病院に配属された柏木諒は担当となった患者のもとへと足を運ぶ。
国の要人や著名人も多く通院するこの病院には特別室と呼ばれる部屋がいくつかあり、特別なキーカードを持っていないとそのフロアには入ることすらできない。そんな特別室の一室に入院しているのが諒の担当することになった国本奏多だった。
看護師にでも誰にでも笑顔で穏やかで優しい。そんな奏多はスタッフからの評判もよく、諒は楽な患者でラッキーだと初めは思う。担当医師から彼には気を遣ってあげてほしいと言われていたが、この青年のどこに気を遣う要素があるのかと疑問しかない。
だが、接していくうちに違和感が生まれだんだんと大きくなる。彼が異常なのだと知るのに長い時間はかからなかった。
研修医×病弱な大病院の息子
王冠にかける恋【完結】番外編更新中
毬谷
BL
完結済み・番外編更新中
◆
国立天風学園にはこんな噂があった。
『この学園に在籍する生徒は全員オメガである』
もちろん、根も歯もない噂だったが、学園になんら関わりのない国民たちはその噂を疑うことはなかった。
何故そんな噂が出回ったかというと、出入りの業者がこんなことを漏らしたからである。
『生徒たちは、全員首輪をしている』
◆
王制がある現代のとある国。
次期国王である第一王子・五鳳院景(ごおういんけい)も通う超エリート校・国立天風学園。
そこの生徒である笠間真加(かさままなか)は、ある日「ハル」という名前しかわからない謎の生徒と出会って……
◆
オメガバース学園もの
超ロイヤルアルファ×(比較的)普通の男子高校生オメガです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる