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夜の帳が下りたあと

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 彼はじいっと僕の瞳を見つめた後、渋々僕から手を離し、財布を拾って黒いカードを手渡した。

 ~♪

 カードを機械に読み込んでいると、スマホが騒ぎ出して店内を賑やかにする。不機嫌に目を細めた彼は画面を確認すると、こちらにも聞こえるほど大きなため息を吐き出して画面をタップした。


 「はい……うん、分かってる……はいはい……」


 さっき聞いた声とは全然違う、地を這うような低い声。怒っていますと声に書いてあった。

 そんな彼に気が引けながらも控えめにカードとレシートを差し出せば、小さく会釈してそれを受け取ってくれた。

 通話を繋げたまま、缶ビールを鞄にしまう姿を観察していれば、スマホを耳からぱっと離した男が僕の瞳をまっすぐに見つめて言う。


 「……また来ます」


 その言葉に何故か凍てついていた心がじんわりと溶ける。表情を弛めた僕を確認した彼はウインクを飛ばして足早に去っていく。その姿はとても様になっていて、アイドルみたいだった。

 退屈だったバイトにとんでもない嵐がやってきた。ぽかんと開いた口が塞がらない。

 まるでお星さまが落ちてきたみたいな、そんな衝撃。ホットチョコレートのように甘くて落ち着く声が耳に残っている。

 僕は目と目が合ったあの瞬間を思い出して頬を弛めながら、身体の奥からしゅわしゅわと何かが湧き上がってくるのを感じていた。

 ……うーん。
 どこかで見たことあるような気がするんだよなぁ。あの甘い声だって、最近聞いたような気もする。それも一度きりじゃなくて、何度も。

 喉元まで浮かんできている気がするのに、答えはなかなか見つからなくてモヤモヤしてしまう。うんうんと考えながら、僕はゴミ出しをしに外に出た。

 どうして自分がそこまでして正解に辿りつこうとしているか分からないけれど、ただ彼が何者なのかを知っておく必要があると思った。

 慣れた作業だ。ぱっと手早く済ませて中に戻ろうとしたところで、窓にずらっと貼られたポスターが目に入った。予約受付中の文字が大きく目立つ。コンセプトも世界観も異なるアーティストたちのジャケット写真が集うこの場所は、まるで展覧会。

 そろそろ剥がさないといけないものもあるなぁと順番に目で追って、最後の一枚の前でぴたりと足が止まった。


 「……あ、」


 思わず、気の抜けた声が漏れる。
 彼は入口に最も近いそこに鎮座していた。
 思っていたよりもずっとすぐそばにいたのだ。

 ぐちゃぐちゃに絡まっていた糸が綺麗に解けたような爽快感。答えが見つかってスッキリする。
 
 ヒントは目元だけ。だけどそれでも分かる。本能がこのひとだと告げている。

 あんなにバレないように変装していたのに、素顔も名前もこんなに簡単に分かってしまうのがすこしだけおかしくて、かわいいと思った。

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