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夜の帳が下りたあと
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時刻は零時を過ぎた頃。ここからのシフトは僕ひとりだけ。今日も今日とて暇だなぁと時計を眺めていれば、珍しく入店音が店内に鳴り響く。レジからやる気のない「いらっしゃいませ~」で気持ちばかりのお出迎え。
ホワイトブロンドの派手な髪を肩まで伸ばし、キャップを目深に被った背の高い男。らこちらを見ようともせず、そそくさとお酒のコーナーに足を進める。
数分と経たないうちにレジにやってきた男は、ガコンと荒っぽく缶ビールを二本、僕の前に置いた。
なんかキレてる?
そう思うけれど、マスクで顔の半分以上が覆われているから、彼が怒っているのかすら分からなかった。
着けている時計や取り出した財布がギラギラしている。ブランドに詳しくない僕でも高級だって分かる。きっとこの人はアルファなのだろうと推測できた。
だけどあまりじろじろ見るのもよくないなと思って、缶ビールをスキャンすることに集中した。
時期的に花粉症なのだろうか、彼がすんと鼻を啜る。一度では治まらず、続けてすんすんと何かを確認するように。
カードを取り出そうとしていた動きを止めた男は、一瞬固まった後、キャップの鍔を持ち上げた。
まるでスローモーション。
隠されていたぱっちり猫目が僕を射抜く。
その瞬間、何かが弾ける音がした。
――この人を僕はずっと待っていた。
たんぽぽの綿毛がふよふよと漂うみたいに心が踊る。穏やかなそれは心地良くて、春の陽気に誘われてぽかぽかと暖かい。ずっとこのままがいい、そう思ってしまうほど。
彼も僕と同じように感じたのだろうか。
驚いたように目を見張った男は、手に持っていた財布をぽろっと落とす。ちゃんと閉じられていたそれから小銭が溢れてあわや大惨事、なんていうことは免れた。
――高そうな財布なんだから早く拾わないと。
そちらに意識が持っていかれた僕を引き戻すように、「俺を見ろ」と言わんばかりに彼が僕の手を掴む。ぎゅうっと力が込められて、痛いぐらいだ。それなのに胸の奥はきゅんと鳴いて、触れられたことに喜びを隠せない。
そしてふたりだけの秘密を共有するように、男は甘い声で囁いた。
「きみはオメガ?」
サッと血の気が引いた。
初対面の人に第二の性を聞くのは失礼だって、もう大人なのだからよく知っているはずなのに、どうしても聞かずにはいられなかったらしい。
お前はオメガなのだろう?
答えを聞く前に男の瞳がそう言っていた。サンタクロースを待つ子どものように、ワクワクと目を輝かせて。
番探しでもしているのだろうか。
そう思いついた途端に、心臓がぎゅうっと掴まれたみたいに酷く傷んだ。
春から冬に逆戻りしてしまったかのように、びゅうびゅうと冷たい風が胸の中を通り過ぎていく。
「……僕は、ベータです」
「え、まさかそんな。だってこんなに、」
「すみません、お客様。お会計を」
狼狽える男が身を乗り出す。首筋に顔を近づけてこようとするのを避けて、掴まれていない方の手で離れるようにそっと体を押した。
これ以上話を続けられないよう、強くはないけれどきっぱりとした口調で会計をするように告げる。
ホワイトブロンドの派手な髪を肩まで伸ばし、キャップを目深に被った背の高い男。らこちらを見ようともせず、そそくさとお酒のコーナーに足を進める。
数分と経たないうちにレジにやってきた男は、ガコンと荒っぽく缶ビールを二本、僕の前に置いた。
なんかキレてる?
そう思うけれど、マスクで顔の半分以上が覆われているから、彼が怒っているのかすら分からなかった。
着けている時計や取り出した財布がギラギラしている。ブランドに詳しくない僕でも高級だって分かる。きっとこの人はアルファなのだろうと推測できた。
だけどあまりじろじろ見るのもよくないなと思って、缶ビールをスキャンすることに集中した。
時期的に花粉症なのだろうか、彼がすんと鼻を啜る。一度では治まらず、続けてすんすんと何かを確認するように。
カードを取り出そうとしていた動きを止めた男は、一瞬固まった後、キャップの鍔を持ち上げた。
まるでスローモーション。
隠されていたぱっちり猫目が僕を射抜く。
その瞬間、何かが弾ける音がした。
――この人を僕はずっと待っていた。
たんぽぽの綿毛がふよふよと漂うみたいに心が踊る。穏やかなそれは心地良くて、春の陽気に誘われてぽかぽかと暖かい。ずっとこのままがいい、そう思ってしまうほど。
彼も僕と同じように感じたのだろうか。
驚いたように目を見張った男は、手に持っていた財布をぽろっと落とす。ちゃんと閉じられていたそれから小銭が溢れてあわや大惨事、なんていうことは免れた。
――高そうな財布なんだから早く拾わないと。
そちらに意識が持っていかれた僕を引き戻すように、「俺を見ろ」と言わんばかりに彼が僕の手を掴む。ぎゅうっと力が込められて、痛いぐらいだ。それなのに胸の奥はきゅんと鳴いて、触れられたことに喜びを隠せない。
そしてふたりだけの秘密を共有するように、男は甘い声で囁いた。
「きみはオメガ?」
サッと血の気が引いた。
初対面の人に第二の性を聞くのは失礼だって、もう大人なのだからよく知っているはずなのに、どうしても聞かずにはいられなかったらしい。
お前はオメガなのだろう?
答えを聞く前に男の瞳がそう言っていた。サンタクロースを待つ子どものように、ワクワクと目を輝かせて。
番探しでもしているのだろうか。
そう思いついた途端に、心臓がぎゅうっと掴まれたみたいに酷く傷んだ。
春から冬に逆戻りしてしまったかのように、びゅうびゅうと冷たい風が胸の中を通り過ぎていく。
「……僕は、ベータです」
「え、まさかそんな。だってこんなに、」
「すみません、お客様。お会計を」
狼狽える男が身を乗り出す。首筋に顔を近づけてこようとするのを避けて、掴まれていない方の手で離れるようにそっと体を押した。
これ以上話を続けられないよう、強くはないけれどきっぱりとした口調で会計をするように告げる。
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