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第15話 中間管理職

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英凛えいりん、伝えてあった通り私の部下たちを連れてきた。すまないが、お茶の用意を」
「はい、旦那様。皆様、ようこそいらっしゃいませ」

 英凛がにこやかに笑うと、私の部下たちはしばし固まり、そしてしどろもどろに挨拶を始めた。



 先日の呂明徳りょめいとく氏の一件は恙無く八方丸く収まり、若い二人はめでたく近々に婚約することになった。

 私は祝意を伝えがてら、自分のげきの注文に行ったのだが、後継ぎと娘の結婚と軍部への伝手、と望むものを一気に手に入れた明徳氏は大層な舞い上がりようで、てんてこまいなのかと思いきやより一層商売の口上に力が入っていた。

 注文内容よりも長い長いその話をまとめると、明徳氏の店は隙間産業に活路を見出していくことに決めたらしい。大量生産される同じ形の武器よりも、使う人間に合わせたこだわりの一品ものを、という訳だ。

 私としては願ってもみない話だった。元々私の武器は特注品だが、既存のものを手直しする形で作ってもらっていた。だが、康壮こうそうがこれまた熱っぽく語ってくれたことには、柄の長さが変われば当然刃にかかる負担も変わる。そのため、刃にも柄の長さに合わせた最適な形があるとかなんとか……。

 そんなこんなで、今度は完全に私専用の武器ができることになった。
 明徳氏も康壮もやたらと張り切っていたので、なんだか若干恐ろしい。康壮は「辺境の鬼神の名に恥じぬものを作り上げてみせます!」と意気込んでいた。だからその『辺境の鬼神』は恥ずかしいからやめて欲しい。

 そして商魂がさらに逞しくなった明徳氏は、「土産」と称してまたも私に宣伝材料を押し付けてきた。先日、洋嘉ようかに譲られてしまったものによく似た長剣が一振り。今度は新たな市場を狙っているのか、懐刀になりそうな短刀が一振りに、やたらと殺傷力の高そうな凶悪な形状のやじりがついた矢が十本だ。

 どれもこれも物は良さそうだが、短剣と矢は私はあまり使わない。死蔵させておくのも勿体ないし、さてどうしようか……と考えて、英凛に相談する一歩手前で危うく気づいた。

 何だか最近、考え事をする時に英凛に相談するのが常態化してしまっている。その度に相談料を体で支払わされていたのでは、文字通り私の体がもたない。

 そんな訳で無い脳みそを振り絞って考えて、けれども英凛のような妙案は出てこず、明徳氏が宣伝したいのだからそのまま西部方面軍で宣伝すればいいじゃないかと開き直った。

 ただし、私は使わないものもあるので私の配下の部下たちに譲ることにした。
 そうして私の家に三人の部下を招くことになったのである。



「お、俺、俺は、徐統健じょとうけんと言います! 黄副将軍配下の弓兵隊隊長っす!」
「ようこそいらっしゃいませ。ごゆっくりとしていって下さいね」

 いつもはもっと面倒見のいい兄のような統健が、がちがちに緊張しているのを見て、微笑ましくなる。背丈なんぞ英凛の方が高いくらいの小柄なのに、ぴしっと背筋を伸ばして少しでも高く見せようとしているのがいっそ涙ぐましい。

「統健は私の半分くらいの背丈しかないが、その分を努力で補う真面目なやつだ。こいつの弓の腕は西部方面軍イチだ」
「お恥ずかしい限りで……」
「そうなんですね」

 槍やげきといった長物は、私のように長身ならばそこから繰り出される威力は増幅する。だがその手段は使えない統健は、それを補うべく血の滲むような弓の稽古を重ねた。

「僕は……ちん貞然ていぜんと、申します……」
「よろしくお願いいたしますね」

 統健とは対照的に、英凛と目も合わせられない状態になってしまっているのが貞然だ。若手の従軍書記の中では最も筆に優れているのだが、放っておけば一日中でも文机の前に座っているようなやつだ。本人も、戦が終わったら文筆業で身を立てたいと言っていた。

 人と会話すらあまりしない貞然には、英凛と話すというのは難易度が高すぎたらしい。

 貞然と英凛との会話が続かないとみるや、さっと助け舟を出した男がいる。

「貴女があまりにも美しすぎて、こいつは何も言えなくなってしまっているんです。失礼、私の名前は宋翔星そうしょうせい、黄副将軍の副官をしております。どうぞお見知り置きを」
「まあ、お上手ですね。范英凛はんえいりんと申します」
「范……! では、貴女が范軍師のご息女の?」
「ええ。お恥ずかしい父でしたが」
「いえいえ。范軍師にはもっと学びたいことが沢山ありました」
「あら、父に学んだらとんでもないロクデナシの遊び人になりますよ?」
「え⁉︎ いえ、えっと……そういう意味では……」

「その辺にしておいてやれ、英凛」
「はい、旦那様」

 翔星は、くすくすと笑う英凛にからかわれたと知って赤い顔をしている。だがそんな様も爽やかでどこか憎めないのは、こいつの人柄のおかげか、はたまた洋嘉ようかの遠縁にあたるせいでかなり整った顔立ち故か。

 三人とも二十代半ばだが、翔星はやはり頭一つ抜きんでていた。父親は首都防衛の要の一角である軍部の重鎮だし、母親は洋嘉の族妹ぞくまいという、どこでどう繋がってるのかよく分からん血筋だ。

 そんな縁もあってか西部方面軍にいるのだが、文武両道で折り目正しく、長身で立居振舞いも爽やかで、あと文句のつけようがない美形という、同性からの恨みを買いそうなやつでもある。

 けれどもそれでも自然に周りに人が集まるのだから、やはり人徳というか何かは持っている。ただ、出来すぎるが故にたまに周りが見えなくなっているのが欠点だが。

「さあ三人とも、こちらだ。良いものが手に入ったのでな。良ければ使ってみて、感想も聞かせてもらえると有難い」
「これは……!」

 書斎の机に置かれた武器に真っ先に食いついたのは統健だった。

「この鏃は北方の流れを汲む形じゃないっすか! ……最近じゃ作れる職人はもういないと思ってたのに……」

 そうなのか?と私でさえ思うので、翔星と貞然はもはや置いてけぼりだ。
 確かにこれを作った康壮は敵国の出身で、敵国は北方の異民族と結構混じり合っているから、鍛治の技術もその流れがあるのかもしれない。それにしても一瞬でそれを見抜くとは、さすが統健。努力型の弓矢好きなだけある。

「こんな貴重なもの、貰ってしまっていいんすか⁉︎」
「ああ、構わない。私が使うよりお前が使う方が有効活用できるだろう」
「ありがとうございます!」

 私も弓が引けぬ訳ではないがあまり堪能ではない。そこまで弓矢の性能差にこだわる方でもないので、これは統健が一番ふさわしいだろう。そもそも北方の流れを組む形とか知らなかったし。

「この短刀は貞然、お前に」
「えっ……」
「この間、書刀が欠けてしまったと言っていただろう?」
「で、でも、僕は安物でも十分で……」
「先の戦いの報告書、見事だったと洋嘉が言っていた。私は無骨者故に詩文の良し悪しは分からんが、確かに戦さ場の情景が目の前に浮かぶような文章だった。だがな……」
「は、はいっ」
「私を美化しすぎだ。いくらなんでもあんなに斬ったり倒したり出来るか。何だ鞍に敵将の首が連綿とって。精々、三個くらいだ」
「あそこはあの表現の方が言葉の調子と音が美しくて……」
「この刀はそれを削り取るためのものだ。持っていけ」
「は、はいっ!」

 無理矢理短刀を貞然に押し付けると、貞然はあたふたとしながらも「あれを書き直すとしたら……うーん……この表現にするか……」などと既に自分の世界に入りかけている。

「貞然は黄副将軍のことを信奉するあまり、ちょっと表現が大袈裟になってしまうんですよ」
「戦記物の戯曲や講談ならそれでいいが、一応報告書なんだ。正確に記さんと」
「黄副将軍の場合、元々の戦果が化け物じみてるから誰も気づかないんじゃないすか?」
「確かに! 首が三個だろうが十個だろうがあんまり変わらないね」
「十個もぶら下げたら重くて馬が可哀想だろうが」
「突っ込むところ、そこっすか⁉︎」

「……皆さん、仲がよろしいんですね」

 調子に乗る翔星と統健をたしなめていると、英凛が静かに笑っているのに気づいた。いや、笑っていない。顔は笑っているが目が笑っていない。

 今の話のどこに怒らせる要素があったっけ⁉︎と内心密かに焦っていると、ふとその表情に見覚えがあることに気づいた。

 あれだ。まだ幼い頃の英凛が私の背中を洗ってくれた時、奉直ほうちょくが滅茶苦茶羨ましがって、「えいりーん、お父さんの背中も洗ってくれない?」と気持ち悪い猫撫で声を出して言ったら、「とうさまのせなか、おおきくなくてつまんないからイヤ」と言われた時の奉直の表情とそっくりだ。あの時は落ち込む奉直がものすごくウザかった。

 思えばあの頃から英凛には既に筋肉好きの片鱗があった訳だが、それはさておき今、英凛がこの表情をしているということは……。

 ……え?

 あの時の奉直は「嫉妬」していた。
 私だけ英凛に背中を洗ってもらったことに。

 そして今の英凛は……嫉妬している?
 何に?
 私と、翔星と統健がじゃれあっていることに?

 自分の考えが信じられなくてちらりと英凛を見る。私にその感情を読み取られたらしいと察した英凛は、ほんの一瞬だけ顔を赤くして拗ねたような表情を浮かべると、ぷいとそっぽを向いた。

(…………っ!)

 ……どうしよう。
 滅茶苦茶可愛いと思ってしまった。正直、心臓がきゅんときた。

 確かに昔、私と奉直と洋嘉が少し小難しい話をしていると、英凛は「わたしだけなかまはずれにしてひどい!」とよく怒っていた。

 あの時は単純に微笑ましくて、抱き上げて頭を撫でたものだけれど、今の気持ちはそれとは少し違う気がする。何がどう違うのだ、と言われてもうまく説明できないのだけれど。

「……貞然が短刀で、統健が矢ということは、私はこれですか?」

 翔星に声をかけられてハッと私は気づいた。

「あ、ああ……かなり切れ味のいい剣だ。装飾はないが刀身は『本物』だ」

 翔星がすらりと鞘から引き抜くと、相変わらずいい仕事をする康壮の鍛えた刃が現れた。

「うわ……こんな凄いもの、本当に貰ってしまってもいいんですか?」
「ああ。元々貰い物なんで構わない」

 何度も裏返しては剣に見入ってる翔星に釣られて、統健もじっくりと剣を見始める。そうして気づいてしまった。二人の瞳がうずうずとしていることに。

 何やかんや言っても、この二人も武人なんだな、と思いつつ苦笑する。

「……どうだ、たまには手合わせでもするか」
「いいんすか⁉︎」
「是非! お願いします!」
「では、中庭へ。ああ、済まない英凛。お湯だけ沸かしておいてくれるか」
「分かりました、旦那様」

 英凛はもういつも通りの様子に戻っていて、仕方ない男の人たち、といった雰囲気で私たちを見やると、厨房へと向かっていった。



 愛用のげきを取ってきてから中庭へ向かうと、そこには先ほどの剣を構えた翔星の他に、自らの剣を持ってきた統健もいた。貞然は大人しく観戦することにしたようだ。英凛から微妙に距離を取って立っているのがなんともらしい。

「私が先でいいかな? 早く剣の性能を試したいし」
「えーっ⁉︎ じゃあ俺、疲れ切った副将軍とやるんすか?」

 統健の言葉にこめかみがピクリと動く。
 貴様……おっさんを舐めるなよ!

「……面倒だから二人まとめてこい」
「えっ……マジすか」
「流石にそれは……」
「ぐちゃぐちゃ言わずにこい」
「は、はいっ」

 ま、結論から言うと二人程度では蚊が飛び回ってるのと同じくらいな訳で。
 疲れ切ってぶっ倒れてるのは若者二人の方だった。

「おかしい……おかしいっすよ……」
「二人がかりでなんで……」
「お前たち、帰京して怠けすぎだ。明日から朝と夕に調練追加だ」
「えーーっ! 横暴っす!」
「どうせお前たちのことだから見合いの予定もロクにないだろうが」
「ぐっ……」

 見合いの予定は入れているものの、今のところ全敗しているだなんて口が裂けても言えないが。
 いや、敗北じゃない。どっちも試合不成立だと思う。

 こいつらだって辺境に戻るまでにがんがん見合いをしないといけないだろうに、今日呼んだらすぐに来たところを見るに、三人とものんびりしているようだ。まったく誰に似たんだ。上司か。

「お湯の用意、できてますよ」

 そんな様子を見ながらくすくす笑っていた英凛が布を差し出してくれた。それで汗を拭いて、戟を武器立てに立てる。

「ありがとう。汗を流してくる」
「お背中流します?」
「いや、結構。あいつらの相手をしてやってくれ」
「……はーい」

 ちょっと不満気な顔で英凛が立ち去るのを見ながら、あいつらがいる時に背中なんて流されたら、私の信用まで流れてくだろうな、と溜息をついた。


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