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第14話 辣腕侍女の婚活戦略、異常ナシ 2

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「おや、英凛えいりん。今日も相変わらず綺麗だね。どう? そろそろ僕のところに来ない?」
「いえ、私、旦那様しか見えてませんから」

 にっこりと笑って愛妾にならないかという誘いを跳ね除けますが、もうこれは毎回の挨拶みたいなもの。

 私のことを綺麗という割には、ご自分はもっと次元の違う麗しさを誇る清寧王せいねいおう洋嘉ようか様は、退廃的で淫靡で妖艶な、そしてかるーい雰囲気を纏って中庭で花に埋もれていらっしゃいました。

 比喩表現ではありません。本当に埋もれていたのです。

 広大な敷地面積を誇る清寧王府の奥まった庭で、四阿あずまやの周りには牡丹が、ちょっとこれ植えすぎじゃない?と思うほど咲いていました。

 紅や白、桃、紫と絢爛豪華な色彩を背負って、何一つ負けることのない美丈夫はこの人くらいでしょうね、と思います。

 立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花、と申しますが、座っている姿が牡丹に例えられる男性は他にいないんじゃないでしょうか。

「……先日はどうもありがとうございました。おかげさまで万事滞りなく」
「いえいえ、こちらこそ。元々、こっちが依頼・・・・・・したことだからねー」

「あら、そのお腰の。もしかして……」
「そうそう。いい具合に拵えて貰ったんだよね。いいでしょー?」

 そう言って清寧王様が見せびらかしてくれた剣は、先日旦那様が明徳氏からいただいて、報酬代わりに清寧王様に差し上げたあの剣でした。

 ただ、お渡しした時は装飾の一つもない無骨な剣だったと思いますが、今はもうキラッキラのさやつかに変えられていました。

「おかげで官給品工房の方も目の色変えてね。もっともこれを見ても変わらないようだったたら、切ってやろうかと思ってたけど」
「そんなこと仰っても、色々としがらみがございましょう?」
「まあね。だからこそ英凛にお願いすることになった訳で」

 清寧王様がその美しい眉根を寄せて苦笑されます。と言うか、苦笑しても様になる美男って本当にすごいですよね。

 その清寧王様の綺麗なお顔を曇らせていたのが、西部方面軍が使用する官給品を作っている半官半民の工房でした。

 西部方面軍が発注すると言えば、もうその工房は安泰なものです。何しろ常に安定して受注できるのですから、国が傾かない限りは黙っていても仕事がやってくる状態でした。

 ですがその状況にあぐらをかいてしまっていたのです。
 質が悪い、とまでは申せませんでした。けれども苦労せずとも注文が入ってくるので、彼らは切磋琢磨することをやめてしまったのです。

 そんな状態を清寧王様は苦々しく思っておられました。
 何しろ武器の質は将兵たちの命、そして戦況を左右します。確かに質が落ちることはありませんでしたが、もし敵国がもっと優れたものを開発したら、状況は一変します。

 ただ、向上心のない工房だからと言って、簡単には切り捨てられない事情があります。

 一つは工房の規模。官給品を大量に製造できる工房は限られています。小さい工房や、単独の鍛治職人がいくら素晴らしいものを作ったからと言って、大量生産はそう簡単には出来ません。

 二つ目は色々な利権の問題。官給品の発注ともなれば想像を絶する額の金銭が動くのですから、そこには様々な方の思惑も絡んできます。昔からのお付き合いや、縁戚関係等々。

 それと関連して信頼関係という問題もあります。武具はすなわち、国家防衛の戦略の根幹を成すものですから、例えば一ヶ月にどれだけ製造したのかですとか、どんな種類のものをどれだけ受注したのか、などの情報が敵方に漏れてしまうと、そこから動員する兵数や兵種を推測されてしまい、戦況が不利になる可能性があります。

 故に、新参者の小さな工房がいくら良い品を作ろうと、官給品はそこには発注出来ないのです。
 そう、例えば呂明徳りょめいとく氏の工房のような。

 技術向上に注力しない官給品工房を、どうしたら改善出来るか。

 これが、清寧王様が私に世間話のように零した、事の発端です。
 明らかに女性に向けるべき話題ではないと思うのですけれど。

 その昔、父様の葬儀の際に色々と良くしてくださったのですが、「奉直ほうちょくが亡くなったのであれやこれやが大変だ」と愚痴をこぼしていらっしゃいました。
 それに対してなんとはなしに「こうしたらいいんじゃないでしょうか」とぽろっと言ってしまったらその案が採用されて。そのお礼にいらした際にまた愚痴られて相談に乗って……を繰り返した挙句、最近では私は顧問か相談役のようになり、寄せられる案件も随分と込み入ったものが多くなってしまったのでした。

 今回も二ヶ月ほど前、父様の五回目の命日に色々な供物をいただいたので、そのお礼を伝えに参上しただけだったのに、いつも通りお悩み相談室のような状態になってしまいました。

 もっとも、私の方も清寧王様に色々とお願いしたいことがあったので、それと交換条件という形で問題の改善策提案に同意しました。

 そして私が提示したのが、工房が変えられないならば、中で働く者たちの意識を変えればいい、ということでした。

 色々と調べ上げて明徳氏の工房がその作戦決行の舞台に相応しいと判断し、後はそこに旦那様を放り込むだけでした。

 旦那様は私の作戦通りに動いただけと思っているようですが、もっと大きな盤上にいたと知ったらどう思うでしょうね。

 多分、「親娘だなぁ……」って苦笑されるだけかもしれませんが。
 そんな単純で、包容力のあるところが大好きです。

 そして「作戦」の結果はご存知の通りです。

 もしも新参者の工房から清寧王が武器を「買い上げた」とあれば、官給品工房の方も黙ってはいないでしょう。自分たちの利権の危機ですから。

 けれども清寧王の部下が個人的に「譲り受けた」ものを、清寧王が気に入って佩刀はいとうとした、であればどこにも角は立ちません。

 そしてその剣が素晴らしい業物だったら。
 綺羅綺羅しいさやつかの剣を清寧王様は自慢されます。普通の方は、その装飾の見事さを褒めるでしょう。実際、あの装飾は名工の手によるものとお聞きしました。

 ですが、見る人が見れば刀身がいかに優れた品であるか気づくでしょう。
 例えば官給品工房の職工の方……とか。

 人はいくら口で言っても、なかなか発奮しないものです。
 しかし目の前に実物があれば、その者の職人としての魂が枯れていないならばこう思うでしょう。

 あれを作ったのは誰だ。
 あれはどうやって作るのだ。
 あれは自分にも作れるのか。

 言わば、職人としての誇りに賭けた形の作戦です。ある意味で大博打でしたが、これで駄目なら荒療治も辞さない、と清寧王様は珍しく真面目なお顔で仰っていました。

 結果は上々で、早々に明徳氏のお店には偵察らしき方がお見えになったとか。
 とは言っても官給品工房は何しろ大量生産ですから、実際の品物に結果が現れてくるのはもう少し先にはなりそうですが。



「……で、英凛の方の首尾は?」
「こちらも上々です」

 旦那様を慣らして焦らして揺さぶって。
 頑固で真面目な旦那様の身も心も陥落させるためには、短期決戦ではなくて長期戦が望ましいので焦ったりはしません。

「自信満々だねぇ」

「だって私、范奉直はんほうちょくの娘ですよ?」

「違いない!」

 傲岸不遜で破天荒、自信家で、一度自分の盤上に乗った獲物は逃がさない、天才軍師・范奉直の娘なのですから。

「それで私は、は誰を紹介すればいいのかな?」
「もう調べてありますので、こちらに」

 私は一巻きの竹簡を清寧王様に手渡します。

「……ふんふん、君も相変わらずエグいところ突くねぇ……」
「あら、皆さんが幸せになれる素敵な方法ですよ。今回そうでしたでしょう?」
「結果的にはね。それにしても牙燎がりょうのどこがそんなにいいんだか……おっさんだよ? 筋肉だよ? 真面目な顔しているけど意外と何にも考えてないよ?」

「旦那様のいいところでしたら三日に分けて講義いたしますけど」
「……絶対に遠慮しておく」

 清寧王様がすごーく嫌そうな顔でそっぽを向きます。私の講義を聞いたら旦那様の良さが分かりますのに。
 もっとも、旦那様の良さが分かっているのは私だけで十分ですが。

「ま、僕としては今回のは助かったからいいけどね。それでさ、英凛……」
「高いですよ?」
「辺境にいた時の牙燎の直筆報告書と、私塾時代のヘッタクソな詩文集」
「ご用件をお伺いします」
「いいんだ、それで……」

 旦那様は筆不精ですから、直筆のものは貴重なのです。きっと報告書もものすごーく言葉足らずなんでしょうね。と言うか、報告書自体がかなり短い可能性があります。毎年の書簡もそうでした。

 それに私塾時代の詩文集なんて、どれだけ価値があるか清寧王様は分かっていません。下手くそというのも重要な点です。これをネタにして虐めたりからかったり愛を囁いたり出来るんですから。

 こうして私の旦那様関連収集品コレクションは日々増えていくのです。
 多分、旦那様が完全に忘れているものや、気づいていないようなものまで。

 やはり年頃の女としては、好きな殿方に関するものは見逃したくないものです。

 さて、そろそろ清寧王様のところをお暇しないといけません。
 そうでないと旦那様が先に帰宅してしまいますからね。

 旦那様ったら、お一人だと面倒くさがってお湯も沸かさずに水を飲もうとするんですから。
 私がいないと家のことは旦那様は何もできないんです。

 だから早く諦めて下さいね、旦那様。



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