天地壊拓

熱き冒険者

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第4章 約束

Ⅷ 葛藤

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 地恵期20年 6月25日 
 クライスターレ ブイルド区南部 午後9時頃



 真っ暗な階段を上り、光差す扉を開ける。その瞬間、視界に広がる青い光の海。酔いそうになる金属音と鉄の音が脳内を襲い、僕は軽く頭を抑えた。 
 ライデン隊長に連れられてきたこの場所は、クライスターレのとあるビルの屋上。時計は既に21時を回っているが、街は依然として起きる事を強いられていた。 

「どうしてこんな場所に・・・?」 

 僕はライデン隊長にそう質問した。 
 トレイルブレイザーを辞める。そう告げた直後、ライデン隊長は何も言わずに僕を連れてここまで来た。何の為にこんな所まで来たのか。僕には彼の言わんとしている事が全く想像できなかった。 

「ほら、あれ見てみろよ」 

 ライデン隊長が顎で指した方角を眺める。工事現場だったであろうそこには、建造中のビル群が無残に崩壊しており、中心部には巨人が暴れたような巨大な足跡がいくつも見えた。 

「あれがどうかしたんですか?」 

「昨日、クライスターレに上級の{アーモラームズ}が出現したんだ。あそこはその時の出現場所だ」 

 そう言われて初めて、僕は今朝のニュースを思い出す。 

「トレイルブレイザーの活躍で、怪我人をほぼゼロに抑えたんでしたっけ?インタビューでもいろんな人達が感謝してましたね」 

「そうだ。俺達トレイルブレイザーは、昨日もまたクリーチャーから人々を守る事に成功した。しかも相手は上級だ。賢いお前なら、その偉大さも十分理解できるだろ?」 

 ライデン隊長は懐から煙草を取り出し、火を点けながらそう語った。僕はその様子を横目に見つつ、ライデン隊長の言葉に同感して頷いた。 

「もちろんです。上級が街中に出現する━━━━━それはすなわち、数多くの犠牲者が出るという事を意味します。良くて十人。悪ければ三桁。過去に起きた最大のクリーチャー被害に至っては、死者約三千人、重傷者約一万人程だったと記憶しています。上級レベルが街に出現する事は滅多に無いとはいえ、それ程までにクリーチャーによる被害は大きくなるものです。 
 上級が出現した事件で死者数がゼロだったのは僅か数件。ライデン隊長、或いはヒティア副隊長が携わった事件のみです。正に偉業と言えるでしょう。 
 ・・・とすると、今回の事件にもお二方のどちらかが携わったんですか?」 

 言うまでもなく、僕は先日、上級レベルのクリーチャーとの二連戦に立ち会った。あれほどの強さのクリーチャーと街中で、しかも民間人を守りながら戦うと言うのは不可能に近い。だからこそ、僕は隊長格の2人が如何に凄いのかという事を実感する。 

「すげぇって思うだろ?でも、今回の事件には俺もヒティアも関わってねぇ。今回の事件でも何人かの隊員が戦闘に加わったが、その中でも特に活躍したのが、ネリアとイーロンだ」 

「・・・・・っ!」 

 頭をぶたれたような衝撃だった。突然出てきた2人の名前に、僕は驚きを隠しきれなかった。僕と同時期に入隊したはずの2人が、既にそこまでの活躍をしているとは想像もしなかったからだ。 

「ネリアは持ち前のずば抜けた機動力でクリーチャーの討伐に大きく貢献した。イーロンに至っては、他の隊員達すらクリーチャーに恐怖していた中で、唯一民間人を救出する為に命を賭してクリーチャーに挑んだ。特に、誰もが恐怖して動けない中で、1人で立ち向かったイーロンの勇気は称賛に値するものだと俺は評価してる」 

 そうやって昨日の事件を評価するライデン隊長の顔は、とても晴れやかなものだった。未来あるトレイルブレイザーの新人たちが活躍している事を、隊長自身も喜んでいるのだと僕は感じた。 

「それと、これは今回とはまた別の話なんだが・・・今年の戦闘試験の会場の一つで、突然中級が上級に進化して、1人を除くすべての受験者が死亡した事件、覚えてるか?」 

 急に全く別の話題が上がり、僕は少し困惑した。何の脈絡があってこの話題になったのかは分からない。━━━━━が、確かにその事件は覚えている。受験者のほとんどが亡くなったのだから、痛ましすぎて忘れられるはずもないが。 

「覚えていますよ。でも、それがどうかしたんですか?」 

「その『1人を除く』ってとこだよ。唯一上級の襲撃から逃げきった隊員ってのが、実はネリアなんだ」 

「・・・本当、ですか?」 

 またしても突然の情報に、僕は先程よりも更に強い衝撃を覚えた。 
 そもそも、上級を前にして何十分も逃げ回ること自体、普通の人間には不可能だ。その上、自分以外の人間すべてが惨殺されていく光景を目の当たりにしながらも、正気を保って逃げ続けなければいけないのだから、ネリアがやった行為は最早異常ともいえる。一体どれだけのメンタルと技術があれば成し遂げられるのか、僕には想像も出来なかった。 

「お前さぁ」 

 ライデン隊長は煙草の煙を吐き、一拍置いてから話し始めた。 

「自分のせいで沢山の人が死んで、ペネトラ班長がクビになって、友達が危険に晒された。この先自分みたいな人間がトレイルブレイザーに残っていたら、もっと多くの人を不幸にしてしまうかもしれない。だから辞めたい。そう思ってんだろ?」 

 とても優しい口ぶりだった。晴れやかで優しそうな表情を崩さぬまま、ライデン隊長は丁寧に僕の想いを言い当ててみせた。 

「お前の気持ちは痛ぇぐらい分かる。俺も自分のせいで大切な人達を失ってきた。だから分かるよ。でも、そうやって自責の念に囚われてばっかじゃ何も始まらない。何も変えられねぇんだよ」 

 噛み締めるようにして。自分に言い聞かせるようにして。その言葉はそうして、力強く発せられた。 

「ネリアとイーロンが共通して持っているもの。それは信念の強さだ。自分の身を投げうってでも誰かを守ろうとする強さ。或いは、恐怖に臆さず生き延びようとする強さ。あいつらにはそれを貫ける強い信念がある。それは、自分の原点を決して忘れていないからだ。命を賭けてでも叶えたい何かがあって、それを心に強く刻んでいるからなんだ」 

 一転して、ライデン隊長は真剣な眼差しになった。ネリア達の強さを説き、優しくも真剣な態度で訴えるその姿は、まるで我が子を説教する親の様にも見えた。 

「逃げたいなら逃げてもいい。俺はそれを咎めたりしない。命を賭けてまで自分の信念を貫く事なんて、出来ない方が普通だ。でも、お前にも何か強い理由があったから、トレイルブレイザーになったんだろ?それは、本当に諦めていい夢なのか?」 

 優しく放たれたその言葉が、僕の心にのしかかった。 
 いいわけない。諦めていい夢であるはずが無いと、僕が一番理解していたはずだった。そう信じて、僕は頭の中で何度も何度も自分の原点を繰り返した。 
 謎の音の正体を突き止める。そして僕が憧れた星空を見つける。━━━━━でも改めて考えなおしたその時、「それは本当に自分と仲間の命を賭けてまで成し遂げる事なのか」と、疑問を抱いてしまった。自分の夢を諦める事より、自分のせいで人が不幸になる方がもっと嫌なんじゃないかと思ってしまった。謎の音の正体が分かったとして、星空が見つかったとして、それが一体何になると言うんだ?そんな不確実な夢と仲間の命を天秤にかけて、それでも尚夢を取れと言うのか? 

 そうして自問自答を何度も何度も繰り返していく内に、僕は自分がどうしたいのか、何をしたいのかさえ、分からなくなっていた。 

「・・・好きなだけ悩め。一度しかないお前の人生なんだ。選択肢そのものに善悪なんてものは最初から存在しない。あったとしても、それはあくまで結果論に過ぎない」 

 沈黙を続ける僕を見て、それまで街の景色を眺めていたライデン隊長は僕の方に振り返る。背に青光を浴び、逆光で顔を陰らすライデン隊長の姿が僕の前に立ち塞がる。影の中に隠れるライデン隊長の顔には、憐れむ様な、或いは懐かしむ様な、そんな慈愛に満ちた表情が浮かんでいた。 

「だが、一つだけ覚えとけ」 

 僕の方へ歩みだしすれ違うその瞬間、彼はただ一言囁いた。 

「後悔する方は選ぶなよ」 

 一言。その一言。ただそれだけの瞬間、一条の雷が走ったような気がした。固い意志の籠った揺るぎない言葉。過去の自分を導き諭すような言葉。そこには、ライデン隊長自身の心からの発言だと瞬時に理解できるほどに、凄まじい力が籠っていた。 
 その言葉で全身が固まった僕は、去っていくライデン隊長の背中をただ無言で眺める事しかできなかった。 

「じゃあな。俺はまだまだ仕事がたんまり残ってんだ。これからも精々頑張って生きろ」 

 振り向くことなく、彼は手を振りながら屋上を後にした。 
 そうして残された僕は、しばらくの間無心でそこに立ち止まっていた。自分の信念に深い葛藤を抱きながら。ライデン隊長の言葉に動揺しながら。眩いばかりの青光に、目眩さえ感じて。 

  

  

「先程の連絡は本当か?」 

 トレイルブレイザーベース地下4階に存在するオペレータールーム。その一室に、逞しい体つきの女性が、覇気のある声と共に入室した。 

「夜分遅くに申し訳ありません、へアトス副隊長。お伝えした通り、フロンティア10km地点に、未確認のクリーチャー反応を検知。クライスターレに繋がるフロンティアゲートに向かって飛翔しています」 

 冷静な態度で、オペレーターの1人が状況の説明をする。ヒティアは眉をしかめると、神妙な面持ちでオペレーターに指示をした。 

「・・・そうか。まずは監視カメラに写ったクリーチャーの姿を映してくれ」 

「了解しました。こちらになります」 

 大モニターに映されたフロンティア10km地点での画像。そこには、残像を残しながら洞窟内を飛翔する、黒い怪物が写っていた。 

「思っていたよりかは大型だな・・・。解析は済んでいるのか?」 

「はい。体の形状から推測するに、おそらく蝙蝠型のクリーチャーです。また、等級は不明ですが、このクリーチャーから発生している電波を解析した結果、先日の蜘蛛型クリーチャーと同質のものである可能性が高いという結果が出ました」 

 その情報を聞き、ヒティアはため息を吐きながら頭を抱えた。 

「つまり、上級の中でもかなりの強さという事か。通りで私が呼び出されたわけだ。・・・ところで、ライデンは来ていないのか?」 

 ヒティアは、いつも自分の傍でやかましくお喋りする男の姿が見えないと、辺りをキョロキョロ見回した。しかしながら、オペレータールームのどこにも彼の姿は見えなかった。 

「はい。ボルティア隊長はマインドル団長に召集され、現在はブルシネッサに向かっているようです」 

「団長は何と?」 

「『隊長と副隊長を両方出動させる必要はない』との事です」 

 ゾネ=マインドル。彼は開拓部隊、治癒部隊、研究部隊の3つで構成されるトレイルブレイザーの総団長であり、事実上トレイルブレイザーで最も権力の強い人物である。トレイルブレイザーにおいて、彼の一声はすなわち絶対命令を意味する。 
 故に、そのオペレーターの発言を聞き、ヒティアは憂鬱そうに再びため息をついた。 

「人遣いの荒い団長だな・・・。とにかく、我々で対処するしかなさそうだ」 

「しかし、この蝙蝠型クリーチャーは未確認です。対策をしようにも・・・」 

 そんなオペレーターの心配をよそに、ヒティアはニヤリと口角を上げ、自慢げに呟いた。 

「蝙蝠と来たら、能力はアレだろ」 

  

「作戦は以上だ。ここまでで質問がある者はいるか?」 

 洞窟内に、ヒティアのはきはきとした声が響き渡る。急遽集められた開拓部隊の隊員達は、これから始まる激闘に頭を痛めながら彼女の話を聞いていた。

「いないなら次に移ろう。知っての通り、ここフロンティアゲートは、クライスターレの最南端に設置された5層に渡る巨大な鉄の扉とそれに付随するクリーチャー迎撃用施設。民衆が住む街とクリーチャーが潜むフロンティアを隔てる境界であり、街に侵入しようとするクリーチャーを迎撃する為の設備が整っている。無論、中級程度までのクリーチャーであれば迎撃施設のみで対処が可能だが、今回はそうはいかない。先日の蜘蛛型クリーチャーと同レベルの強さであるとも推測されているが故に、かなりの激闘になるだろう。 
 そこで、少しでも被害を抑えるための簡単な対策として、こんなものを用意しておいた」 

 そう言ってヒティアがポケットから取り出したのは、ごくごく小さな筒形の物体。よく見てみるとオブジェクトらしいが、一見何の変哲もないただの耳栓だ。 

「情報によれば、今回の敵は蝙蝠型だそうだ。さあ、そこのだらしなく突っ立っているお前!私が何故こんなちんけな物を用意したのか答えてみろ!」 

 後ろの方で我関せずといった態度で立っていたネリアに対して、ヒティアは厳しい態度で彼女を指した。急に指されたネリアは肩をびくっと振るわせて、声を震わせながら小さく「わかりません」と答える。そんな態度を見兼ねたヒティアは、更に大きな声でネリアに怒鳴った。 

「分からんとはなんだ!私はそんな回答を求めてはいない。やる気が無い奴は帰れ!」 

 しんと静まり返っている空間に、彼女の峻厳とした怒声だけが響き渡る。 

「戦場において、唯一絶対的に必要なものは、戦う闘志ただ一つ。それすらも持たぬ人間は、この空間に1人たりともいてはならない。それは何故か。そこのお前!答えろ!」 

 次にヒティアは、背筋を伸ばして立っていたスマルに答えを求めた。 

「はい!我々トレイルブレイザーは、互いに命を預け合っている同志ですわ。故に、締まりのない隊員が1人でもいた時点で、そうではない多くの隊員達の命まで危険に晒される可能性がありますわ。ですので、そうして1人の誤った態度や判断が部隊の統率を乱し、壊滅してしまう事を防ぐ為に、命を賭けてクリーチャーと闘おうとする闘志だけは失くしてはならないのですわ!」 

 指されたスマルは瞬時に適当な返答を返すと、ヒティアは当然のように頷き、話を続けた。 

「その通り。我々の仕事には命がかかっている。それは我々の命だけではなく、戦う力を持たない民衆の命さえもかかっている事を意味するのだ。無責任に仕事を果たそうとする人間は一人たりとも必要ない。分かったか!?」 

「「「「「Yes Ma'am!!!!!」」」」」 

 有無を言わさぬ圧倒的な威圧に隊員達は気圧され、咄嗟に返事をする。ヒティアはその様子を見ると、厳しい顔を崩さぬまま説明を始めた。 

「先程伝えた通り、相手は蝙蝠型クリーチャーとの報告がある。同じく蝙蝠型の中級クリーチャーである{ナスティーバット}の例からも分かる通り、今回のクリーチャーも超音波攻撃を使う可能性が高い。よって、そのダメージを少しでも軽減する為に、〈防〉のジェクトを使った耳栓を用意した。これである程度強力な超音波でも防げるはずだ。尚、正常な周波数は防音しない設定になっている為、通常通り声での意思疎通は可能となっており・・・」 

 言いかけたその刹那、その場にいた全員が洞窟に充満する圧倒的な寒気と嫌悪感を感知した。あまりに不快で、あまりに異質なその雰囲気。隊員達がそれに気づいたのとほぼ同じタイミングで、ソレは響いた。 

「ヒャッハアアアァァァァァ――――!!!!!ようやく人間どもの街に着いたぜぇぇぇ!!!!!」 

 彼らの前に広がるフロンティアの深淵の底から、耳をつんざくようなハイテンションな声が隊員達の脳に響き渡った。 

「おいおいどうしたってんだ!?こいつら固まっちまってやがるぜぇぇぇーーー!?」 

 洞窟の闇に覆い隠されていた声の主が、ゲートを照らすライトに照らされてその姿を見せる。 
 それは何もかもが異質だった。声と共に現れたのは、全長10mはありそうな巨大な翼を広げた怪物。不気味な紅の模様が描かれた漆黒の被膜を広げ、丸鋸のような狂気的な形をした耳と、どこまでも深い深淵を宿したぎょろりとした目でこちらに飛翔してくる異形の生命体。そして何より異質なのは、喋るということ。正確には声による音ではなく、脳内に直接響くテレパシーとして。それも、本当に生物としての意思を感じさせる、不自然なほどにやかましい声の調子。想定外すぎる事態に見舞われ、ほぼ全ての隊員の思考が止まった。 

「喋るクリーチャー・・・!?」 

「噂には聞いていたが、本当に喋っている・・・!」 

 突然現れた人語を使うクリーチャーに驚きの色を隠せない隊員達。そしてその様子をあざ笑うかのように観察する蝙蝠型のクリーチャー。総勢100人以上はいるであろう隊員の集まりの中で、ネリアやスマル、そしてキュアレでさえも、この状況に戸惑っていた。 
 ただ一人、集団の中で唯一桁違いなオーラを放つ彼女を除いて━━━━━ 

「・・・待っていたぞ。蝙蝠クソ野郎」 

 彼女は、未知なる存在との邂逅に心を躍らせ、悪魔のような笑みを見せた。 
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