天地壊拓

熱き冒険者

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第3章 悲劇の成れの果て

Ⅺ 再挑戦

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地恵期20年 8月11日
ポーレル 北部 午後3時30分



「シニング警視。先程の光と衝撃は、もしやあの少年が?」 

「そうだろうね。まさか上級クリーチャーがたった一人の少年に倒されるとは・・・。恐れ入るよ。」 

 戦闘の一部始終を目撃していたのは、ぺスタパンデムの出現による通報を受けた、警察とトレイルブレイザーの合同部隊。 
 ユーサリアの警視であるリト=シニングは、その部隊の臨時的リーダーとしてポーレルに訪れていた。出張でブルシネッサにいた彼は、ブルシネッサ市警の警視が現在入院中だったために、急遽この臨時部隊に編成されたのだった。 

「それにしてもあの少年、どこかで見たことがあるような・・・?」 

 目を凝らしてぺスタパンデムを倒した少年を見てみるが、ここからでは遠くて顔が分からない。 

「取り敢えずさっさと現場に行って早く帰ろう。こんな汚らしい場所、一秒でも早くおさらばしたい。」 

  

「レハト!」 

「おう・・・チフルか?はぁ・・・なん、とか・・・倒せたぜ・・・?」 

 バタンッ 

 同じ頃、レハトの元にチフルが駆け付けようとしたところ、急にチフルの目の前でレハトが倒れた。 

「大丈夫!?」 

 急いでレハトの元に行き体を起こしてみるが、さっきまでボロボロだったはずの体は完全に治癒されており、熱も無かった。 

(そういえば、あの光が見えた時から、私のペストも治ってるような・・・。) 

「そこのお嬢さん、少しいいかな?」 

 チフルが顔を上げると、そこには白いスーツを身に纏った青年が立っていた。ほのかに香水の香りまで漂ってくる。彼の存在はここにはとても不釣り合いで、ポーレルの人間でない事は誰にでも分かった。 

「僕はリト=シニング。ユーサリア市警の警視で、今は通報を受けてポーレルに捜査に来ている。彼は君の知り合いかい?」 

 ここの人間は警戒心が非常に強い。特にここが他の街から隔離されている事情を知っている彼は、警戒心を持たせぬように親しみやすい笑顔でチフルに話しかけた。 

 急に外の世界の人間から話しかけられたチフルは少し驚いて、無言で頷いた。 

「分かった。彼の体調も心配だし、色々と事情聴取もしたい。もしよければ一緒に来てもらいたいのだけど、構わないかい?」 

「は、はい・・・。それは大丈夫なんですけど・・・おじいちゃんが危ないんです!」 

 状況を理解したチフルは焦ったようにそう話を切り出し、簡単にこれまでの事情を説明した。 

「なるほど。君の祖父が銃弾で撃たれたと・・・。なら彼の所に案内してくれ。」 

 部隊の何人かをレハトの搬送のために残し、チフルの跡をついていく。
 
 連れて来られた場所は、小屋から少し離れた人もゴミもない静かな広場だった。
 その真ん中に、横たわる男が一人。腹には包帯が巻かれ、銃弾を受けたような傷跡が見て取れる。彼の体からは既に血色が抜け、血の温もりも感じられなかった。 

「脈が無い・・・。やはり彼は」 

「分かっています。」 

 言葉を遮って、その少女は答えた。
 彼女の口ぶりからは不思議と凛とした態度が感じられ、年齢にそぐわず強い意志を持った彼女に、リトは少し驚いた。 

「ですから、どうかブルシネッサにある私の家族の墓に、おじいちゃんも入れてもらえないでしょうか?おじいちゃんは、オブジェクトを発明していろんな人を幸せにして、最期は孫である私の命すらも救ってくれた、とても凄くて誇れる人でした。最期くらい、せめて家族と一緒に安らかに眠ってほしいんです。」 

 リトは警視という立場上、人の死体は何百何千と見てきた。苦悩にまみれながら殺された人間も数多く見て来た。だからこそ、彼にはその男が特別に思えた。 
 何故なら、リトの傍で眠るその男の死に顔が、とても銃殺された人間のものには見えなかったからだ。それほどまでに安らかで、幸せそうな顔をして彼は天へと旅立ったのだ。 

「・・・分かった。本当はこういう事は禁じられているんだけど、特別に君の意見は汲み取ろう。必ず彼を君の家族と同じ墓で眠らせよう。」 

 そう約束し、リトと救急隊は彼の死体を丁重に運び、北部の配給用エレベーターへと戻った。 

  

 リトがエレベーターに着いてレハトの顔をはっきりと確認したのは、それから数十分後の事だった。 

「この顔、どこかで見覚えがあると思えば・・・もしや半年前の宝石強盗事件の・・・?」 

 2月13日、ユーサリアのアコモ区で発生した宝石強盗事件。そこで人間離れした身体能力を見せ、事情聴取を行った少年の顔と重なった。 

「ユーサリアにいた彼がここにいるという事は・・・もしや彼も何かの事件に巻き込まれて、ポーレルに連れて来られた口か?」 

 リトの呟きを聞き、チフルはレハトがここに来た経緯を伝える。 

「なるほど。やはり事件に巻き込まれたんだな。それに彼なら上級クリーチャーを単騎で倒しても納得がいく。救急隊、彼の状態はどうなんだい?あれだけの戦いがあった後ならかなりの傷も負っていそうだが?」 

「それが、彼の体には一切の異常が無くてですね・・・。どうやら今は、ただ単に寝ているだけな様です・・・。」 

「・・・寝ているだけ?」 

 それを聞いて、思わずリトは吹き出してしまった。 

「ぷっはっはっはっ!あれだけの戦いを繰り広げて寝ているだけ!?本当に彼は化け物のようだ。・・・よし、気に入った!彼を故郷に帰してあげよう!」 

 その提案に、救急隊員は冷や汗をかきながら反論する。 

「だ、駄目ですよ!ポーレルの人間は、例え誘拐された人間であっても元の街には帰していけないと、固く言われているじゃないですか!?」 

「何を言っている。彼は元々この街の人間ではないのだから、元の街に帰してあげるのが道理だろう。そもそも、その事に関しての明確な回答が出された事は一度もない。そこが既におかしいと思わないかい?」 

「それはそうですが・・・!」 

「心配するな。僕にもそれなりの権力がある。3人の人間を街に送るぐらい、いくらでも隠蔽できる。もちろん彼らにも拒否権はあるが、こんな街で彼らのような善良な人間が殺されてしまうのはもったいない。彼らには十分元の街に帰る資格があると思うけど?」 

 自信を持った表情でそう答えるリトとは対照的に、救急隊の人間は胃が痛そうに頭を抱えている。そしてそれを聞いていたチフルは、不思議そうに尋ねた。 

「あの・・・さっき3人って・・・?レハトとおじいちゃんと・・・あと一人は?」 

「もちろん君だよ、チフル=ベアーウ。君は彼らと深い仲にあるし、事件の重要参考人として色々今回の捜査に協力してくれたお礼も兼ねてね。しばらくは我々が保護する事になるけど、なるべく早く解放してあげるさ。」 

 リトはなんてことない明るい表情で彼女の肩をポンと叩いたその瞬間、チフルの目から涙が零れだした。 

「よかった・・・!やっと・・・やっと私、帰れるんですね・・・っ?」 

「ああ。これからは君の生きたい場所で、好きなように自分の人生を生きればいい。」 

「本当に、本当に嬉しいです・・・!ありがとうございます・・・っ!!」 

 喜びのあまり、膝から崩れ落ちて嬉し泣きをするチフルを横目に、リトは捜査の続行の為に再び現場へと向かう。 

 そんなリトに、1人の捜査員が話しかけた。 

「シニング警視。実はあのクリーチャーによって、周囲に住む数百人の人間にペストが感染していたそうなのですが、聞いた限り全ての人間がそれを完治させているらしく・・・。」 

「何?そんなに治りやすい病だったのか?」 

「まさか。クリーチャーの死体から検出されたペスト菌は非常に強力な物で、人間が自然治癒できるような代物ではありませんでした。それにこんな衛生環境ですから、感染スピードも尋常ではなかったはずです。」 

「それにもかかわらず、現在のペスト感染者はゼロと?全く、今回の捜査はかなり骨が折れそうだな・・・。」 

 リトはため息混じりにネクタイを締め直し、真剣な眼差しで捜査に臨む。 

(ワールドレイジという悲劇の負の側面を一点に受けた街か・・・。まさしく、『悲劇の成れの果て』だな。) 

  

  

  

「んっ・・・。ここは・・・?」 

「起きたのかい、レハト!?あんたって奴は、本当に心配ばかりかけて・・・!」 

 目を開けた先に広がっていたのは見知らぬ天井。それと同時に、母親の心配する声が聞こえて来た。 

「あれ、母ちゃん・・・?待って、俺ポーレルにいたはずじゃ・・・。」 

 俺が目を覚ましたのは、ポーレルの一件から数日経った、ブルシネッサの病室だった。 

「話は全部聞いたわ。また変な事件に巻き込まれて、半年もポーレルに監禁されてたんだって!?無事に帰ってきて、本当に良かった・・・っ!」 

 母ちゃんは泣きそうな声で俺にそう説明してくれた。 

「まあレハト兄の事だから私は心配してなかったけどね。流石に捜索依頼は出されたけど。」 

 そう言うのは、俺の妹のアリス。母ちゃんの隣で無関心そうに俺を見ている。 

「まあ泣くなって、母ちゃん。そしてアリスはもっと俺を心配しろ!」 

 どうやら、俺は無事にポーレルから帰る事が出来たらしい。もうあんなに殺伐とした街にいなくてもいいんだと思うと嬉しい反面、あの街に住み続けている人達の事が心配になった。 

「あんた、上級クリーチャーを倒した疲労で何日も寝てたのよ?体に異常は無いって言われたって、そんなに寝続けていたら流石に心配になるわよ!」 

「・・・心配かけてごめん。」 

 なんだかんだ言っても、俺の家族はみな温かい。その事を、今の母ちゃんの涙を見て再確認した。 

「あんたも私の大切な子供なの。無茶は良いけど、あんたの事を心配している人間がいる事も忘れないでね。」 

「・・・うん。」 

 そう返事をすると、母ちゃんは俺の事を抱きしめて来た。母親に抱かれるのなんていつぶりだろうか。照れ臭くはあったけど、俺は少しの間だけ、その温かさに身を委ねることにした。 

 ガラララッダンッ! 

 大きな音をたてながら、急に病室のドアが開けられた。
 驚いてドアの方を見ると、そこには赤い長髪の勇ましい女性が立っていた。
 俺の姉、キリカ=ダイアだ。 

「聞いたぞレハト。トレイルブレイザーに落ちたショックでポーレルに家出して、憂さ晴らしに数百体の上級クリーチャーをぼこぼこにしたそうじゃないか?」 

 ・・・なんか色々と間違っている気がする。 

「何やってるのキリカ!ここ病院よ!もっと静かにドアを開けなさい!」 

「あ、ごめんお母さん。」 

 母さんに注意されるキリカ姉の姿は、まるで子供のようだ。 

「それはそうと、レハトはもちろん来年の試験も受けるんだろう?大丈夫なのか?」 

「まあ、ポーレルではクリーチャーと何回も戦ってきたわけだから、実戦経験は十分積めたと思うよ?」 

「私が心配しているのはそっちだけじゃない。筆記の勉強なんて全くしてないだろう?」 

 そんな事を言われると胃が痛くなってくる。
 実際、今年の試験に落ちた理由は二次試験での妨害のせいもあるが、筆記の出来の悪さも少なからず影響しているはずだ。言うまでもなく、俺は勉強が大の苦手だ。
 だけど━━━━━ 

「分かってるよ。・・・でもロビンと約束したんだ。次会う時は、2人ともトレイルブレイザーになってからだって。トレイルブレイザーは、俺の夢であって、希望であって、親友との約束でもあるんだ。だから今度こそ逃げないし、失敗もさせない。」 

 試験本番まであと半年。遅れた分を取り返す為にも、この半年できっちり仕上げなければいけない。でも、不思議と不安は感じない。 

「だったら休んでる暇はないな。お前の退院の手続きは私が片付けておいた。まずはダッシュで家に帰り、参考書を一周だな。」 

 勝手に手続きすんな、と言いそうになるのを我慢し、代わりににやっと笑って呟いた。 

「負ける気がしねぇ!」 
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