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第2章 たった一日だけの恋
Ⅰ 出会いと別れ
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地恵期20年 4月1日
ユーサリア トレイルブレイザーベース5階 大講堂
「・・・・・ビン・・・ロビン・・・・・おいロビン!!」
「んっ!?・・・何?」
「何?じゃねぇよ。あの人が言ってた話聞いてたか?・・・まぁ、その様子じゃ聞いてるわけないか。」
僕達は今、トレイルブレイザー入隊式の真っただ中だ。
さっきまで眼鏡をかけた真面目そうな女性がステージの上で何か言ってたみたいだけど、あまりに話が長すぎて誰も聞いていない。
その証拠に、周りを見渡してもみんなうとうとしている。 もちろんイーロンが聞いてたはずもない。
ブツブツブツブツ
小声だからよく聞こえないけど、イーロンも含めた一部の隊員がネチネチと文句を言っているみたいだ。
どうせ大切な事はこの後配られる資料に書いてあるから、正直2時間半もこの式に集中する必要は無いのだけど、文句を言ってもしょうがない。
僕は話を聞いている素振りをしながらボーッと黄昏れていた。
「では最後に、ライデン=ボルティア隊長とヒティア=へアトス副隊長からのお話です。ライデン隊長、ヒティア副隊長、前へお願いします。」
司会がそう言うと、筋骨隆々で少しやんちゃそうな30代の男性と、男勝りな30代手前くらいの女性が、まばらな拍手と共にステージに上がってきた。
もう2時間半は立ちっぱなしで話を聞いているせいか、そろそろ足も悲鳴を上げ始めている。
早めに話が終わってくれることを願うけど・・・。
「あー、あー。はい、隊長のライデンです。みなさん頑張りましょう。以上でーす。」
・・・・・
隊長からの話はたったそれだけで終了した。
この間、約5秒。
余りに早すぎる挨拶に全員困惑して、拍手すら起こらない。
続いて副隊長が口を開いたかと思うと・・・。
「私は副隊長のヒティア。以上。」
・・・・・副隊長に至ってはただ自分の名前を言っただけで終わってしまった。
来賓の上層部と思しき人達の一部は、あまりに短くてやる気のないその言葉にため息を漏らしている。
その場にいた新入隊員全員も、余りの速さに呆気に取られている中で、この入隊式は幕を閉じたのだった。
入隊式が終わり、時計塔の両針が"12"を指し示す頃。
僕とイーロンは、セントリアス区を歩きながらお互いの出身地について話していた。
第7洞窟には計5つの街がある。
地表に近い順で言うと、
『ポーレル』・・・洞窟の入り口付近に位置する、暴力・窃盗が当たり前のスラム街。
『ブルシネッサ』・・・全オブジェクトの6割を開発している大企業「オメガツール」がある商業都市。
『マインズ』・・・ジェクトが豊富に埋蔵されている僕達の故郷 。
『ユーサリア』・・・巨大な地底湖が存在する現首都。
『クライスターレ』・・・2年前に建設され始めた、鉄などが盛んに採れる発展途上都市。
そして、トレイルブレイザーが開拓する前人未到の地を『フロンティア』と呼ぶ。
それぞれの街は徒歩でも行き来できるけど、流石に距離がありすぎる。
距離は数百kmもあるし、クリーチャーが出る可能性も十分ある。
だから、徒歩で移動できるルートは立ち入り禁止エリアに指定されていて、エレベーターみたいに移動できるモノレールが一般的な手段だ。
因みにイーロンはブルシネッサ生まれだけど、母親を病気で亡くしてからはクライスターレで働きながら暮らしていたらしい。
「そんなことより腹減ったな。そろそろ昼飯にしようぜ。」
「そうだね。この辺で最近おいしいハンバーガーショップが出来たらしいから、そこに行ってみようか。」
事件が起きたのは、数十分して会計を済ませようとしたその時だった。
「・・・・・あれ? 」
「どうしたロビン?そんな真っ青な顔して。」
顔面から血の気がスーッと引いていくのが分かる。
「━━━━━━━━━━━━」
無い。
財布が、無い。
「ロビン、お前まさか・・・。」
「・・・ごめんイーロン!後で必ず返すから!」
「おい!どこ行くんだロビン!?ちょ、おい!ロビン!ロビーーーン!!!」
イーロンには申し訳ないけど、僕は無くした財布を探すためにダッシュで店を出た。
それにしてもどこで落としたんだろう。
昨日の夜はあったから、今日行ったどこかに落ちてるはずなのに、どこを探しても無い。
お昼時を歩く人の波をかき分けながら、湖沿いの美しい公園を駆け抜け、ビル街を横断し、トレイルブレイザーベース備え付けの博物館を横目に、ひたすら今日通った場所を遡っていく。
諦めかけて足を止めたその時、道路の向こう側に交番を見つけた。
念の為、あそこにも聞いてみよう。
交番で話を聞いたお巡りさんが口を開く。
「あぁ、もしかしたらネリアの仕業かもね。」
「ネリア?」
まるでよくある事だと言わんばかりに、表情一つ変えることなくお巡りさんはコーヒーをすする。
「ユーサリアでは有名な窃盗魔だよ。赤い短髪でダガー型のオブジェクトを使っている女らしい。人混みに紛れて一般人の持ち物を奪っていくんだ。俺達警察も何年も追ってるんだけど、逃げ足が速すぎてとても捕まえられないんだと。」
実際の所、マインズにしろユーサリアにしろ、窃盗などどこの街でも頻繁に起こっている。
というのも、ワールドレイジの影響で身寄りのない人々が増え、彼らがホームレス化したことで治安が非常に悪くなっているからだ。
しかしながら、人生で一度もそういったことに遭遇したことも無いので、すっかり平和ボケしていたのだ。
「そんな・・・。お金はまだいいです!でも、財布は戻ってこないんですか!?」
「うーん。ネリアに奪われた物が返ってきたっていう話は、俺は聞いたことが無いな。残念だけど諦めた方が・・・。」
「なんか呼んだ?」
声のした方、すぐそこの建物の屋上を見上げてみると、赤い短髪で、ダガーを持ってて、薄手のぼろいマントで身を包んだ、20代前半くらいの女性が・・・座っていた。
「トレイルブレイザーになるくらいだからお金いっぱい入ってると思ったのに、期待外れだったわ。だから返してあげる。」
彼女は僕の元に財布を・・・投げようとしたんだろうけど、あまりに素っ頓狂なところに飛んで行った。
わざとなのか、本気で投げるのが下手すぎるのか。
幸い、金も含めて中身はすべて無事だ。
少なかったとはいえ、何故一銭も盗られてないのだろう?
「お、お前さてはネリアだな!?大人しくさっさと捕まれ!」
その様子を見ていたお巡りさんは、唐突な窃盗魔のご登場に動揺しながら叫んでいる。
「ふん!あんたらみたいなクソ雑魚警察ごときが私を捕まえられるわけないでしょ。べーっだ!」
お巡りさんは自分一人では到底ネリアを捕まえられないと悟り、急いで交番の中に入って助けを呼びに行った。
そんな彼の姿を横目にネリアを見ていると、彼女の胸元にきらきら光る物を見つけた。
まさかと思って聞いてみる。
「そのバッジってもしかして・・・。」
「あぁ、これ?そうよ。アタシもあなたと同じ、トレイルブレイザーの開拓部隊よん。しかも同期。こんなに可愛いアタシと同期だなんて、あなたも運がいいわね。」
あのバッジは、トレイルブレイザーである証『ブレイザーバッジ』だ。
五つ星が彫られていて、僕達新人ブレイザーのバッジは銅で作られている。
「ま、こんなところでずっとお話ししてる暇も無いんでね。アタシはここらで失礼するわ。」
ネリアは3本のダガーを取り出して慣れた手つきで何かをし始めた。
ダガーとダガーをひもで素早く結び付けてワイヤーのようにすると、片方のダガーを100mほど遠くにある建物の壁に投げ飛ばす。
今度は驚くほど正確にダガーが刺さった。
「また会えるといいわね、貧乏君。」
ネリアは僕にウインクをすると、すぐさまその建物に移動してしまった。
なるほど、ああしていつも警察から逃げているのか。
そう感心するのも束の間、先程のお巡りさんが中から出てきた。
「あ、あれ!?そこの君、ネリアはどこに!?」
「向こうの建物に逃げていきましたよ?」
「向こうの建物!?一瞬であんな距離移動したのか!?クソッ!急いで本部にも連絡しなきゃ!」
彼はそう言ってせわしなくまた中に入っていった。
なんだかこれ以上は邪魔になりそうだから、静かにこの場を去るとしよう・・・。
それから2週間後の真夜中、僕はトレイルブレイザーベース内の寮で目を覚ました。
ここの寮は隊員2人で1つの部屋を使うことになっていて、広さは6畳ほどの一般的な部屋だ。
僕の相部屋人はイーロンだけど、今は大きないびきを鳴らしながら幸せそうに眠っている。
カーテンを少し開けてみるも、外には赤光を放つクリーチャー感知センサーが建物の屋上に一定間隔で点いているのと、申し訳程度の街灯がちらほら点灯しているのみだった。
(今頃レハトはどうしてるかな・・・。)
窓から闇を覗いていると、不意にそんなことが頭に思い浮かんだ。
* * * * *
「レハト、これって・・・。」
「合格祝いの〈風〉のジェクトだ。綺麗な緑だろ?」
合否発表の数日後、一度マインズに戻った際に、レハトは掌から零れんばかりの煌々とした光を放つ翡翠色のジェクトを僕に手渡した。
「父さんの仕事場の鉱山で掘らせてもらってたんだよ。大変だったけど、意外と楽しかったぜ。」
レハトは照れ臭そうにその時の事を思い出す。
そのジェクトは、試験で使っていた風のジェクトより何倍も大きい。
「でもこんなに大きいの、商品として売れば結構な額なんじゃ・・・?」
「だーかーらー!そんなのお前が気にする事じゃねぇんだよ!研究部隊の力もあれば、今のアマテラスより何倍も強いオブジェクトが作れるだろ?」
「でも・・・」
遠慮しようとする僕の言葉に重なって、食い気味に喋り続ける。
「それに、どちらにせよあのオブジェクトで開拓に参加させるわけにはいかないだろ?お前が開拓中に死んじまったら笑い話にもなんねぇ。武器は強いに越したことはないんだから、大人しく受け取れよ!」
「それはそうだけど・・・。」
「おめでとう、ロビン。頑張れよ。」
そう言い捨てて、レハトはこちらを見向きもせずに右手を挙げる。
レハトは僕より何倍も努力して来たのだから、きっととても辛いはずなんだ。
でも彼は、そんなもの微塵も感じさせないように振る舞っている。
そんな姿を見て、僕は思いっきり声を張り、叫ぶ。
「また来年!次会う時は、2人ともトレイルブレイザーになってから!約束だからね!!」
* * * * *
別に僕だけがトレイルブレイザーになったところで、レハトと一生会えないわけじゃない。
たかが1年会って話せないだけで、電話や手紙でのやり取りくらいはいくらでも出来る。
でも、どこか喪失感というか虚無感というか、何となく心に穴が空いてしまったような、そんな感覚が残り続けているんだ。
なんにせよ、これから1年間、レハトがいない状態で僕は開拓に身を投じなければならない。
前線に立ってクリーチャーと戦うという事は、常に死と隣り合わせだという事。
でも正直なところ、これからそんな場所で生きていくという事に対して、あまり実感が湧かない。
死ぬのは怖いけど、自分でもびっくりするくらい緊張はしていない。
だからもう、後戻りする気は無い。
次会う時はトレイルブレイザーとして、生きて彼に逢うという約束を果たすために。
今でも時折聞こえる、あの音の正体を突き止めるために。
だから僕は、
「行こう、イーロン。」
その声と同時に、イーロンは目を覚ました
「ふあぁ。そうだな、待ちに待った初開拓だな。」
僕は、14年間憧れてきた世界に一歩踏み出した。
後方に広がる窓の向こうの世界では、一斉に朝の黄色い光が点き始め、僕達の門出を祝っていた━━━━━━。
ユーサリア トレイルブレイザーベース5階 大講堂
「・・・・・ビン・・・ロビン・・・・・おいロビン!!」
「んっ!?・・・何?」
「何?じゃねぇよ。あの人が言ってた話聞いてたか?・・・まぁ、その様子じゃ聞いてるわけないか。」
僕達は今、トレイルブレイザー入隊式の真っただ中だ。
さっきまで眼鏡をかけた真面目そうな女性がステージの上で何か言ってたみたいだけど、あまりに話が長すぎて誰も聞いていない。
その証拠に、周りを見渡してもみんなうとうとしている。 もちろんイーロンが聞いてたはずもない。
ブツブツブツブツ
小声だからよく聞こえないけど、イーロンも含めた一部の隊員がネチネチと文句を言っているみたいだ。
どうせ大切な事はこの後配られる資料に書いてあるから、正直2時間半もこの式に集中する必要は無いのだけど、文句を言ってもしょうがない。
僕は話を聞いている素振りをしながらボーッと黄昏れていた。
「では最後に、ライデン=ボルティア隊長とヒティア=へアトス副隊長からのお話です。ライデン隊長、ヒティア副隊長、前へお願いします。」
司会がそう言うと、筋骨隆々で少しやんちゃそうな30代の男性と、男勝りな30代手前くらいの女性が、まばらな拍手と共にステージに上がってきた。
もう2時間半は立ちっぱなしで話を聞いているせいか、そろそろ足も悲鳴を上げ始めている。
早めに話が終わってくれることを願うけど・・・。
「あー、あー。はい、隊長のライデンです。みなさん頑張りましょう。以上でーす。」
・・・・・
隊長からの話はたったそれだけで終了した。
この間、約5秒。
余りに早すぎる挨拶に全員困惑して、拍手すら起こらない。
続いて副隊長が口を開いたかと思うと・・・。
「私は副隊長のヒティア。以上。」
・・・・・副隊長に至ってはただ自分の名前を言っただけで終わってしまった。
来賓の上層部と思しき人達の一部は、あまりに短くてやる気のないその言葉にため息を漏らしている。
その場にいた新入隊員全員も、余りの速さに呆気に取られている中で、この入隊式は幕を閉じたのだった。
入隊式が終わり、時計塔の両針が"12"を指し示す頃。
僕とイーロンは、セントリアス区を歩きながらお互いの出身地について話していた。
第7洞窟には計5つの街がある。
地表に近い順で言うと、
『ポーレル』・・・洞窟の入り口付近に位置する、暴力・窃盗が当たり前のスラム街。
『ブルシネッサ』・・・全オブジェクトの6割を開発している大企業「オメガツール」がある商業都市。
『マインズ』・・・ジェクトが豊富に埋蔵されている僕達の故郷 。
『ユーサリア』・・・巨大な地底湖が存在する現首都。
『クライスターレ』・・・2年前に建設され始めた、鉄などが盛んに採れる発展途上都市。
そして、トレイルブレイザーが開拓する前人未到の地を『フロンティア』と呼ぶ。
それぞれの街は徒歩でも行き来できるけど、流石に距離がありすぎる。
距離は数百kmもあるし、クリーチャーが出る可能性も十分ある。
だから、徒歩で移動できるルートは立ち入り禁止エリアに指定されていて、エレベーターみたいに移動できるモノレールが一般的な手段だ。
因みにイーロンはブルシネッサ生まれだけど、母親を病気で亡くしてからはクライスターレで働きながら暮らしていたらしい。
「そんなことより腹減ったな。そろそろ昼飯にしようぜ。」
「そうだね。この辺で最近おいしいハンバーガーショップが出来たらしいから、そこに行ってみようか。」
事件が起きたのは、数十分して会計を済ませようとしたその時だった。
「・・・・・あれ? 」
「どうしたロビン?そんな真っ青な顔して。」
顔面から血の気がスーッと引いていくのが分かる。
「━━━━━━━━━━━━」
無い。
財布が、無い。
「ロビン、お前まさか・・・。」
「・・・ごめんイーロン!後で必ず返すから!」
「おい!どこ行くんだロビン!?ちょ、おい!ロビン!ロビーーーン!!!」
イーロンには申し訳ないけど、僕は無くした財布を探すためにダッシュで店を出た。
それにしてもどこで落としたんだろう。
昨日の夜はあったから、今日行ったどこかに落ちてるはずなのに、どこを探しても無い。
お昼時を歩く人の波をかき分けながら、湖沿いの美しい公園を駆け抜け、ビル街を横断し、トレイルブレイザーベース備え付けの博物館を横目に、ひたすら今日通った場所を遡っていく。
諦めかけて足を止めたその時、道路の向こう側に交番を見つけた。
念の為、あそこにも聞いてみよう。
交番で話を聞いたお巡りさんが口を開く。
「あぁ、もしかしたらネリアの仕業かもね。」
「ネリア?」
まるでよくある事だと言わんばかりに、表情一つ変えることなくお巡りさんはコーヒーをすする。
「ユーサリアでは有名な窃盗魔だよ。赤い短髪でダガー型のオブジェクトを使っている女らしい。人混みに紛れて一般人の持ち物を奪っていくんだ。俺達警察も何年も追ってるんだけど、逃げ足が速すぎてとても捕まえられないんだと。」
実際の所、マインズにしろユーサリアにしろ、窃盗などどこの街でも頻繁に起こっている。
というのも、ワールドレイジの影響で身寄りのない人々が増え、彼らがホームレス化したことで治安が非常に悪くなっているからだ。
しかしながら、人生で一度もそういったことに遭遇したことも無いので、すっかり平和ボケしていたのだ。
「そんな・・・。お金はまだいいです!でも、財布は戻ってこないんですか!?」
「うーん。ネリアに奪われた物が返ってきたっていう話は、俺は聞いたことが無いな。残念だけど諦めた方が・・・。」
「なんか呼んだ?」
声のした方、すぐそこの建物の屋上を見上げてみると、赤い短髪で、ダガーを持ってて、薄手のぼろいマントで身を包んだ、20代前半くらいの女性が・・・座っていた。
「トレイルブレイザーになるくらいだからお金いっぱい入ってると思ったのに、期待外れだったわ。だから返してあげる。」
彼女は僕の元に財布を・・・投げようとしたんだろうけど、あまりに素っ頓狂なところに飛んで行った。
わざとなのか、本気で投げるのが下手すぎるのか。
幸い、金も含めて中身はすべて無事だ。
少なかったとはいえ、何故一銭も盗られてないのだろう?
「お、お前さてはネリアだな!?大人しくさっさと捕まれ!」
その様子を見ていたお巡りさんは、唐突な窃盗魔のご登場に動揺しながら叫んでいる。
「ふん!あんたらみたいなクソ雑魚警察ごときが私を捕まえられるわけないでしょ。べーっだ!」
お巡りさんは自分一人では到底ネリアを捕まえられないと悟り、急いで交番の中に入って助けを呼びに行った。
そんな彼の姿を横目にネリアを見ていると、彼女の胸元にきらきら光る物を見つけた。
まさかと思って聞いてみる。
「そのバッジってもしかして・・・。」
「あぁ、これ?そうよ。アタシもあなたと同じ、トレイルブレイザーの開拓部隊よん。しかも同期。こんなに可愛いアタシと同期だなんて、あなたも運がいいわね。」
あのバッジは、トレイルブレイザーである証『ブレイザーバッジ』だ。
五つ星が彫られていて、僕達新人ブレイザーのバッジは銅で作られている。
「ま、こんなところでずっとお話ししてる暇も無いんでね。アタシはここらで失礼するわ。」
ネリアは3本のダガーを取り出して慣れた手つきで何かをし始めた。
ダガーとダガーをひもで素早く結び付けてワイヤーのようにすると、片方のダガーを100mほど遠くにある建物の壁に投げ飛ばす。
今度は驚くほど正確にダガーが刺さった。
「また会えるといいわね、貧乏君。」
ネリアは僕にウインクをすると、すぐさまその建物に移動してしまった。
なるほど、ああしていつも警察から逃げているのか。
そう感心するのも束の間、先程のお巡りさんが中から出てきた。
「あ、あれ!?そこの君、ネリアはどこに!?」
「向こうの建物に逃げていきましたよ?」
「向こうの建物!?一瞬であんな距離移動したのか!?クソッ!急いで本部にも連絡しなきゃ!」
彼はそう言ってせわしなくまた中に入っていった。
なんだかこれ以上は邪魔になりそうだから、静かにこの場を去るとしよう・・・。
それから2週間後の真夜中、僕はトレイルブレイザーベース内の寮で目を覚ました。
ここの寮は隊員2人で1つの部屋を使うことになっていて、広さは6畳ほどの一般的な部屋だ。
僕の相部屋人はイーロンだけど、今は大きないびきを鳴らしながら幸せそうに眠っている。
カーテンを少し開けてみるも、外には赤光を放つクリーチャー感知センサーが建物の屋上に一定間隔で点いているのと、申し訳程度の街灯がちらほら点灯しているのみだった。
(今頃レハトはどうしてるかな・・・。)
窓から闇を覗いていると、不意にそんなことが頭に思い浮かんだ。
* * * * *
「レハト、これって・・・。」
「合格祝いの〈風〉のジェクトだ。綺麗な緑だろ?」
合否発表の数日後、一度マインズに戻った際に、レハトは掌から零れんばかりの煌々とした光を放つ翡翠色のジェクトを僕に手渡した。
「父さんの仕事場の鉱山で掘らせてもらってたんだよ。大変だったけど、意外と楽しかったぜ。」
レハトは照れ臭そうにその時の事を思い出す。
そのジェクトは、試験で使っていた風のジェクトより何倍も大きい。
「でもこんなに大きいの、商品として売れば結構な額なんじゃ・・・?」
「だーかーらー!そんなのお前が気にする事じゃねぇんだよ!研究部隊の力もあれば、今のアマテラスより何倍も強いオブジェクトが作れるだろ?」
「でも・・・」
遠慮しようとする僕の言葉に重なって、食い気味に喋り続ける。
「それに、どちらにせよあのオブジェクトで開拓に参加させるわけにはいかないだろ?お前が開拓中に死んじまったら笑い話にもなんねぇ。武器は強いに越したことはないんだから、大人しく受け取れよ!」
「それはそうだけど・・・。」
「おめでとう、ロビン。頑張れよ。」
そう言い捨てて、レハトはこちらを見向きもせずに右手を挙げる。
レハトは僕より何倍も努力して来たのだから、きっととても辛いはずなんだ。
でも彼は、そんなもの微塵も感じさせないように振る舞っている。
そんな姿を見て、僕は思いっきり声を張り、叫ぶ。
「また来年!次会う時は、2人ともトレイルブレイザーになってから!約束だからね!!」
* * * * *
別に僕だけがトレイルブレイザーになったところで、レハトと一生会えないわけじゃない。
たかが1年会って話せないだけで、電話や手紙でのやり取りくらいはいくらでも出来る。
でも、どこか喪失感というか虚無感というか、何となく心に穴が空いてしまったような、そんな感覚が残り続けているんだ。
なんにせよ、これから1年間、レハトがいない状態で僕は開拓に身を投じなければならない。
前線に立ってクリーチャーと戦うという事は、常に死と隣り合わせだという事。
でも正直なところ、これからそんな場所で生きていくという事に対して、あまり実感が湧かない。
死ぬのは怖いけど、自分でもびっくりするくらい緊張はしていない。
だからもう、後戻りする気は無い。
次会う時はトレイルブレイザーとして、生きて彼に逢うという約束を果たすために。
今でも時折聞こえる、あの音の正体を突き止めるために。
だから僕は、
「行こう、イーロン。」
その声と同時に、イーロンは目を覚ました
「ふあぁ。そうだな、待ちに待った初開拓だな。」
僕は、14年間憧れてきた世界に一歩踏み出した。
後方に広がる窓の向こうの世界では、一斉に朝の黄色い光が点き始め、僕達の門出を祝っていた━━━━━━。
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