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第一章 憧れへの挑戦

第4話 戦士の決意

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地恵期20年2月10日
ユーサリア トレイルブレイザーベース 12時


「あ~、テストゴミだったなぁ~」

 筆記試験終わりの昼下がり。レハト達を始めとする受験生は午後からの実技試験に備えて、トレイルブレイザーベースの大食堂で昼食をとっていた。

 トレイルブレイザー選考試験には筆記試験と実技試験の2種類がある。合格条件は筆記と実技の両方で合格点を出す事だが、実技はともかく、勉強が特段苦手なレハトにとって筆記試験は余りにも大きな壁だった。そして当然、レハトの筆記試験の結果は散々であった。

「まあ悩んでも仕方ねぇな!切り替え切り替え!いただきます!!」

 そう言うと、レハトはいつもの調子で目の前の大盛りカレーライスを頬張り始める。
 そんな彼を見ながら、ロビンは苦笑いと共に人工肉が入ったカレーライスを口に運ぶ。赤身は固い上に脂身はマズイ。けれども肉というだけで、その食材には十分すぎる程の価値がある。

「そういえば、レハトは知ってた?肉って、天恵期までは色んな種類があったんだって」
「色んな種類?肉は肉じゃねえの?」
「豚、鶏、牛、羊、兎…他にも国や地域によっては犬とか蛇も食べていたらしいよ?まあ、美味しかったかどうかは知らないけどね」

 【天恵期】とは、ワールドレイジが起こる以前の時代の暦である。『天恵期20XX年』というように、天恵期の後には西暦を入れるのが一般的だ。それに対して現代——ワールドレイジ以後の時代——は【地恵期】と呼ばれている。今年はワールドレイジから20年経っている為、『地恵期20年』となる。

「今僕達が食べているのは、ワールドレイジから生き延びた数少ない家畜の肉を培養した人工肉。いわばクローン肉みたいなものなんだ。魚も野菜も含めて、自然由来の食材はほぼ全部そう。今と昔を比べると、食の幅は全然違ったんだよ」
「ブタ?とかウシ?とかよく分かんねぇけど、とにかく昔の方が美味い飯がもっとたくさんあった…ってことか?」
「まあそういう事。食事以外にしても、僕達人間が失ったものはあまりに多い。それもこれも全部、ワールドレイジが奪ったからね」

 ロビンはため息を吐きながら皿に残ったカレーをスプーンで丁寧に掬い取る。残さず完食したロビンが手元にあった布巾で口元を拭くと、レハトの方へと視線を戻す。彼の口元に付いた茶色いカレーを見て、ロビンはフフッと笑いをこぼした。

「『世界の怒り|《ワールドレイジ》』ねぇ…。地球を滅亡させるレベルの大災害だったとは学校でもしつこく言われたけどよぉ。今の俺達が不自由なく暮らせるんだったら、特に問題なくね?」
「確かにオブジェクトがあるからこそ、僕達は20年前よりも遥かに発展した文明を築き上げる事が出来た。今では当たり前になっているホログラム広告とか、人間に忠実に従う労働ロボットとかも天恵期には存在しなかったって聞くし」
「だろ?なら天恵期を羨まなくたっていいだろ」

 楽観的な様子でカレーを頬張るレハト。その周りのテーブルは彼によって茶色く汚されていて、お世辞にも彼の食べ方を褒めることは出来ない。そんな状態を見てロビンは再びため息を吐き、仕方ないといった風に汚されたテーブルを拭き始める。

「技術だけ見たらそうだけど、問題はそんな単純じゃないよ。ただでさえ僕らの生活がクリーチャーに脅かされているのに、都市部とスラムの貧富の差が拡大して、ここ最近はかなり治安も悪くなってる。このトレイルブレイザーベースに来る途中でも、遠くの方の街並みが荒れていたのは覚えてるでしょ?」
「まあ…そういえばそうだな」
「それにスラムの間では疫病とか飢餓も問題視されてる。各国との貿易が出来ないから国もお金が無くて、全ての人に安定した生活を提供出来ないんだ。天恵期のアメリカといったら世界でもトップクラスの発展国だったのにだよ?そんな大国がここまで衰退しているんだ。他国なんて一体どうなって…」
「ご馳走様!」

 ロビンが言いかけたところで、レハトがカレーを完食した。テーブルの汚さで言えば2人の間には天と地ほどの差があるが、意外にもレハトの皿の方が綺麗に完食されている。

「とにかく、レハトが思っている以上にこの世界の状況は深刻なんだよ。こうして僕達人類が繁栄を続けられているのも、奇跡みたいなもんなんだから」
「話はあとだ。もう少しで昼休みの時間も終わりだぞ!早く行こうぜ!」
「言われなくても分かってるよ!」

 急いでレハトが汚したテーブルを拭き終えると、ロビンはレハトの後を追って食堂を後にする。そうして受付会場へと向かうエレベーターの前に行ったところで、2人は100人近い受験生がエレベーターロビーにいる光景を目にした。レハト達のような10代の若者が多いものの、20~30代の成人、中には中年の男女さえも一定数見受けられる。意外な年齢層の広さに、レハトは驚きを隠せなかった。

「すげえな、こんなに色んな人がトレイルブレイザー志望なのか」
「トレイルブレイザー志望なのは間違い無いだろうけど…。実際のところ、本気でなりたいと思ってる人は半分もいないんじゃないかな?」
「ん?なんでだ?」
「あの人たちの格好、よく見てみなよ」

 ロビンが視線を向ける人混みの中には、年齢問わずみすぼらしい格好をした者たちも少なくなかった。何日も体を洗っていないせいか髪は脂ぎっていて、皮膚は黒ずんでしまっている。衣服を見ても、汚い布切れを羽織っているだけだったり、明らかにゴミとして捨てられそうな服を着ていたりするような人さえいた。鼻をつんざくようなアンモニア臭を漂わせながら、その眼はどこでもない虚空を見つめている。瞳には一筋の光すらも宿っていなかった。

「ああいう人達は、さっき言ったスラム出身の人達だ。家族も友人も、信頼できる人なんて誰もいなくて、半ば自殺願望を抱いている人達が人生最後の賭けとして受験してるんだ」
「自殺願望って…」
「基本的に、スラムに堕ちてしまった人達が普通の生活を取り戻すことは不可能だ。トレイルブレイザーになって殉職しようと、スラムの端で犬死にしようと大した違いはない。そう考える人達がせめてもの賭けとして挑戦するのも、この選考試験の一つの側面なんだ」

 スラム出身の男性が、ふとロビンの声を聞いて振り返る。目を合わせまいとさりげなく視線を逸らすロビンの横で、レハトは小さく呟いた。

「…哀しいな」

 俯くレハトの横顔には、いつにも似合わぬ憐憫の色が浮き出ていた。

「トレイルブレイザーって、実績を出して出世すれば一生遊んで暮らせるくらいの金とか名誉が手に入るっていうもんな。それを求めて命まで賭けようとする人達がこんなにいるなんて知らなかった…」
「………」

 ここまで深刻な面持ちのレハトを見るのは、ロビンにとっても非常に珍しかった。いつも楽観的で笑顔を絶やさない彼が、恵まれない人々——しかし自分とは関係がない人々——の残酷な決意を知ってここまで真剣な表情になるとは、ロビンすら思いもしなかったのである。

「全てを護る。レハトはさっきそう言ってたけど、その夢を叶えるのは途方もなく難しいんだよ。現実は甘くないんだ。それでも叶えられるって言うの?」
「……」

 暫しの沈黙が流れた。スラムがある事も、そこに過ごす人々が苦しい生活を送っている事もレハトは知っていた。しかしそれはあくまで表面上の知識に過ぎない。現実は彼の想像以上に厳しかった。それでも——

「自分が『なりたい』『変わりたい』って思った時に、命まで賭けてようやく挑戦権を得られる世の中なんて、絶対に間違ってる。そんな世界を変える為なら何だってしてやる。俺は全て護るって、そう誓ったんだ。だから例え現実がどれだけ過酷でも諦める気はない。絶対に叶えてみせるさ」

 その言葉を発するレハトの顔には、一点の曇りもなかった。あるのは自分の言葉に対する、確固たる決意だけだった。顔を上げて一歩前に出るレハトの背中が、ロビンには何故かとても大きなもののように映った。

「来たみたいだ、早く行こうぜ」

 エレベーターのドアが開く。待っていた人達が一斉に雪崩れ込み、ロビン達はその流れに押し流される。けれどもレハトの体だけは少しも乱されることなく、確固たる足取りで前へと進むのだった。
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