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甘酸っぱい

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僕が女の子達に囲まれている江崎君に近寄ると、江崎君の方も僕に気づいたのか、僕の方に駆け寄ってきてくれた。
江崎君に群がっていた女の子達は、なおも食い下がろうとしていたけど、江崎君は僕の手を取り急ぎ足でその場を立ち去り、とりあえず僕達は会場の外へと逃れた。
「浩介君、お久しぶり!」
そう言うと、江崎君は僕に抱きついてきた。
江崎君、こんな感情表現する子だったっけな?彼も卒業してからいろいろあって変わったのかな。
中学の頃は、彼も僕と同じでいつも人目を気にして怯えて暮らしていたのに、今はすっかり垢抜けて別人みたいだ。
でも、よくよく見ればメガネをかけていないだけで、顔は確かにあの頃の面影を残している気がする。
メガネや髪型とかで、人って随分印象が変わるものなんだな。
「江崎君、卒業してからどうしてたの?たしか、南高に進学したんだよね?」
「うん。僕も浩介君と同じで、同級生のいない学校に行って、無事に高校デビューしたんだ。今みたいにメガネ外して、髪型も変えてオシャレしてイメチェンして。そしたら毎日楽しくてさぁ。バイトとか部活とか、バンドを組んだりして文化祭でライブをしたり、人生変わったね」
へぇ、よかった。僕と同じで暗黒時代だった中学生活から解放されたんだね。それにしても、随分と饒舌になったな、いくらなんでも君は変わりすぎだろ。
「今は何をしてるの?」
「実は今、東京に住んでるんだ」
「そうなの!?大学はどこに通っているの?」
「実は今、大学生じゃないんだ」
そう言うと、江崎君は名刺入れから可愛いピンク色の名刺を1枚取り出して僕に差し出した。
「僕、高校生の時にスカウトされて、今は芸能事務所に所属して俳優をしているんだ。まだまだ売り出し中だけど」
え"ーーー!?マヂか!予想の遥か斜め上を行く変貌ぶりに僕は声も出なかった。でも、たしかに彼ほどのルックスなら、スカウトされたとしても不思議はないかも。
「じゃあ、有名人とか見たことあるんだ?」
「見たことあるも何も、僕が所属している事務所、佐藤カケルさんとか松野内豊さんのいる事務所だから、いろんな人にとてもお世話になってるよ」
そう言うと江崎君は、たくさんの有名人と一緒におさまっている写真を何枚も見せてくれた。
「ところで、このおじさんは誰?」
たくさんの有名人と写っている写真に混じって、少々額の広い50代くらいのおじさんとのツーショットが多いことに僕は気づいた。
「あぁ、この人は事務所の社長さん」
「へぇ~、そうなんだぁ」
この社長さんに良くしてもらっているんだなぁ。誰よりもたくさん一緒に写ってる。
写真をスライドしていると、本当に社長さんとのツーショット写真が多い。中には社長さんがこちらに向かって微笑んでいる写真や、2人で夢の国に遊びに行っている写真。旅行にでも行ったのかな?2人で浴衣を着て海鮮料理を食べたりしている写真なんてのもあった。
「本当に可愛がってもらっているんだね。一緒にあちこち行ってるんだね」
「そうなのぉ、とてもかわいがってもらってるの。彼のためにも、もっとお仕事頑張らないと♡」
ん?
「でもぉ、いざオーディションとかになると、なかなか思うようにいかなくて、落とされてばかりなの…でも、頑張らないとね、彼のためにも!」
あれ?彼?
「江崎君、なんか喋り方変わったね」
「は!そんなことないぜ、浩介君」
悪いこと言っちゃったかな?でも、それなら僕も話しやすいかな。
「江崎君、誰にも言わないって約束してくれる?実は僕、彼氏がいるんだ」
「え!そうなの!?浩介君、彼氏いるんだ!?」
「シー!声がデカい!」
「でも、それならあたしも話しやすくなってホッとした。浩介君もこっちの人なの?」
「いや、そうじゃ無いんだけど、たまたま好きになったのが彼だっただけ。江崎君は?」
「あたしは子供の頃、物心ついた時には自分が男の子が好きだってなってた」
「中学の頃も誰か好きな人いたの?」
僕は少し意地悪な質問をしてみた。でもいいよね、何年も前のことなんて時効だよね。
「檜山君?」
「ブッブー」
「須藤君?」
「違ーう!」
誰だろう?僕は考えられる限りの名前を挙げてみたが、どれも不正解だった。
「まさかとは思うけど、黒田じゃないよね?」
「まさか!いちばんあり得ないわ!」
「じゃあ、もう誰もいないじゃないか」
「1人、いちばん身近な人を忘れてるわよ」
うーん、誰だろう?さっぱりわからん。
「もう、鈍いなぁ。あなたよ、浩介君」
沈黙。
「え?何で?僕?僕のどこが良かったの?」
「好きになるのに理由は無いわ。今日は会えて良かった。あたし、もう行くね。仕事があるの。また次の同窓会で会いましょ。それじゃあね」
それだけ言い残すと江崎君は去って行った。
そうか、そうだったんだ。僕が気づいてあげられたら、何か変わっていたのかな?でも、あの頃はまだ僕も女の子が好きだったわけだし…。
そんなことを考えながら会場に戻ると、ぼんやりしていた僕に背後から忍び寄る影があった。

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