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五木理の証言

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九十九の窃盗については、簡単な書類によって処理された。
九十九は、それまでの憑き物が取れたような清々しい表情で帰って行った。
関係者の事情聴取もひと段落したので、小川と馬宮は会議室に残していた探偵に、ことの経緯を説明しに戻った。
松尾、九十九の証言。さらにはその後の里中と東海林の聴取で得られた証言についても説明した。
その結果、牧野ユミは周囲の関係者とは程度の差こそあれ、何らかの確執を抱えており、恨みをかっていることがわかった。
里中については、牧野ユミの殺害時刻と思われる時間帯の明確なアリバイが無かった。東海林についても同様で、九十九と電話していたという裏付けが取れたにすぎず、アリバイを証明するというには程遠かった。
「結局、3人がこれまでのところ有力な容疑者だ。あと松尾だが、九十九の証言にあった車と松尾の所有している車が似ているらしい」
「鑑識の面子にかけて、必ず画像を解析してみせますよ」
馬宮が鼻息を荒くして探偵と小川に誓った。
その時、会議室に若い巡査がやって来た。
「失礼します。あの、今、玄関に五木という方がいらっしゃってまして、どうしましょう?こちらにお通ししましょうか?」
探偵達は顔を見合わせる。
「わかった、ここへ通してくれ」
小川は巡査に告げた。若い巡査は、探偵をチラリと見て、訝しげな表情を見せて出て行った。
「危ないですね、新人君っぽかったからやり過ごせましたけど、ある程度署内の人間の顔を知っている人だったら、また警察のエリートがあの街の探偵とつるんでいると噂されて、後々大変だったかもしれませんよ」
馬宮が探偵の顔を見てほくそ笑んだ。
「まぁ、その時は小川の責任になるだけだからな、俺にはどうでもいい」
程なくして、先ほどの巡査に案内されて五木が姿を現した。
五木は3人に会釈をして、椅子に腰かれるよう勧められて着席した。

はじめまして。いえ、お二人には以前、オフィスでお会いいたしましたね。
その節は、弊社の松尾がお世話になっております。
今日、伺いましたのは、私からもお二人お話ししたいことがあり伺わせていただきました。
まず、松尾のアリバイについてです。松尾からも話があったかと思いますが、その日は松尾と私は社長室に篭って来週の出張にむけての準備をしておりました。
来週の出張は、弊社のアジア諸国の事業展開の一環としての非常に重要なものなのですが、こればかりは私だけの裁量では何ともできません。どうしても松尾の判断を仰がなければならないことばかりなので、松尾抜きで準備などできません。松尾が途中ででもいなくなることは業務に支障をきたし難しいです。
それにフロアは常時、警備の者が巡回をしております。巡回の合間を見て外出するとかというのは、ほぼ不可能でしょう。そして、ビルは警備会社のセンターと繋がっていて、防犯カメラの映像がリアルタイムで監視されています。
もし必要であるようでしたら、あとで画像を提供させていただくことも可能です。
社長と、田中様と、牧野様のことですか?
まず、松尾のことからですが、私が会社に入社した6年前からのお付き合いになります。入社してからずっと、松尾のもとで秘書として尽力してまいりました。
6年前といえば、弊社事業が飛躍的に発展した頃で、本当にあの頃は忙しかったですね、懐かしいです。
松尾はご存じのとおり、バイタリティに溢れ、それでいて謙虚で物腰の柔らかい紳士的な方です。
特に近しい者には優しく、私も随分と良くしていただきました。
特に田中様には特別に心を砕いていて、誰よりも田中様のことに親身に寄り添う姿に、格段の想いを窺うことができます。
田中様についてですが、私自身はそれほど深いお付き合いはありません。
ただ、田中様がよくオフィスに来られては、松尾のもとへご案内するので、そこで少し世間話をしたりすることはあります。
田中様は、事あるごとに松尾に会いに来て、相談事や助言を受けていたようです。
その内容については詳しくはわかりませんし、知っていたとしても、ご本人の為にもお話しすることは控えさせていただきますが。
田中様とお話しをさせていただくと、会話の端々に松尾に対する親しみと尊敬の念を感じます。
きっと、私が松尾のもとでお世話になるずっと以前から、お二人の間では特別な絆が築かれていたのだと思います。
しかし、この2年ほどは以前ほど田中様が松尾のもとへやって来ることが少なくなっていました。
田中様が、牧野様と交際されるようになったからですが、松尾はそれを祝福しつつ、どこか寂しそうにも見えました。
牧野様については、私は一度しかお会いしたことがありません。
田中様が牧野様を連れて、松尾に紹介しに来た時だけです。
印象としましては、とても華やかな方だな、というのが第一印象です。
しかし、あまり故人のことを悪くは言いたくはありませんが、私はああいう女性は苦手ですね。
どこがというと、人への取り入り方が巧みなところでしょうか。
相手が何を望んでいるのか敏感に察知して、先回りして要望に応える。
それだけ言うと長所のようですが、それは相手によりけりで、あざとさが垣間見えたのです。
一言で言えば、人たらしといったところでしょうか。

五木が帰ったあと、探偵達は五木の証言を検証してみた。
「松尾のアリバイは、五木の証言によって確固たるものに補強されたな」
小川が唸りながら呟く。
「警備会社の監視システムを突破することは、まず不可能でしょうね。松尾は容疑者候補から脱落ということになりますね」
馬宮が淡々と相槌を打った。
「本当にそうなのだろうか?どこかに見落としは無いだろうか?」
探偵が疑問を投げかける。
「と、言うと?五木の証言には、どこも文句のつけようが無いと思うが」
小川が探偵に問いかける。
「とりあえず、警備会社から防犯カメラの映像をもらって解析してみましょう。僕の方で手続きをしておきますので、用意できたら、またお二人には改めてご連絡しますね」
馬宮はそう言うと、捜査資料の提供手続きをするために部屋を出て行った。
「何か腑に落ちないことでもあるのか?」
「まぁな。全ては映像を観てみないと確実なことは言えないが、考えが無いわけではない」
探偵が何を考えているのか、小川には理解することが難しかった。いったい何が腑に落ちないのか。きっと尋ねても、こういう時は何も返って来ないことを、小川はよく知っていた。
「さて、そろそろ政臣の事情聴取も終わる頃だろう。我々もいったん引き上げよう」




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