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井田司について
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はじめまして。
私は、司の妹で井田美咲と言います。
兄が亡くなってから少しして、父と母は離婚し、母はそれ以来情緒不安定なので私が母の代わりにお話しをさせていただきます。
私から見た兄は、いつも皆んなの中心にいて慕われている自慢の兄でした。
両親も、文武両道の兄のことは自慢の子供で、特に母は兄のことが何よりの自慢でした。
でも、母の愛情は常に兄にベクトルが向かっていて、兄みたいになれなかった私は、母を兄に独占されていると思って正直とても嫉妬していました。
嫉妬というよりは、憎しみに近い感情でもありました。
おかしいですね、自慢の兄でもあって憎しみの対象でもあるなんて、今になっても不思議な気持ちです。
兄は本当に家族想いで、妹の私には本当に優しかったです。
兄が実際にどう思っていたのかはわかりません。
単純に妹想いだったのか、それとも自分より出来の悪い妹に対する憐れみだったのか。
今となっては知る由もありませんが、前向きに捉えようと思います。
兄について、いろいろな思い出があります。
先ほども申し上げましたが、兄は本当に文武両道なうえにルックスも端正な顔立ちをしていて、社交的でどんな人にも分け隔てなく接する人でした。
兄に嫉妬していたことを除いては、私は兄のことが大好きでした。
たまに司の妹ということで比較されたりして苦労もすることがありましたが、そんなことは取るに足りないことでした。
司の人生は、まさに絵に描いたような充実した、理想の人生そのものでした。
常に自信に満ち溢れ、まるで太陽のようでした。
司の名前は、地元ではちょっとした有名人で、特に女の子の間ではかなり有名だったはずです。
ちょくちょく女の子に告白されていたり、バレンタインの時はたくさんのチョコレートを持って帰って来て、食べきれないほどの量を私にくれました。
そういえば、司が高校生の時です。
司は友達とバンドを組んで、文化祭でステージに立ったことがありました。
そこにもたくさんの司目当ての女の子達が来ていて、校外の生徒達もたくさん来てました。
もちろん司がボーカルです。
ステージが始まると、女の子達の歓声が体育館中に木霊したのを今でもはっきりと思い出します。
司とバンドのメンバー達は、覆面を被ってステージに姿を現しました。
演奏が進むにつれて会場はどんどん盛り上がっていって、それがピークに達したところで、司をはじめとするバンドのメンバー達は覆面を脱ぐと、そこには金髪やピンクや赤に髪を染めた司達がいました。
そのサプライズで、ステージはさらに盛り上がりました。
司には、そういう誰もが思いもよらないことをスマートにやってのける度胸や、人を楽しませる才能がありました。
誰が見ても充実した高校生活を送って、それから司はもちろん志望した大学に進学しました。
大学生活でも、司の周りはたくさんの友人が囲んで、私はきっとこれから先も司の人生は順風満帆になることが約束されているものだと信じて疑いませんでした。
ところがです。
それまで神がかっているかのような司の人生に、暗雲が垂れ込めてきました。
司がまさかの第一志望の企業の就職で不採用となったのです。
家族も親類も、おそらく周りの友人達も、誰もがその事実を信じられなかったのではないかと思います。
そこからです、兄の人生が狂い始めたのは。
第一志望の企業に落ちてから、司は気を取り直して就活を続けたものの、ことごとく不採用になりました。
次第に荒れていく司の周りから、一人、また一人と人が離れていって、まるで腫れ物に触るようになっていきました。
長い就活の結果、司はようやく玩具メーカーに就職が決まりました。
でも、それは司には屈辱そのものだったと思います。
司の友人の田中さん、という方でしでしょうか?
ある日、警察の方が来て司を任意同行で連れて行きました。
その時、私たち家族は初めて司が友人を逆恨みしてストーカー行為をしていることを知りました。
その事実は、司のことでひどく心を痛めていた母の心をさらに追い詰めていくのに十分なものでした。
警察の厳重な警告も効果無く、司のストーカー行為はさらにエスカレートしていきました。
被害者の方への誹謗中傷は当たり前で、夜中にバイクで出かけては、その方の家の前で嫌がらせをしたり、就職先への嫌がらせもしたということです。
本当に被害者の方には申し訳ない気持ちでいっぱいです。
挙句の果てには、せっかく内定をもらった就職先から内定の取り消しをされてしまって、それまでの輝いていた司の面影は完全に失くなっていました。
そんなある日の明け方のことでした。
早朝に警察から電話がかかってきたのです。
司がバイクで転倒事故を起こして亡くなった、ということでした。
取るものもとりあえず、私たち家族は警察へ急ぎました。
警察に行くまでの道のりは、あまり記憶にありません。
私がはっきりと覚えているのは、霊安室で冷たくなっている司の姿だけです。
あまりに突然の、早すぎる別れに母は半狂乱でした。
司の死がきっかけとなり、私たち家族の関係は破綻しました。ほどなくして両親は離婚し、母は今も司の死を受け入れられないでいます。
あの、司はただの事故では無いと言うことなのでしょうか?
だとしたら誰が司を?
田中さんという方ですか?
私自身は田中さんという方との面識は全くありません。
もちろん、他のこの8人の写真の方達についても同じです。
なので、田中さんについて私から申し上げられることはありません。
刑事さん。司は本当にいい兄なんです。田中さんには申し訳ないことをしてしまいましたが、心根の優しい自慢の兄なんです。他に誰かから恨みを買うなんてこと、考えられないのです。
どうか、これが事故では無いということでしたら、どうか司の無念を晴らしてください。
そして、母を司の死の呪縛から救ってください、お願いします!
「兄想いのいい妹だな、彼女は。」
井田美咲が帰ったあとのカフェで、小川はポツリと呟いた。
「どうだ?井田という男の人となりについてどう思う?」
「そうだな。政臣君の話しとは印象がだいぶ違っているな。まぁ、それは立場や関係によって主観は変わるものだし、我々は客観的に俯瞰して見ることを怠ってはいけないだろうな。」
私は、司の妹で井田美咲と言います。
兄が亡くなってから少しして、父と母は離婚し、母はそれ以来情緒不安定なので私が母の代わりにお話しをさせていただきます。
私から見た兄は、いつも皆んなの中心にいて慕われている自慢の兄でした。
両親も、文武両道の兄のことは自慢の子供で、特に母は兄のことが何よりの自慢でした。
でも、母の愛情は常に兄にベクトルが向かっていて、兄みたいになれなかった私は、母を兄に独占されていると思って正直とても嫉妬していました。
嫉妬というよりは、憎しみに近い感情でもありました。
おかしいですね、自慢の兄でもあって憎しみの対象でもあるなんて、今になっても不思議な気持ちです。
兄は本当に家族想いで、妹の私には本当に優しかったです。
兄が実際にどう思っていたのかはわかりません。
単純に妹想いだったのか、それとも自分より出来の悪い妹に対する憐れみだったのか。
今となっては知る由もありませんが、前向きに捉えようと思います。
兄について、いろいろな思い出があります。
先ほども申し上げましたが、兄は本当に文武両道なうえにルックスも端正な顔立ちをしていて、社交的でどんな人にも分け隔てなく接する人でした。
兄に嫉妬していたことを除いては、私は兄のことが大好きでした。
たまに司の妹ということで比較されたりして苦労もすることがありましたが、そんなことは取るに足りないことでした。
司の人生は、まさに絵に描いたような充実した、理想の人生そのものでした。
常に自信に満ち溢れ、まるで太陽のようでした。
司の名前は、地元ではちょっとした有名人で、特に女の子の間ではかなり有名だったはずです。
ちょくちょく女の子に告白されていたり、バレンタインの時はたくさんのチョコレートを持って帰って来て、食べきれないほどの量を私にくれました。
そういえば、司が高校生の時です。
司は友達とバンドを組んで、文化祭でステージに立ったことがありました。
そこにもたくさんの司目当ての女の子達が来ていて、校外の生徒達もたくさん来てました。
もちろん司がボーカルです。
ステージが始まると、女の子達の歓声が体育館中に木霊したのを今でもはっきりと思い出します。
司とバンドのメンバー達は、覆面を被ってステージに姿を現しました。
演奏が進むにつれて会場はどんどん盛り上がっていって、それがピークに達したところで、司をはじめとするバンドのメンバー達は覆面を脱ぐと、そこには金髪やピンクや赤に髪を染めた司達がいました。
そのサプライズで、ステージはさらに盛り上がりました。
司には、そういう誰もが思いもよらないことをスマートにやってのける度胸や、人を楽しませる才能がありました。
誰が見ても充実した高校生活を送って、それから司はもちろん志望した大学に進学しました。
大学生活でも、司の周りはたくさんの友人が囲んで、私はきっとこれから先も司の人生は順風満帆になることが約束されているものだと信じて疑いませんでした。
ところがです。
それまで神がかっているかのような司の人生に、暗雲が垂れ込めてきました。
司がまさかの第一志望の企業の就職で不採用となったのです。
家族も親類も、おそらく周りの友人達も、誰もがその事実を信じられなかったのではないかと思います。
そこからです、兄の人生が狂い始めたのは。
第一志望の企業に落ちてから、司は気を取り直して就活を続けたものの、ことごとく不採用になりました。
次第に荒れていく司の周りから、一人、また一人と人が離れていって、まるで腫れ物に触るようになっていきました。
長い就活の結果、司はようやく玩具メーカーに就職が決まりました。
でも、それは司には屈辱そのものだったと思います。
司の友人の田中さん、という方でしでしょうか?
ある日、警察の方が来て司を任意同行で連れて行きました。
その時、私たち家族は初めて司が友人を逆恨みしてストーカー行為をしていることを知りました。
その事実は、司のことでひどく心を痛めていた母の心をさらに追い詰めていくのに十分なものでした。
警察の厳重な警告も効果無く、司のストーカー行為はさらにエスカレートしていきました。
被害者の方への誹謗中傷は当たり前で、夜中にバイクで出かけては、その方の家の前で嫌がらせをしたり、就職先への嫌がらせもしたということです。
本当に被害者の方には申し訳ない気持ちでいっぱいです。
挙句の果てには、せっかく内定をもらった就職先から内定の取り消しをされてしまって、それまでの輝いていた司の面影は完全に失くなっていました。
そんなある日の明け方のことでした。
早朝に警察から電話がかかってきたのです。
司がバイクで転倒事故を起こして亡くなった、ということでした。
取るものもとりあえず、私たち家族は警察へ急ぎました。
警察に行くまでの道のりは、あまり記憶にありません。
私がはっきりと覚えているのは、霊安室で冷たくなっている司の姿だけです。
あまりに突然の、早すぎる別れに母は半狂乱でした。
司の死がきっかけとなり、私たち家族の関係は破綻しました。ほどなくして両親は離婚し、母は今も司の死を受け入れられないでいます。
あの、司はただの事故では無いと言うことなのでしょうか?
だとしたら誰が司を?
田中さんという方ですか?
私自身は田中さんという方との面識は全くありません。
もちろん、他のこの8人の写真の方達についても同じです。
なので、田中さんについて私から申し上げられることはありません。
刑事さん。司は本当にいい兄なんです。田中さんには申し訳ないことをしてしまいましたが、心根の優しい自慢の兄なんです。他に誰かから恨みを買うなんてこと、考えられないのです。
どうか、これが事故では無いということでしたら、どうか司の無念を晴らしてください。
そして、母を司の死の呪縛から救ってください、お願いします!
「兄想いのいい妹だな、彼女は。」
井田美咲が帰ったあとのカフェで、小川はポツリと呟いた。
「どうだ?井田という男の人となりについてどう思う?」
「そうだな。政臣君の話しとは印象がだいぶ違っているな。まぁ、それは立場や関係によって主観は変わるものだし、我々は客観的に俯瞰して見ることを怠ってはいけないだろうな。」
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