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昼下がりの来訪者

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茨城への旅行から2ヶ月経った頃。
次第に川口青年を病魔が蝕み始めた。
胃痛、吐き気、倦怠感、食欲不振、血便。
少しずつ、少しずつではあるが、確実に病魔は川口青年の体の中を蝕んでいっていた。
症状は一進一退で推移していた。
とても調子のいい日もあれば、何もできずに一日中寝込んでいる日もあり、それによって俺も一喜一憂していた。
しかし、真に辛いのは川口青年であることには間違い無い。
それを思うと俺は胸が張り裂けそうになる想いだった。
だが、それさえも俺には完全に理解できない領域であり、理解できないことが心苦しくもあった。
そんなある日の昼下がりだった。
その日、川口青年は朝から症状が重く、ほぼ動けない状態だったため、俺は有給を取得して看病をしていた。
何も口にしないのはかえって体に触れるので、せめてお粥だけでもと思って俺が昼ご飯の支度をしている時だった。
玄関のチャイムが鳴ったので出てみると、そこには俺と同い年くらいの背の高い男が立っていた。
「はい、どちら様でしょうか」
「はじめまして、私、川口圭司と申します。和成の兄です」
そうか。あいつ、お兄さんがいたのか。両親が離婚しているとは聞いていて、あまり家族のことは話したがらなかったけど、兄がいたんだな。
「どうも、和成君なら今、休んでいるところです」
「和成は、どれくらい具合悪いんですか?」
ここは正直答えた方がいいのだろうか?それとも、本人の口から伝えさせた方がいいだろうか。
「ここで立ち話と何ですから、とりあえずお上りください」
俺はそう言って川口青年の兄をリビングに通した。
「今、様子を見て来ます。ちょっとお待ちください」
俺は川口青年の兄をリビングに残して、彼の部屋まで行き、ドアをノックした。
中から小さな返事が聞こえたので、俺はドアを開けて部屋の中へ入った。
「お兄さんが来てるけど、起きられそうか?」
川口青年は布団から顔を出すと、少し間を置いて小さく頷いた。
俺が手を貸して起こし、肩車をして何とか歩くことができた。
川口青年の姿を見た圭司さんは、立ち上がって俺たちのもとへ駆け寄って彼を支えた。
そして俺たちは2人がかりで川口青年を椅子に座らせた。
「兄貴、久しぶり」
川口青年は弱々しく笑顔を作った。
「驚くじゃないか、1年ぶりに連絡が来たと思ったら余命一年無いとか。いったい何があったんだ?」
「まぁ、お兄さん。和成君は今日体調があまりよくないので、私から事情をご説明します」
それから俺は、彼の病気のこと、今こうして2人で暮らすことになった経緯、これからどうするかについて、掻い摘んで説明した。
話しが複雑になるといけないので、俺と川口青年がかつて恋人同士だったということは伏せた。
「そうなんですか。しばらく連絡してないうちにそんなことに」
「和成君からお兄さんにはなんて?」
圭司さんは、俺にスマホを差し出した。そこには、川口青年から圭司さんに宛てたメールが表示されていた。
自分が今、胃がんに冒され余命がいくばくもないこと、自分が死んだ後のこと、そして、感謝の言葉が綴られていた。
「久しぶりに連絡が来たと思ったらこれです。それで驚いて急遽伺ったというわけです」
「親父は、元気?」
「あ?まぁ、元気にしてるよ。もうすぐ退職して老後はのんびりするって」
「そうか。それなら良かった」
「お父さんは知っているんですか?」
「いえ、まだ知らせてはいません。知らせても、来るかどうか分からなかったものですから」
どうやら、川口青年と父親はあまり仲が良くないらしい。
「しかし、来るかどうかは別として、お父さんにもお知らせだけはしておかないと」
「そうですね」
圭司さんは、言葉少なく頷いた。しかしそれは、俺に対する返事というよりは、独り言に近い言葉であった。
「言わなくていいよ」
「だけど!」
「すいません、和成君は今日調子が悪いので、その話しはまた別の日にできないでしょうか」
「なんなんですか、あなた?同居人の分際で、他人の家庭のことに口出ししないでください!」
「いいえ、します。なぜなら、俺は和成君のことを愛しているからです!」
俺の言葉に、圭司さんは言葉を失ったようだ。それはそうだろう、見知らぬ男が自分の弟を愛しているといきなり宣言したのだから。
「2人は、どういう?」
「たぶん、お兄さんが思っているとおりの関係です。今は一緒に暮らしているだけの間柄ですが」
圭司さんは、デリケートな問題に適切な言葉を懸命に探しているようだった。
「今日はこれで失礼します。また日を改めて伺います」
そう言い残すと、圭司さんはフラッと力無く立ち上がりリビングを出て行った。
俺は、敢えてその姿を見送ることはしなかった。
「ありがとうございました」
川口青年は、隣に座る俺の手を握りしめて来た。
「なんてことない」
そう、なんてことない。初めて迷わず自分の気持ちを言えた。今まで周りの目が怖くて言えなかった彼との関係を、いざ言ってみると案外たいしたことじゃなかった。こんなことだと分かっていたら、もっと早くに堂々と口にしていれば良かった。
そうしたら、川口青年の心も、まだ俺と共にいてくれたのだろうか?


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