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夜の告白

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滝をあとにした俺たちは、少し土産物と飲食店の並ぶエリアで、買い物と食事を楽しんだ。
2人で秋山さんや職場の同僚たちへのお土産を選んだり、名物の鮎の塩焼きや蕎麦に舌鼓を打ったりして、2人だけの旅を満喫した。
「あ~、楽しかった。こんなに楽しかったのは久しぶりです」
「そうか、それなら来て良かった。でも、まだまだお楽しみはこれからだ」
「えっ?まだ何かあるんですか?」
「着いてからのお楽しみだ」
俺は今夜宿泊するホテルへと車を滑らせる。早く川口青年の喜ぶ顔が見たくて。
ホテルの車寄せに車を停まらせると、早速ベルボーイたちがやって来て荷物を下ろしてくれる。
「凄い、こんないい所に泊まるんですか?」
ベルボーイに案内され、俺たちは最上階のフロアに案内される。
ベルボーイにカードキーの扱い方を説明してもらい、俺たちは部屋に入ると、そこには見たこともない豪華な部屋が用意されていた。
「奮発して1番いい部屋を取ったんだ」
「えぇ!こんな凄い部屋、いくらするんですか?」
「そんなことは気にするな。よく考えたら、2人で旅行したことなかったな、と思って」
川口青年は、まるで子供のように部屋の中を駆けずりまわっている。本当に無邪気でわかりやすいな。こんなに喜んでもらえるなんて、思い切った甲斐があったというものだ。
「凄いですよ!専用の露天風呂まであります!」
川口青年の興奮は覚めやらなかった。
だが、その後も川口青年の興奮は抑えられなかった。
豪華な山の幸、川の幸をメインにした常陸牛のフルコース。
豪華な設備と最高のサービスも、川口青年のお気に召したようで、彼のテンションは振り切れてしまったかのようだ。
食事とサービスを満喫したあとは、専用の露天風呂に一緒に入った。
少し痩せた川口青年の体が、病の進行を物語っているようで、俺は彼の体から目を逸らしてしまった。 
「天気、晴れてて良かったな」
俺は空一面に広がる星空を見上げて呟いた。
「はい。最高です」
このまま、ずっとこのまま時間が止まってくれたらいいのに。恋人とか、そうでないとか関係無く、俺は今が最良の時間だと思えた。
「少しのぼせて来ましたね。そろそろ寝ましょうか」

大きなキングサイズのベッドは、大の男2人が並んで寝ても余裕があるほどで、普段寝ているベッドとは比較にならないスプリングが、ベタな表現だがまるで雲の上に寝ているかのようにイメージさせた。
「今日はとても楽しかったです。ありがとうございます」
「俺の方こそ、久しぶりにはしゃいだよ」
「あの・・・手を繋いでもいいですか?」
そう言って、川口青年は手を差し出して来た。
「いいよ」
俺は躊躇うことなく、差し出された手を握る。
スプリングの心地いい、羽のような布団に包まれて、快適なのに眠れない時間がゆっくりと過ぎていく。
2人で並んで寝て、眠れないなんて初めて一緒に寝た時以来だな。あの頃が懐かしい。まだ一年も経っていないのに、あの頃がとても懐かしく、遠い記憶に感じる。
もう一度、今の記憶を持ってあの頃に戻れたら、どんなに嬉しいことだろうか。
「福山さん、俺、怖いです」
「幸せすぎてか?」
「茶化さないでください!」
俺たちは笑い合ったが、その笑いにはどこか無理している感じがした。
「俺、死にたくないです」
「そうだな」
俺は、それ以上何と声をかけたらいいのかわからず、自分の言語能力の無さを嘆いた。
川口青年は、布団を頭から被って咽び泣いた。きっと、精一杯泣き声を堪えているのだろう。それでもその泣き声は、俺の耳にハッキリと届いた。
俺は、彼を抱きしめたい衝動に駆られた。しかし、俺は彼のためを思ってその衝動を押し殺した。

翌朝、昨日は咽び泣いていた川口青年も、すっかり元気を取り戻していた。昨夜泣いていたのが夢のようだ。
「今日はこれからどうしますか?」
「せっかく来たんだし、この辺りの観光スポットでもまわってから帰ろうか」
俺たちは大子町の観光スポットを調べて、旧上岡小学校と永源寺に行くことにした。
旧上岡小学校では、ドラマや映画のシーンを思い出しながら、あのドラマはここで撮影したんだ、とか、あのシーンはこの教室で撮影したんだ、と盛り上がった。
紅葉寺として有名な永源寺では、山道脇に並べられている小さな地蔵の掌に、小銭と紅葉の葉を乗せて写真を撮った。
たくさんの思い出と、たくさんの写真を撮って、川口青年はとても楽しんでくれたようだ。
手術まであと僅か。それまでにたくさん思い出を作ってあげたい。
それが、今の俺の生き甲斐にもなっていた。


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