1 / 34
第一章 少女が死んだ
波紋
しおりを挟む
俺は宙を浮いている。ただ漫然と、何をするでも無く、何を考えるでも無く、ただ宙を浮いてその空間を俯瞰している。
漆黒の闇がどこまでも広がる空間。
360度、どこを見回しても黒一色の世界。
その闇を映す水面は、さざなみ一つなく、まるで鏡のように静かに水をたたえ、その黒さは深さがどれほどあるのかすらわからなかった。
そこに、一滴の雫が落ちると、波紋が一つ、二つと水面を乱して広がっていく。
まるでその黒い波紋は、さながら人の心の闇を伝播していく悪意の連鎖のよう。
闇の端まで達した波紋は、反射して再び返ってきて、あとから伝わる波紋とぶつかり、鏡のようだった水面を激しく、複雑に乱す。
変な夢を見た。変な夢だったが、とりたてて寝覚めが悪いとかいう夢ではなく、ただ不思議な夢だった。
しかし、それよりも、今、目の前にいるこいつの方がよっぽど俺の心を乱す存在だった。
「なぁ、頼むよ~。他に頼める奴がいないんだよ」
「小川、さすがに今回は無理があるだろ。警察関係者でもない俺が、学校に潜入して捜査をするなんていうのは」
俺はそう言って小川の差し入れとして持ってきた、きんつばを頬張って堪能した。
「大丈夫、そこは俺の権限でなんとでもなるし、先方にはすでに話しをとおしてある。それにお前、教員免許持ってるだろ?だったら何も難しいことないじゃないか」
「毎度のことながら、こういう仕事は手際がいいな」
俺は小川に向かって精一杯の皮肉を込めて言った。
「まぁな、俺くらいになると持ち前の能力と経験で、この程度のことは軽くこなせるようになるものなんだよ」
「ん?」
「ん?」
ダメだ、1ミリも皮肉が通用していない。
「とにかくダメなものはダメだし、出来ないものは出来ない」
「親友がここまで頼んでもダメなのか?」
「ダメなものはダメ。いくら頼まれても受けられない」
俺は、断固として拒否した。これくらい頑なに拒否しなければ、またこれからもこういうことになるからだ。少しは俺に頼りっきりの姿勢を正す必要があるのだ。
「そうか、わかった。でも、それならせめてアドバイスをしてくれないか?」
「アドバイス?・・・まぁ、そのくらいなら」
「ありがとう!やっぱり持つべきものは親友だな」
調子のいい奴め。
「それではまず、事のあらましから説明させてもらおうかな」
事の始まりは、都内にある名門校として名高い盟朋学院高校で女子生徒が亡くなったことだ。
亡くなったのは、そこの生徒の白鳥萌、18歳。
白鳥は、周囲の関係者の話しによれば大人しく、内向的な性格で、漫画研究会に所属していて、成績は平均的な生徒だったそうだ。
白鳥が遺体となって発見されたのは、1ヶ月前の朝のことだった。
その日、なかなか起きてこない娘を心配して様子を見に行った母親が第一発見者で、死後3時間ほど経っていた。
簡単な検視が行われ、その結果は心不全による自然死との結果だった。
こうして、白鳥の死は、早すぎる突然の別れとして終わるはずだった。
しかし、その直後、学校に白鳥萌の死はいじめによる自殺で、その事実を学校が隠している、という怪文書が出回った。
学校側としては、当初はこんないい加減なデマを相手にする必要は無い、ということで静観することにした。
だが、無視して相手の行動がエスカレートして、外部にこの事が漏れて学校のブランドイメージに傷がつくことは、絶対に避けなければならない。
こうして困った学校から、警察に相談が寄せられたんだ。
しかし、閉鎖的な学校という場所のせいか、捜査は有力な情報も無いまま暗礁に乗り上げてしまった。
「ことのあらましは、ざっとこんなものだ」
「事件の大まかなことはわかった。それで、白鳥が虐められていたという事実はあったのか?」
「学校側は白鳥については、虐められていたということは把握していない、とのことだった。生徒への聞き込みでも、白鳥が虐められていたという事実は確認出来なかった」
「遺書の類いは残されていなかったのか?」
「そういったものは無かった。警察の捜査した限りでは、白鳥が自殺したということを裏付ける物も証言も得られなかった」
「検視の結果は心不全だったのだろ?虐めを苦にして自殺したなら、自然死に見せかけて自殺するということがあるのだろうか?」
「それもそうだな。何か事情があったにしても、どんな方法で自然死に見せることができるのか」
白鳥が虐められていた事実は無い。自殺を示唆する物証も無い。そして、検視の結果も心不全で間違いない。どこにも自殺を裏づける要素はようだが。
「学校側としては、今回のことで学校のブランドイメージが著しく傷つけられたことを払拭したい。捜査には全面的に協力するから、是が非でも白鳥の死が自殺では無いと証明してほしい、とのことだ。どうだろう、引き受けてもらえないか?」
警察の捜査で、何か見落としでもあるのだろうか?小川からあらましを聞いただけでは結論の出しようが無い。ここは乗りかかった舟だ、小川の依頼に応じてみるか。
「仕方ない。今回だけだぞ、本当にこれで警察の捜査に関わるのはこれで最後だからな」
「そうこなくっちゃ!それではこれから学校側と顔合わせしようとするか。善は急げ、表で待ってるから準備しておいてくれ」
はぁ・・・やはりこうなってしまった。毎度のことではあるものの、小川の頼みを無碍にはできない己の心の弱さを嘆くしかないか。
こうして俺は、名門校で起きた疑惑の渦中に巻き込まれていくこととなった。
漆黒の闇がどこまでも広がる空間。
360度、どこを見回しても黒一色の世界。
その闇を映す水面は、さざなみ一つなく、まるで鏡のように静かに水をたたえ、その黒さは深さがどれほどあるのかすらわからなかった。
そこに、一滴の雫が落ちると、波紋が一つ、二つと水面を乱して広がっていく。
まるでその黒い波紋は、さながら人の心の闇を伝播していく悪意の連鎖のよう。
闇の端まで達した波紋は、反射して再び返ってきて、あとから伝わる波紋とぶつかり、鏡のようだった水面を激しく、複雑に乱す。
変な夢を見た。変な夢だったが、とりたてて寝覚めが悪いとかいう夢ではなく、ただ不思議な夢だった。
しかし、それよりも、今、目の前にいるこいつの方がよっぽど俺の心を乱す存在だった。
「なぁ、頼むよ~。他に頼める奴がいないんだよ」
「小川、さすがに今回は無理があるだろ。警察関係者でもない俺が、学校に潜入して捜査をするなんていうのは」
俺はそう言って小川の差し入れとして持ってきた、きんつばを頬張って堪能した。
「大丈夫、そこは俺の権限でなんとでもなるし、先方にはすでに話しをとおしてある。それにお前、教員免許持ってるだろ?だったら何も難しいことないじゃないか」
「毎度のことながら、こういう仕事は手際がいいな」
俺は小川に向かって精一杯の皮肉を込めて言った。
「まぁな、俺くらいになると持ち前の能力と経験で、この程度のことは軽くこなせるようになるものなんだよ」
「ん?」
「ん?」
ダメだ、1ミリも皮肉が通用していない。
「とにかくダメなものはダメだし、出来ないものは出来ない」
「親友がここまで頼んでもダメなのか?」
「ダメなものはダメ。いくら頼まれても受けられない」
俺は、断固として拒否した。これくらい頑なに拒否しなければ、またこれからもこういうことになるからだ。少しは俺に頼りっきりの姿勢を正す必要があるのだ。
「そうか、わかった。でも、それならせめてアドバイスをしてくれないか?」
「アドバイス?・・・まぁ、そのくらいなら」
「ありがとう!やっぱり持つべきものは親友だな」
調子のいい奴め。
「それではまず、事のあらましから説明させてもらおうかな」
事の始まりは、都内にある名門校として名高い盟朋学院高校で女子生徒が亡くなったことだ。
亡くなったのは、そこの生徒の白鳥萌、18歳。
白鳥は、周囲の関係者の話しによれば大人しく、内向的な性格で、漫画研究会に所属していて、成績は平均的な生徒だったそうだ。
白鳥が遺体となって発見されたのは、1ヶ月前の朝のことだった。
その日、なかなか起きてこない娘を心配して様子を見に行った母親が第一発見者で、死後3時間ほど経っていた。
簡単な検視が行われ、その結果は心不全による自然死との結果だった。
こうして、白鳥の死は、早すぎる突然の別れとして終わるはずだった。
しかし、その直後、学校に白鳥萌の死はいじめによる自殺で、その事実を学校が隠している、という怪文書が出回った。
学校側としては、当初はこんないい加減なデマを相手にする必要は無い、ということで静観することにした。
だが、無視して相手の行動がエスカレートして、外部にこの事が漏れて学校のブランドイメージに傷がつくことは、絶対に避けなければならない。
こうして困った学校から、警察に相談が寄せられたんだ。
しかし、閉鎖的な学校という場所のせいか、捜査は有力な情報も無いまま暗礁に乗り上げてしまった。
「ことのあらましは、ざっとこんなものだ」
「事件の大まかなことはわかった。それで、白鳥が虐められていたという事実はあったのか?」
「学校側は白鳥については、虐められていたということは把握していない、とのことだった。生徒への聞き込みでも、白鳥が虐められていたという事実は確認出来なかった」
「遺書の類いは残されていなかったのか?」
「そういったものは無かった。警察の捜査した限りでは、白鳥が自殺したということを裏付ける物も証言も得られなかった」
「検視の結果は心不全だったのだろ?虐めを苦にして自殺したなら、自然死に見せかけて自殺するということがあるのだろうか?」
「それもそうだな。何か事情があったにしても、どんな方法で自然死に見せることができるのか」
白鳥が虐められていた事実は無い。自殺を示唆する物証も無い。そして、検視の結果も心不全で間違いない。どこにも自殺を裏づける要素はようだが。
「学校側としては、今回のことで学校のブランドイメージが著しく傷つけられたことを払拭したい。捜査には全面的に協力するから、是が非でも白鳥の死が自殺では無いと証明してほしい、とのことだ。どうだろう、引き受けてもらえないか?」
警察の捜査で、何か見落としでもあるのだろうか?小川からあらましを聞いただけでは結論の出しようが無い。ここは乗りかかった舟だ、小川の依頼に応じてみるか。
「仕方ない。今回だけだぞ、本当にこれで警察の捜査に関わるのはこれで最後だからな」
「そうこなくっちゃ!それではこれから学校側と顔合わせしようとするか。善は急げ、表で待ってるから準備しておいてくれ」
はぁ・・・やはりこうなってしまった。毎度のことではあるものの、小川の頼みを無碍にはできない己の心の弱さを嘆くしかないか。
こうして俺は、名門校で起きた疑惑の渦中に巻き込まれていくこととなった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
時計の歪み
葉羽
ミステリー
高校2年生の神藤葉羽は、推理小説を愛する天才少年。裕福な家庭に育ち、一人暮らしをしている彼の生活は、静かで穏やかだった。しかし、ある日、彼の家の近くにある古びた屋敷で奇妙な事件が発生する。屋敷の中に存在する不思議な時計は、過去の出来事を再現する力を持っているが、それは真実を歪めるものであった。
事件を追いかける葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共にその真相を解明しようとするが、次第に彼らは恐怖の渦に巻き込まれていく。霊の囁きや過去の悲劇が、彼らの心を蝕む中、葉羽は自らの推理力を駆使して真実に迫る。しかし、彼が見つけた真実は、彼自身の記憶と心の奥深くに隠された恐怖だった。
果たして葉羽は、歪んだ時間の中で真実を見つけ出すことができるのか?そして、彼と彩由美の関係はどのように変わっていくのか?ホラーと推理が交錯する物語が、今始まる。
リモート刑事 笹本翔
雨垂 一滴
ミステリー
『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。
主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。
それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。
物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。
翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?
翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!
母からの電話
naomikoryo
ミステリー
東京の静かな夜、30歳の男性ヒロシは、突然亡き母からの電話を受け取る。
母は数年前に他界したはずなのに、その声ははっきりとスマートフォンから聞こえてきた。
最初は信じられないヒロシだが、母の声が語る言葉には深い意味があり、彼は次第にその真実に引き寄せられていく。
母が命を懸けて守ろうとしていた秘密、そしてヒロシが知らなかった母の仕事。
それを追い求める中で、彼は恐ろしい陰謀と向き合わなければならない。
彼の未来を決定づける「最後の電話」に込められた母の思いとは一体何なのか?
真実と向き合うため、ヒロシはどんな犠牲を払う覚悟を決めるのか。
最後の母の電話と、選択の連続が織り成すサスペンスフルな物語。
『量子の檻 -永遠の観測者-』
葉羽
ミステリー
【あらすじ】 天才高校生の神藤葉羽は、ある日、量子物理学者・霧島誠一教授の不可解な死亡事件に巻き込まれる。完全密室で発見された教授の遺体。そして、研究所に残された謎めいた研究ノート。
幼なじみの望月彩由美とともに真相を追う葉羽だが、事態は予想外の展開を見せ始める。二人の体に浮かび上がる不思議な模様。そして、現実世界に重なる別次元の存在。
やがて明らかになる衝撃的な真実―霧島教授の研究は、人類の存在を脅かす異次元生命体から世界を守るための「量子の檻」プロジェクトだった。
教授の死は自作自演。それは、次世代の守護者を選出するための壮大な実験だったのだ。
葉羽と彩由美は、互いへの想いと強い絆によって、人類と異次元存在の境界を守る「永遠の観測者」として選ばれる。二人の純粋な感情が、最強の量子バリアとなったのだ。
現代物理学の限界に挑戦する本格ミステリーでありながら、壮大なSFファンタジー、そしてピュアな青春ラブストーリーの要素も併せ持つ。「観測」と「愛」をテーマに、科学と感情の境界を探る新しい形の本格推理小説。
旧校舎のフーディーニ
澤田慎梧
ミステリー
【「死体の写った写真」から始まる、人の死なないミステリー】
時は1993年。神奈川県立「比企谷(ひきがやつ)高校」一年生の藤本は、担任教師からクラス内で起こった盗難事件の解決を命じられてしまう。
困り果てた彼が頼ったのは、知る人ぞ知る「名探偵」である、奇術部の真白部長だった。
けれども、奇術部部室を訪ねてみると、そこには美少女の死体が転がっていて――。
奇術師にして名探偵、真白部長が学校の些細な謎や心霊現象を鮮やかに解決。
「タネも仕掛けもございます」
★毎週月水金の12時くらいに更新予定
※本作品は連作短編です。出来るだけ話数通りにお読みいただけると幸いです。
※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。
※本作品の主な舞台は1993年(平成五年)ですが、当時の知識が無くてもお楽しみいただけます。
※本作品はカクヨム様にて連載していたものを加筆修正したものとなります。
⚪︎×探偵事務所
らいむこーら
ミステリー
一風変わったビルの2階にその探偵事務所はある。
藤堂 相馬(23)と佐野 暁(24)。どちらが助手か聞かれるが2人とも探偵である。
僕、堀田 真尋(16)はここでバイトをしている。
あれこれ巻き込まれていく僕らの日常をお話ししよう。
(基本真尋sideですが、切り替わりが多い時は誰sideか一応書いておきます。)
月明かりの儀式
葉羽
ミステリー
神藤葉羽と望月彩由美は、幼馴染でありながら、ある日、神秘的な洋館の探検に挑むことに決めた。洋館には、過去の住人たちの悲劇が秘められており、特に「月明かりの間」と呼ばれる部屋には不気味な伝説があった。二人はその場所で、古い肖像画や日記を通じて、禁断の儀式とそれに伴う呪いの存在を知る。
儀式を再現することで過去の住人たちを解放できるかもしれないと考えた葉羽は、仲間の彩由美と共に儀式を行うことを決意する。しかし、儀式の最中に影たちが現れ、彼らは過去の記憶を映し出しながら、真実を求めて叫ぶ。過去の住人たちの苦しみと後悔が明らかになる中、二人はその思いを受け止め、解放を目指す。
果たして、葉羽と彩由美は過去の悲劇を乗り越え、住人たちを解放することができるのか。そして、彼ら自身の運命はどうなるのか。月明かりの下で繰り広げられる、謎と感動の物語が展開されていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる