不忘探偵3 〜波紋〜

あらんすみし

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第一章 少女が死んだ

波紋

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俺は宙を浮いている。ただ漫然と、何をするでも無く、何を考えるでも無く、ただ宙を浮いてその空間を俯瞰している。
漆黒の闇がどこまでも広がる空間。
360度、どこを見回しても黒一色の世界。
その闇を映す水面は、さざなみ一つなく、まるで鏡のように静かに水をたたえ、その黒さは深さがどれほどあるのかすらわからなかった。
そこに、一滴の雫が落ちると、波紋が一つ、二つと水面を乱して広がっていく。
まるでその黒い波紋は、さながら人の心の闇を伝播していく悪意の連鎖のよう。
闇の端まで達した波紋は、反射して再び返ってきて、あとから伝わる波紋とぶつかり、鏡のようだった水面を激しく、複雑に乱す。

変な夢を見た。変な夢だったが、とりたてて寝覚めが悪いとかいう夢ではなく、ただ不思議な夢だった。
しかし、それよりも、今、目の前にいるこいつの方がよっぽど俺の心を乱す存在だった。
「なぁ、頼むよ~。他に頼める奴がいないんだよ」
「小川、さすがに今回は無理があるだろ。警察関係者でもない俺が、学校に潜入して捜査をするなんていうのは」
俺はそう言って小川の差し入れとして持ってきた、きんつばを頬張って堪能した。
「大丈夫、そこは俺の権限でなんとでもなるし、先方にはすでに話しをとおしてある。それにお前、教員免許持ってるだろ?だったら何も難しいことないじゃないか」
「毎度のことながら、こういう仕事は手際がいいな」
俺は小川に向かって精一杯の皮肉を込めて言った。
「まぁな、俺くらいになると持ち前の能力と経験で、この程度のことは軽くこなせるようになるものなんだよ」
「ん?」
「ん?」
ダメだ、1ミリも皮肉が通用していない。
「とにかくダメなものはダメだし、出来ないものは出来ない」
「親友がここまで頼んでもダメなのか?」
「ダメなものはダメ。いくら頼まれても受けられない」
俺は、断固として拒否した。これくらい頑なに拒否しなければ、またこれからもこういうことになるからだ。少しは俺に頼りっきりの姿勢を正す必要があるのだ。
「そうか、わかった。でも、それならせめてアドバイスをしてくれないか?」
「アドバイス?・・・まぁ、そのくらいなら」
「ありがとう!やっぱり持つべきものは親友だな」
調子のいい奴め。
「それではまず、事のあらましから説明させてもらおうかな」

事の始まりは、都内にある名門校として名高い盟朋めいほう学院高校で女子生徒が亡くなったことだ。
亡くなったのは、そこの生徒の白鳥萌、18歳。
白鳥は、周囲の関係者の話しによれば大人しく、内向的な性格で、漫画研究会に所属していて、成績は平均的な生徒だったそうだ。
白鳥が遺体となって発見されたのは、1ヶ月前の朝のことだった。
その日、なかなか起きてこない娘を心配して様子を見に行った母親が第一発見者で、死後3時間ほど経っていた。
簡単な検視が行われ、その結果は心不全による自然死との結果だった。
こうして、白鳥の死は、早すぎる突然の別れとして終わるはずだった。
しかし、その直後、学校に白鳥萌の死はいじめによる自殺で、その事実を学校が隠している、という怪文書が出回った。
学校側としては、当初はこんないい加減なデマを相手にする必要は無い、ということで静観することにした。
だが、無視して相手の行動がエスカレートして、外部にこの事が漏れて学校のブランドイメージに傷がつくことは、絶対に避けなければならない。
こうして困った学校から、警察に相談が寄せられたんだ。
しかし、閉鎖的な学校という場所のせいか、捜査は有力な情報も無いまま暗礁に乗り上げてしまった。

「ことのあらましは、ざっとこんなものだ」
「事件の大まかなことはわかった。それで、白鳥が虐められていたという事実はあったのか?」
「学校側は白鳥については、虐められていたということは把握していない、とのことだった。生徒への聞き込みでも、白鳥が虐められていたという事実は確認出来なかった」
「遺書の類いは残されていなかったのか?」
「そういったものは無かった。警察の捜査した限りでは、白鳥が自殺したということを裏付ける物も証言も得られなかった」
「検視の結果は心不全だったのだろ?虐めを苦にして自殺したなら、自然死に見せかけて自殺するということがあるのだろうか?」
「それもそうだな。何か事情があったにしても、どんな方法で自然死に見せることができるのか」
白鳥が虐められていた事実は無い。自殺を示唆する物証も無い。そして、検視の結果も心不全で間違いない。どこにも自殺を裏づける要素はようだが。
「学校側としては、今回のことで学校のブランドイメージが著しく傷つけられたことを払拭したい。捜査には全面的に協力するから、是が非でも白鳥の死が自殺では無いと証明してほしい、とのことだ。どうだろう、引き受けてもらえないか?」
警察の捜査で、何か見落としでもあるのだろうか?小川からあらましを聞いただけでは結論の出しようが無い。ここは乗りかかった舟だ、小川の依頼に応じてみるか。
「仕方ない。今回だけだぞ、本当にこれで警察の捜査に関わるのはこれで最後だからな」
「そうこなくっちゃ!それではこれから学校側と顔合わせしようとするか。善は急げ、表で待ってるから準備しておいてくれ」
はぁ・・・やはりこうなってしまった。毎度のことではあるものの、小川の頼みを無碍にはできない己の心の弱さを嘆くしかないか。
こうして俺は、名門校で起きた疑惑の渦中に巻き込まれていくこととなった。














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