箱入り息子はサイコパス

広川ナオ

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序章

00 ウン命の女性

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「うんこ!」

 僕の目の前で、エリカさんは腹から出るような力強い声で言い放った。

 自身の可憐な容姿とはおよそ対極的とも言えるような汚い言葉を昂然と発する彼女に、僕は呆れながら「正解です」と告げた。

「よっしゃー!」

 彼女はアイドルらしからぬ豪快なガッツポーズを決めてから、ガラステーブルの上で捲られていたカードを手元に引き寄せた。

「ふふーん♪ コーダイから1本取っちゃった~」

 ようやく獲得したカードを手に取った彼女は、そこに描かれた異形の青い鳥を顔の前で愉快に踊らせた。先ほど彼女が威風堂々と言い放った排泄物の俗称は、この哀れな鳥に付けられた名前である。

 ここまで状況を聞けばピンと来る方もいるかもしれないが、僕らは今カードを使ったテーブルゲームに興じている。
 生き物のイラストが描かれたカードにプレイヤーがそれぞれ自由に名前を付け、めくられたカードの名前を先にコールしたほうがポイントを獲得できるというルールのゲーム。その名も〝ナンジャイモンジャイ〟。

 ゲームは今その終盤を迎えていた。

「よしよーし、ここから逆転しちゃうわよ~」

 仮にここからすべてのカードを取ったところで逆転の術などないはずだが、エリカさんはすこぶる機嫌良さそうに息巻いていた。

 まったく、さっきまで僕にこてんぱんにやられ続けてキーキーと喚いていたのに。たった1ポイント獲っただけでこのはしゃぎ様とは。
 相変わらず分かりやすい人だ。
 典型的な直情型。
 人生を感情によって振り回されるタイプ。
 これで僕より1歳上の高校生だとは信じがたい。

 僕は頭の中で冷静に考えながら、テーブルの上の山札から次のカードを捲った。

 ——もっとも彼女に限らず、人間とはあまねくシンプルな生き物だ。自分の思い通りになることを〝快〟とし、思い通りにならないことを〝不快〟とする。

 快か、不快か。

 本質的な人の感情はこの2通りしか存在しない。生まれたばかりの赤ん坊の『泣く/笑う』がまさにそれだ。喜び、怒り、哀しみ、楽しみ——これらの複雑な感情はこれら2つの心的属性から派生した要素でしかない。

 さらに快感こそが人間の幸福とするならば、幸福な人生とは、何事も自分の思い通りにいく人生のことである。

 以上の理に基づき、幼き日に僕は考えた。

 もしも財産、健康、人間関係、感情、時間——自分に関係する全てを意のままに操ることができたら、人生は素晴らしいものになるに違いない、と。



 いつからか、これこそが僕の人生における最大のモットーになっていた。

「あっ、このカードもさっき出たやつ! 名前は……そうだ!たしか【××××(自主規制)】!」

 そんな僕が、なぜこのようにモザイク必須の淫語を乱発するような、頭のネジが壊れた女子高生とテーブルゲームに興じているのか——

 ——事の始まりは1週間前に遡る。
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