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【54】ローグメルツ家

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「ロザリーちゃん!! ああっ、お帰りなさいっ!!」
「むぎゅっ」

 ロザリーの策を実行に移すため、俺たちはローグメルツ家――つまりロザリーの実家へと足を運んだ。
 そしてロザリーの母であるメルーネさんとの再会を果たしたロザリーは、有無を言わさず全力でハグをされていた。

「やめ、ママやめっ」
「久しぶりに見るロザリーちゃんも可愛すぎるわ! でも髪が少し傷んでいるわね? 毎日手入れはしているの? 身嗜みには気を遣わないとリジンくんに嫌われてしまうから気を付けなさい? ところで冒険者として生きていくのはやっぱり大変なのかしら? ううん、たとえそうだとしても貴女が自分で決めた道だものね。後悔せずに行けるところまで突き進みなさい。あぁそれにしても立派な大人の女性になったわね……いえ、でもまだ本当の意味では大人の女性になっていないわね? せっかくリジンくんと再会することができたのだから早く済ませてしまえば――」
「ママ! 口を閉じて!」
「むぅ、どうしたのよ、ロザリーちゃん? 何を怒っているの?」
「言わなくていいことを口にしない!」

 小首を傾げ、メルーネさんは訳が分からないと言いたげな表情を浮かべる。
 一方のロザリーはというと、既に全力で後悔していると言わんばかりの顔色をしていた。

「とにかく、ロザリーちゃんが元気でよかった! それに友達もこんなにたくさんできて、ママは本当に嬉しくてたまらないわ!」
「うん……ありがとう、ママ」

 ようやく高ぶった気持ちが落ち着いてきたのか、メルーネさんが視線を移す。

「よく来てくれたわね、リジンちゃん。それとお友達も……いえ、冒険者風に言うと、パーティーの仲間たちなのかしら?」
「ご無沙汰しています。昔と変わらずお元気そうで何よりです」
「リジンちゃんもすっかり男前になってしまって……ふふ、ふふふ」

 笑い方が不気味だ。

「あたしはレイ・ファンと言います! ロザリーのマブダチね!」
「あらあら、ロザリーちゃん。いつの間にそんな仲の良い子を作ったのかしら? って、冒険者になってからに決まっているわよね」
「残念だけど私も初耳よ」
「あたしも今初めて言ったね! よろしくね!」

 メルーネさんとレイががっちりと握手を交わす。
 二人の性格的に、たとえ話がかみ合わなくても良い関係になれそうなのが恐ろしい。

「ぼくはパーティーメンバーではありませんが、ロザリーさんたちには良くしていただいています」
「あらそう? うふふ、ところで面白い格好をしているのね? それは趣味なのかしら?」
「はい? ……あ、いえ、……はい?」
「まあいいわ。ふふふ、とりあえず立ち話もなんですから、どうぞ中へ入って頂戴」

 戸惑うノアに対し、メルーネさんは含みのある微笑を見せる。
 自己紹介と挨拶を終えると、メルーネさんに案内される形でローグメルツ家の門前から屋敷内へと場所を移し、お茶をいただくことになった。

「……ふぅ、それにしても人生は何が起こるか分からないものね」

 メルーネさんを囲って、お茶会のようなものを開く。
 そこで一息吐き、メルーネさんが昔を思い出すように呟いた。

「今になって思うことだけれど、ロザリーちゃんとリジンくんの婚約が破棄されたのは正解だったわ」
「ちょっと、ママ!」
「婚約破棄……? え、あの、ロザリーと俺って……婚約していたんですか?」
「あら、リジンくんはご両親から教えて貰っていなかったのね?」

 幼い頃、ロザリーと口頭で結婚云々の話をしたことは思い出していたが、婚約については初耳だ。しかも俺が知らないうちに破棄までされているとは……。

「これはね、親同士が決めたいわゆる政略結婚なの」

 メルーネが言う。
 ロザリーには伝えていたらしいが、俺は自分が親同士家同士の駒にされていたことを初めて知った。
 父さんも母さんも、俺には何一つとして話してくれなかったというわけか。

「でも安心して頂戴。婚約破棄になって正解とは言ったけれど、リジンくんがダメなわけじゃないのよ? 単にね、エイジェーチ家と繋がらずに済んでよかったということなの」
「エイジェーチ家と……? その話、詳しくお聞かせ願いますか」
「ええ、もちろんよ」

 俺がエイジェーチ家を勘当されてから五年が過ぎた頃、度々黒い噂を耳にするようになったという。

 曰く、エイジェーチ家は奴隷売買をしている。
 曰く、山賊を雇って冒険者狩りをしている。

 それは正しく、モルサル街とリンツ街を繋ぐ谷あいで行われていたものである。

 信憑性はない。けれども噂は後を絶たない。
 ホビージャ国はエイジェーチ家を調査しているらしいが、一向に進展がないらしい。

 しかしこの噂が広まったこともあり、エイジェーチ家は他の貴族から距離を置かれるようになった。家を取り潰しになるようなことは免れているが、同時に未来の無い子爵家とは関りにならない方がいいと思われたのだろう。

 そして今では王都でも孤立無援の状態とのことだ。

「そうだわ! わたくし、いいことを思い付いたかも!」
「いいこと……ですか?」
「ええ、とってもいいことよ!」

 話し終えると、メルーネさんが顔を明るくさせてロザリーと俺を交互に見る。

「今のリジンくんは、エイジェーチ家の人間ではないでしょう? だったら、改めてロザリーちゃんと婚約するといいわ!」
「あの、メルーネさん? 話が飛躍し過ぎでは……」
「いいえ、婚約なんてまどろっこしいことは必要ないわね。過程は後からどうでにもなるのだから、もういっそのこと結婚しちゃうのはどうかしら!」
「メルーネさん、お願いですから落ち着いてください」
「パーティーメンバー同士の結婚ね? それはめでたいことだしフルコース決まりね!」

 ニヤニヤ顔のレイが横から口を挟んで盛り上げる。
 というか、お前はフルコースが食べたいだけだろう。

「ママ、その件についてなんだけど」

 焦りながらも横目にロザリーを見る。すると、当の本人は表情を変えることなく、真顔でメルーネさんと向き合い、口を開いた。

「私、婚約破棄を破棄しようと思うの」
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