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ナーナルに声をかけられたカルロの娘は、びっくりした顔を向ける。
「へっ、は? え? あん、た……え? だれだ?」
いきなりのことに驚いているのだろう。
喉を詰まらせ、上手く言葉にできないでいる。
「ああ、失礼しましたわ……。わたし、ナーナルと言います。クノイル商会で働いています」
「な、ナーナル? クノイル商会……? はあ、はい、……ん? ナーナルって確か……」
「そのまさかだ、クリア」
ナーナルの背中越しに、助け舟が出される。
カルロが声をかけ、娘であるクリアにナーナル本人であることを伝える。
「へっ? おとう……ほんとか!? この人っ、あの……ナーナルさんか!?」
先ほどよりも驚いたと言わんばかりの表情を張り付け、クリアは目を見開く。
しかしその顔はすぐに変化し、笑みをこぼした。
「あこがれ! です! ナーナルさん、貴女はあたしのあこがれの存在です!」
「え? ……わたしが貴女の憧れ……なの?」
「はいっ!」
話を聞くところによると、どうやらローマリアでの出来事に尾ひれがついて広まっているらしい。
曰く、愛するエレンと共に愛の巣――クノイル商会を再建するために、単身ローマリアに乗り込んだとか。
曰く、恋敵のティリスと拳で語り合い、コテンパンにして牢屋にぶち込んだとか。
曰く、エレンと一つ屋根の下で暮らし、相思相愛っぷりを国民に見せ付けているとか。
「……ごめんなさい、ちょっと頭痛が……」
「まだ話終わってませんけど! まだまだあるんですけど!」
「もういいから、ね」
これ以上は毒だ。ナーナルはため息を吐いた。
「改めまして、娘のクリアです」
「っ、えと、ナーナルさん、エレンさん、ロニカさん。初めまして! あたしはクリアって言いますっ!」
「よろしくね、クリアさん」
「ここ、こちらこそです!」
「そういえば、何か書いていたみたいだけれど……」
そう言って、ナーナルは視線をずらす。
「ほあっ!?」
直後、クリアが体を仰け反り見られまいと死守した。
「……クリア、さん? どうしたのかしら」
「え? いえっ、なんでも……ないです」
「実は、娘は作家を目指しておりまして、暇を見つけては自作の小説を書いているんですよ」
「ちょっ、おとう!」
「自作小説!? それ、本当なの、クリア!」
「っ、よ? 呼び捨て? は、はい、はいそうですけどもっ」
急に前のめりになったナーナルに対し、クリアは同じ体勢のまま返事をする。
「娘はこれまでにも幾つか原稿を持ち込んだことがありまして、まあそのほとんどが門前払いされています。運良く読んでもらっても、内容がダメだと一蹴されたりでして」
「ううっ、言わなくていいことを……」
ローマリアには無いが、王都や他国には書籍専門の商会が存在する。そこで発行したものが行商人の手に渡り、各地へと流通していく。
クリアの場合、自作小説の持ち込みで作家への道を目指しているのだが、それは狭き門だった。
書籍専門の商会では作家を募集することがあるので、その時期に合わせて作品を送ることもあるが、それも落ち続けていた。
だが、それでも彼女は書き続けている。つい先ほど、声をかけるまで、自分の世界に入り込んで物語を綴っていた。
「……レイゼンさん。この本屋はいつまでここにいますか?」
「そうですね、一週間は滞在する予定ですが……」
「そう。それなら大丈夫ね」
返事を聞いたナーナルは、クリアの手を取る。そして優しく引いて立ち上がらせた。
「あっ、あの……?」
「貴女の原稿、わたしに見せてくださらない?」
「っ、ナーナルさんに見せられるようなものじゃ……‼」
「あら、作家を目指しているのに、読者を選ぶつもり?」
「――ッ」
有無を言わさぬ口調だが、その表情はどことなく優しさに満ちている。
「クリア、貴女今、幾つなの?」
「あ、あたしは……十八になりますが、それが何か……」
「大有りよ」
ナーナルは返事を待たず、机の上に置かれた原稿を手に取った。
「同年代の女子が書いた物語だもの。興味が湧くに決まっているじゃない」
だから読ませてほしい、と。
優しくお願いする。
「もちろん、読むからには全力で臨むから、感想もしっかりと伝えるわ」
「か、感想をもらえるんですか……! ありがとうございますっ!」
いつの間にか読まれることを了承する形になっていたが、クリアは感想をもらえることに喜んでいる様子だ。
自分の小説を読まれることに恥ずかしさはあるものの、読者がどんな感想を言うのか気にならないわけがない。それも直に聞けるというのだから、なおさらだ。
「クリア、約束ね」
「はいっ!」
元気な返事を聞けたところで、ナーナルは満足気に視線を移す。その先に映るのは、もちろん本棚だ。
「さあ、とても良い出会いをしたことだし……」
「欲しい本でも探すか」
「正解! さすがわたしのエレンね」
「っ」
目の前のやり取りに対し、クリアは苦悶する。これは噂通りだと。
結局、その日は気になる本を数冊見繕い、購入して帰路に付くのだった。
「へっ、は? え? あん、た……え? だれだ?」
いきなりのことに驚いているのだろう。
喉を詰まらせ、上手く言葉にできないでいる。
「ああ、失礼しましたわ……。わたし、ナーナルと言います。クノイル商会で働いています」
「な、ナーナル? クノイル商会……? はあ、はい、……ん? ナーナルって確か……」
「そのまさかだ、クリア」
ナーナルの背中越しに、助け舟が出される。
カルロが声をかけ、娘であるクリアにナーナル本人であることを伝える。
「へっ? おとう……ほんとか!? この人っ、あの……ナーナルさんか!?」
先ほどよりも驚いたと言わんばかりの表情を張り付け、クリアは目を見開く。
しかしその顔はすぐに変化し、笑みをこぼした。
「あこがれ! です! ナーナルさん、貴女はあたしのあこがれの存在です!」
「え? ……わたしが貴女の憧れ……なの?」
「はいっ!」
話を聞くところによると、どうやらローマリアでの出来事に尾ひれがついて広まっているらしい。
曰く、愛するエレンと共に愛の巣――クノイル商会を再建するために、単身ローマリアに乗り込んだとか。
曰く、恋敵のティリスと拳で語り合い、コテンパンにして牢屋にぶち込んだとか。
曰く、エレンと一つ屋根の下で暮らし、相思相愛っぷりを国民に見せ付けているとか。
「……ごめんなさい、ちょっと頭痛が……」
「まだ話終わってませんけど! まだまだあるんですけど!」
「もういいから、ね」
これ以上は毒だ。ナーナルはため息を吐いた。
「改めまして、娘のクリアです」
「っ、えと、ナーナルさん、エレンさん、ロニカさん。初めまして! あたしはクリアって言いますっ!」
「よろしくね、クリアさん」
「ここ、こちらこそです!」
「そういえば、何か書いていたみたいだけれど……」
そう言って、ナーナルは視線をずらす。
「ほあっ!?」
直後、クリアが体を仰け反り見られまいと死守した。
「……クリア、さん? どうしたのかしら」
「え? いえっ、なんでも……ないです」
「実は、娘は作家を目指しておりまして、暇を見つけては自作の小説を書いているんですよ」
「ちょっ、おとう!」
「自作小説!? それ、本当なの、クリア!」
「っ、よ? 呼び捨て? は、はい、はいそうですけどもっ」
急に前のめりになったナーナルに対し、クリアは同じ体勢のまま返事をする。
「娘はこれまでにも幾つか原稿を持ち込んだことがありまして、まあそのほとんどが門前払いされています。運良く読んでもらっても、内容がダメだと一蹴されたりでして」
「ううっ、言わなくていいことを……」
ローマリアには無いが、王都や他国には書籍専門の商会が存在する。そこで発行したものが行商人の手に渡り、各地へと流通していく。
クリアの場合、自作小説の持ち込みで作家への道を目指しているのだが、それは狭き門だった。
書籍専門の商会では作家を募集することがあるので、その時期に合わせて作品を送ることもあるが、それも落ち続けていた。
だが、それでも彼女は書き続けている。つい先ほど、声をかけるまで、自分の世界に入り込んで物語を綴っていた。
「……レイゼンさん。この本屋はいつまでここにいますか?」
「そうですね、一週間は滞在する予定ですが……」
「そう。それなら大丈夫ね」
返事を聞いたナーナルは、クリアの手を取る。そして優しく引いて立ち上がらせた。
「あっ、あの……?」
「貴女の原稿、わたしに見せてくださらない?」
「っ、ナーナルさんに見せられるようなものじゃ……‼」
「あら、作家を目指しているのに、読者を選ぶつもり?」
「――ッ」
有無を言わさぬ口調だが、その表情はどことなく優しさに満ちている。
「クリア、貴女今、幾つなの?」
「あ、あたしは……十八になりますが、それが何か……」
「大有りよ」
ナーナルは返事を待たず、机の上に置かれた原稿を手に取った。
「同年代の女子が書いた物語だもの。興味が湧くに決まっているじゃない」
だから読ませてほしい、と。
優しくお願いする。
「もちろん、読むからには全力で臨むから、感想もしっかりと伝えるわ」
「か、感想をもらえるんですか……! ありがとうございますっ!」
いつの間にか読まれることを了承する形になっていたが、クリアは感想をもらえることに喜んでいる様子だ。
自分の小説を読まれることに恥ずかしさはあるものの、読者がどんな感想を言うのか気にならないわけがない。それも直に聞けるというのだから、なおさらだ。
「クリア、約束ね」
「はいっ!」
元気な返事を聞けたところで、ナーナルは満足気に視線を移す。その先に映るのは、もちろん本棚だ。
「さあ、とても良い出会いをしたことだし……」
「欲しい本でも探すか」
「正解! さすがわたしのエレンね」
「っ」
目の前のやり取りに対し、クリアは苦悶する。これは噂通りだと。
結局、その日は気になる本を数冊見繕い、購入して帰路に付くのだった。
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