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【73】効かない

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 アレクが指示を出す。すると、彼の母と三兄弟が同時に襲い掛かってきた。
 両側の通路を挟まれたまま、ロックとわたしは背を合わせる。

「か、かかってきなさい! わたしが相手になってあげるわ!」

 ひのきの棒を手に声を出す。
 手が震えているのは仕方あるまい。

 その一方、背中越しに感じるのは頼もしいロックの存在感だ。
 この状況に動じず、『心眼』を発動したのだろう。瞬時に敵の動きを予測する。

「まずは遮るか」

 ボソリと呟くのが耳に届いた。
 その次の瞬間には、ロックは土魔法でその場に巨大な壁を作り上げる。ビビデとバビデ、ブーの視界を強引に遮ったかと思うと、ロックはわたしの腕を掴んで立ち位置をくるりと反転させる。

「わ、わわっ」

 丁度、わたしが持つひのきの棒を奪い取ろうとしていたアレクの母とロックが対峙する形となり、同時に剣を一振りしてみせる。

 アレクの母の体は真っ二つに斬り裂かれ、僅か一撃で無力化してみせる。

「よくも母上を!」

 この一幕を様子見していたアレクが、激怒の声を上げる。
 しかしロックは詰まらなそうに返事をする。

「死人のくせに、人の真似をするな」
「あ、バレた? あはは」

 あっさりと表情を変えて、アレクはからからと笑ってみせた。
 死人にも感情はあるのかもしれないけど、操られていることに変わりはない。アレクの姿を見て、わたしは強くそう思った。

「オラオラァ! ぶっ殺してやるぜ!」

 アレクとのやり取りが終わると、今度は壁の横を回って三兄弟が攻撃を仕掛けにくる。
 ビビデが剣を振り下ろし、ロックがそれを寸でのところでかわした。

「ビビデ、人を辞めた気分はどうだ?」
「最高だぜ! 痛みを感じずに済むんだからな!」

 それは正しく、死人の特権ともいえるに違いない。
 危険な冒険をして負傷したとしても、痛みを感じなければ歩を止める必要がない。それどころか、死人の時点で死を恐れる必要がない。

 でも、それは諸刃の剣でもある。

「痛みを感じなければなあ、こんなこともできるんだぞお!」
「――ッ」

 ロックが作った土の壁に、ブーが体当たりをする。一切加減無しの突撃を前に、土の壁はボロボロと崩れてしまった。
 それは、己の体への負担を考えない死人ならではの手段と言える。

 勢い余り過ぎて、ブーは地面に転がる。しかしその後ろにはバビデが杖を構えて待機していた。

「そうそう、ついでにこんなこともねぇ! 死になさぁい!」

 既に呪文を唱え終えていたらしい。
 目に見えない無数の刃を作り出すと、バビデは杖を振り、わたしたちに向けて解き放つ。
 床に転がるブーや、わたしたちの近くにいるビビデにも当たってしまうが、お構いなしだ。

「危ないっ、避け……っ」
「必要ない」

 ロックはその場から離れず、剣を手首だけでくるりと回す。
 すると、わたしたち目掛けて飛んできた風の刃が次々とぶつかり消滅していく。

「うっそぉ、全部防いじゃったわけ?」
「訂正してやる」

 驚嘆するバビデの発言に対し、ロックは指摘する。
 彼女たちはその意味をすぐに理解することになる。

「え、……なんで!?」

 ロックが剣先をバビデに向ける。と同時に、無数の風の刃が勢いよく放たれた。
 先ほど消滅したと思っていた風の刃は、ロックが持つ剣が魔力として吸収していたらしい。それを今、お返しした形だ。

「ぎゃっ」

 避ける動作を取ることもできずに、バビデは風の刃の餌食となり、その体を細かく切り刻まれてしまった。起き上がろうとしていたブーも同じだ。

 唯一、身を隠したビビデは負傷せずに済んだけど、ロックは反撃の隙を与えない。

「――は、早す」

 最後まで言い切ることなく、ビビデは首を落とされる。
 次いで、四肢を一つずつ。

「す、凄い……」

 これが、元英雄ロック・クオールの戦い方。
 三人の四つ星冒険者を、ほんの僅かな時間で返り討ちにするだなんて、ロック以外にはできない芸当だろう。

 三兄弟はピクリとも動かない。
 たとえ彼らが死人だとしても、体がバラバラになってしまえば動くことはできない。
 暫くは無力化することができるだろう。
 その間に、魔人ギルデオルの首を獲ることができれば……。

「うんうん、さすがは元英雄だね。義足になったとしても、その腕は全く衰えていないし、それに僕の心を読んでも心が折れないみたいだ」

 パチパチと、またもやアレクが拍手をする。
 用意しておいた戦力は、ロック一人の手によって全滅させられた。あとはアレク自身を倒せば、王の間に続く道を塞ぐ者がいなくなる。

「もう、効かない。あのときの俺とは違う」

 ロックが言う。
 心を閉ざさずとも、どす黒い負の感情に呑み込まれることはない。

 わたしが言うのもなんだけど、ロックは強くなった。
 義足にはなったけど、それを補って余りあるほど、心が強くなったはず。

 だって、『心眼』を持っていることを初めて他人に打ち明けることができたのだから。

 そしてその相手が、わたしだということを……わたしは、誇りに思っている。

「なるほどねえ……ってことは、僕だけでは分が悪いか。じゃあ仕方ないから彼に助けを求めることにしよう!」

 名案を思い付いたと言いたげな様子で、アレクは手を打つ。
 と同時に、アレクはわたしたちに背を向け、全力で走り出した。

「あっ、逃げ……!」
「追うぞ。行き先は同じだ」
「! ええ、そうね!」

 ロックに言われて、わたしは彼の背を追いかける。
 辿り着いた先はもちろん、王の間だ……。

「……嫌な感じがするわ」

 新米冒険者のわたしでさえ、それを感じとることができる。
 この部屋に入るのは不味い。今すぐにでも来た道を引き返すべきだと、脳が警告している。

 でも、背は見せない。
 わたしの隣にはロックがいる。彼が守ってくれると信じている。

 だからわたしは、後退せずに声を出す。

「さあ、ケリを付けに行きましょう」

 わたしの声に、ロックが頷く。
 そしてわたしたち二人は、王の間へと足を踏み入れた。
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