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【65】二人で

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 少しの沈黙。それから、

「自分の部屋があるだろ」

 ロックが言った。
 それは当然の台詞だ。でも、わたしは引かない。引きたくない。

「一人は嫌なの。……ダメ?」

 問いかける。
 すると再び沈黙が流れる。だけど今度は反応が違った。

「……好きにしろ」

 ため息を吐かれた。
 でも、わたしの耳に届いたそれは、嫌がっているようには聞こえなかった。

 都合がいいかもしれない。
 勝手にそう思い込んでいるだけかもしれない。

 だとしても、わたしは構わない。
 ロックの許可をもらったのだから、自分の部屋に戻らなくていい。

「……こっちのベッドも、硬いわね」
「同じだからな」

 ベッドに腰掛け、ロックを見る。彼は椅子に座っていた。
 このままでは、昨日と何も変わらない。それは全く意味がない。

「ん……」

 わたしはベッドから立ち上がると、ロックの前に移動し、手を差し伸べた。

「なんだ」
「座ったままだと、満足に眠れないでしょう」
「寝れる」
「嘘よ」
「本当だ」
「たとえ眠れたとしても、ぐっすりじゃないはずよ」

 これだけ言っても、ロックはわたしの手を掴もうとはしない。
 わたしがこの部屋にいる以上、ベッドで眠るつもりはないようだ。

「ベッドで眠りたいって言っていたでしょう」
「記憶にないと言っただろ」
「貴方がそう言っても、わたしはしっかり覚えているの。だから……っ」

 埒が明かない。
 わたしは強引にロックの手を取った。そして腕を引く。それはもう、思いっきり。
 すると、

「――ッ、わっ」

 反動でロックが立ち上がる。それは思いのほか近かった。
 引っ張り過ぎたせいで、ロックの顔が目の前にある。

「……え、えっと」

 つい、目を背けてしまう。
 自分でしておいて、何とも情けない限りだ。

「メル」

 すると、助け舟を出すかのように、ロックがわたしの名を呼んだ。
 そして更に続ける。

「お前は俺と、何をしたいんだ」

 訂正。助け舟なんかじゃなかった。
 ロックの質問で窮地に追い込まれてしまったわたしは、どうすればいいのかと目をぐるぐるさせる。

 もちろん、何も思いつかない。
 もう一度、一緒に寝てもいいかと訊ねればいいだけなのに、恥ずかしくて言えなくなっていた。

 だからわたしは、無言のまま行動で示すことにした。

「おい……」
「……」

 ロックの手を引いて室内の灯りを消すと、そのままベッドへと向かう。そのままわたしは腰を下ろした。

「……ふぅ」

 堪忍したのだろうか。
 ロックは再びため息を吐くと、わたしの隣に座ってくれた。

 近い。
 手を握ったままだからというのもあるけど、肩がぶつかる距離だ。

 暗闇の中、横目にロックの顔を窺う。彼は空いた方の手で頬を掻いていた。
 けれどもわたしの視線に気付くと、目を細めて忠告してくる。

「一緒に寝るだけだからな」
「え? ……って、当たり前でしょう! それ以上のことは、お付き合いする人じゃないとダメよ! 絶対に!」

 当然だ。
 ロックとは師匠と弟子の関係であって、まだ付き合ってはいない。……まだ。
 だからその、それ以上のことをするとなると……と考えていると、ロックの笑い声が聞こえた。

「くっく……じゃあ、付き合ってなくても、一緒に寝るのはいいのか」
「ず、ズルい質問ね……」

 一旦、口を閉じる。
 何事かを考える素振りを見せたあと、わたしは顔を赤くしながらも頷いた。
 但し、一言添える。

「誰でもいいわけじゃないわ。それがロックだったから……」

 肩が触れた。
 ロックとわたしは手を握ったままだ。

「……狭いな」

 ボソリと、隣に座るロックが告げる。
 確かに、二人で寝るには窮屈な大きさだ。単身用のベッドなのだから仕方あるまい。
 しかしながら、それも今はわたしにとって大きな味方になっている。

「狭いのも、それはそれでいいんじゃないかしら。だって、くっ付けば暖かいでしょう?」
「……まあ、違いない」

 そう言って、どちらからともなく横になる。
 そして夜は更けていく……。
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