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【31】ミスリル製

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 湖の傍での休息を終えたあと、わたしたちは再び森の中を歩き始めた。
 先はまだまだ長い。と言うか、どの程度の距離があって何日ぐらい歩けばいいのか、わたしにはさっぱり見当もつかない。

 とにかく、全てをロックに任せているので、彼だけが頼りだ。

「ねえ、義足について聞きたいことがあるのだけど、それってどこで作ったの?」

 でこぼことした地面を物ともせず、スイスイと進んで行く姿を見て、わたしは一つ疑問が頭に浮かんだ。それは義足の出どころだ。
 さらっと見たところ、随分とロックの足に馴染んでいるように思える。

「もしかして、ロックが自分で作ったとか……」
「んなわけあるか」

 ですよね、と心の中で返事をする。

「俺は冒険者だ。魔道具師とは違う」
「魔道具師……? その人が、ロックの義足を?」
「ああ。王都に戻ってすぐ、馴染みの魔道具屋を訪ねて拵えてもらった」
「ふーん、馴染みの……」
「……お前、俺に馴染みの店があることに驚いてるな」
「そ、そんなことはないけど? 単に義足を作ることができる人がいるんだなって感心しただけよ」

 さすがはロック。わたしの考えなどお見通しのようだ。

「そいつの腕は確かだからな……まあ、それでも何度か作り直してもらったが」

 自分の体の一部となるものだから、ちょっとした違和感でもあってはならないのだろう。義足を作るというのは、武具を作るのと同じように大変な作業に違いない。

「その義足にそんな昔話があったのね……んん?」
「なんだ」
「ロックの義足って、よく見たら……表面が凄く綺麗ね」

 じっくりと観察したことがなかったので、今まで気づかなかったけど、ロックの義足はなんというか……宝飾品のような美しさがあった。
 すると、ロックが口元を緩める。

「目ざといな。これはミスリル製だ」
「みしり……なんて?」
「……ミスリルという鉱石でできている」

 呆れたような表情で、ロックが二度答えてくれた。

「ふうん? 鉱石なのね? 随分と綺麗だけど……硬いの?」
「義足だぞ? 柔らかくてどうする」

 それもそうだと苦笑する。

「まあ、銅のように打ち延ばすことも可能だがな」
「つまり、いろんな形にすることができるってことね?」
「そういうことだ」

 鉱石については詳しく知らないけど、なかなか面白そうな世界だ。
 帝国入りしたら図書館で一から調べてみるのも悪くない。

「因みに、この義足箇所だけで、お前の実家程度なら買い取ることができる」
「ふーん……? ……え? えっ?」

 わたしの実家、メロール邸を……ロックの義足だけで……?

「ロックって、嘘が下手よね」
「無知ほど怖いものはないな」
「むっ」

 あとで絶対に暴いてやる。
 鉱石図鑑を見つけてロックの嘘を証明してやるから、待っていなさいよね。

「でも、仮にロックの言っていることが事実だとしたら、どうしてミスリルに拘ったの? 義足を作るだけなら、もっと安く仕上げることもできるでしょう?」

 義足箇所だけでメロール邸に匹敵する場合、少なくとも一年以上は遊んで暮らすことができるはず。だけど、それよりもロックはミスリル製の義足に拘った。

「たとえ足を失ったとしても、俺は冒険者だからな」

 魔人ギルデオルとの死闘の果てに、ロックは左足を失った。今までのように戦うことはできないだろう。だけど、それでもロックは冒険者なのだ。それこそがロックの生きる道ということだ。……でも、

「じゃあどうしてギルドで管を巻いていたのよ」
「あれは……、なかなか痛いところを突くじゃないか」

 頬を指で掻き、視線を逸らす。ロックにしては珍しい仕草だ。

「……実は、冒険者証を剥奪されたんだ」
「剥奪? え、それも嘘よね?」
「本当だ。あと言っておくがさっきのも事実だからな」

 アレクを殺めた罪により、ロックは帝国領土でお尋ね者になっている。
 王国に戻ったあとも、帝国側からロックを引き渡せとの声が上がったらしい。

 しかし、王国側はそれを拒否した。
 仮にもロックはモルドーランの英雄だ。しかも帝国の王子を一人亡き者にしたとなれば、王国側も気分がいい。

 とはいえ、何も処罰しなければ、帝国に大義名分を与えることになる。
 負けるつもりは毛頭ないが、消耗戦は必至だ。

 では、どうすべきか。

「……それで、冒険者証を剥奪されたのね」
「情けない話だがな」

 冒険者証が無ければ、ギルドで依頼を受けることはできないし、どれだけたくさんの魔物を倒したとしても、ギルドは魔石や素材を買い取ってくれない。
 闇市や個人店で売るにしても、冒険者証があるとないとでは買い取り額が大きく変化し、二束三文で買い叩かれてしまう。

 結果、ロックは生活費を稼ぐこともままならなくなり、やる気を失くしていたのだ。

「……だからまあ、お前には感謝もしているんだ。もう一度、冒険者としてやっていく気にさせてくれたからな」
「つまり、わたしのおかげってことね?」
「一言多いんだよ、お前は」

 偉そうに胸を張ると、すかさずロックが指摘する。
 そしてわたしは笑った。

「……あ、でも、ロックって帝国ではお尋ね者なのよね? だとしたら、帝国入りするのはマズい気がするのだけど……」

 帝国で新たな冒険者証を作ることはおろか、日常生活を送ることも無理な気がする。
 でもロックは肩を竦めて首を横に振った。

「お前にはまだ言ってなかったな」

 ロックはわたしと目を合わせると、驚くことを口にする。

「俺たちの行く先はヴァントレア帝国ではない。モルドーランの西に位置する国――フォルトナ共和国だ」
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