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【8】彼にだけ『溺愛』スキルが効きません

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 王都の外に出たことがないだけであって、城下町を散策したことは幾らでもある。
 それこそ学校帰りに学友と喫茶に足を運び、お茶して帰るのは日課の一つだった。

 でも、「そこ」に入ったことはなかった。

「……ここが、冒険者ギルドね」

 夜の城下町を暫く歩くと、目的地に到着する。
 そこは冒険者ギルドだ。

 建物の前で立ち止まり、緊張しながらも息を整える。
 そんなわたしの目の前を、冒険者と思しき人たちが何人も出入りしていた。

 彼らの一員になるべく、わたしは意を決する。
 扉を開けて、建物の中へと足を踏み入れた。

「すごい……」

 そこはまるで別世界だった。
 ギルドにいるほとんどの人が冒険者で、わたしの日課と同じように王都の外に出て、魔物を倒している。
 そう考えると、彼らがとても凄い人たちのように思えてくる。

「ん? もしや貴方は、エリック王子の……」

 わたしの姿を目にして、男性が一人近づいてくる。
 その男性にわたしは見覚えがあった。彼は確か凱旋パーティーに招かれていた人だったはず。

「こんなむさ苦しい場所にお一人で来られたんですかね?」
「ちょっと、兄貴。むさ苦しいってなによ? あたしみたいに綺麗な女性もいるってことを忘れないでよね」
「姉ちゃん、それこそ何言ってんだよ。おいらたちが貴族様の前で畏まったって意味ねえってば」

 彼らは、魔人討伐を果たした冒険者一行の面々だ。
 上からビビデ、バビデ、そしてブーと、三兄弟だと言っていた。

 わたしの『溺愛』のおかげか、他の冒険者の方やギルド職員の人たちも集まってきて、みんながみんな優しくしてくれる。

 だけど、ここでも一人だけ例外がいた。

「子供は寝る時間だ。さっさと家に帰れよ」

 冷たい言葉を吐いたのは、モルドーランの英雄――ロック・クオールだ。
 わたしとは三つしか歳が変わらないのに、子供扱いしないでほしい。もちろん、文句は口にしなかったけど、内心では気分が悪かった。

 それもそのはず、わたしは彼と出会うまでの人生の中で、ただの一度でさえ、酷い扱いをされたことがなかったからだ。

 つまり、魔人討伐を果たしたモルドーランの英雄に対し、ムッとしたのだ。

「ふうん? そんなことを言うのなら、貴方がわたしを家まで送り届けてくれるのよね?」
「……は? どうして俺が顔も知らない子供を家まで送る必要があるんだ」
「もう忘れたの? 貴方とわたし、ついさっき顔を合わせたはずだけど」
「興味が無いからな」
「っ」

 面と向かって興味が無いとまで言われたのは、これが初めてだ。
 冷たくあしらわれたことはもちろん、わたしは自尊心を傷付けられた気がして、いつの間にか険しい表情を作り込んでいた。

「ロック、彼女は王子の婚約者だぜ。ご指名されたんだから、しっかりと依頼をこなせよ」
「……ビビデ、これはギルドの依頼とは違うぞ」
「それでしたら……!」

 わたしたちの会話に割って入ったのは、ギルド職員の人だった。
 冒険者ギルドからの依頼という形で、わたしをメロール邸まで送り届けてほしいと、彼にお願いしていた。

 面倒くさそうな顔をしていたけど、ギルドから報酬が出ることを聞いた彼は、ため息を吐きながらも了承した。

「よかったな、帰り道で迷子にならなくて」
「失礼な方ね。王都のことはわたしの方がきっと詳しいはずよ」
「違いない」

 わたしが反論すると、彼はそう言って肩を竦めた。
 彼らが行動するのは、主に王都の外だから、否定しなかったのだろう。

 結局、その日は彼に送ってもらうことになった。
 メロール邸に着くまでの道中、色々と話しかけてみたけど、最初から最後までずっと素っ気なかった。

「これに懲りたら家出なんてするんじゃないぞ」
「貴方って本当に失礼な方よね。これは家出じゃなくて冒険よ」
「冒険がしたいなら、まずはギルドで申請するところから始めるんだな」

 それだけ言い残し、彼は来た道を戻っていく。
 その背中を見送りながらも、わたしは頭を悩ませる。どうして彼にだけ『溺愛』が効かないのだろうか……と。
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