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【1】形だけの婚約破棄……ですか?
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「はぁ……」
ため息が出る。
憂鬱な気分が止まらない。
今日もまた、エリック様に呼び出されてしまった。
目を合わせれば、開口一番「メル! 今日のきみも実に美しい!」と言ってくるし、二人でお茶をするだけでも「あぁ、僕はきみが飲むお茶になりたいよ……」と意味不明なことを囁いてくるし、いつもいつでも反応に困ってしまう。
だけど、逃げることは許されない。
エリック様は、モルドーラン王国の第二王子で……わたしの婚約相手なのだから。
彼の全てを受け入れること。
そして彼が望むわたしであり続けること。
それこそが、エリック様の未来の妻に与えられた使命であり、つまりわたしが我慢しなければならないことだった。
「……そろそろ時間ね」
二度目のため息を吐く。
一度決まってしまったことを、今更変えることはできない。
わたしは籠の中の鳥だ。
大人しく、ただ大人しく、エリック様の言葉に耳を傾け、期待通りの振舞いをし続けるだけ。……と、思っていた。
今日、このときまでは……。
「メル・メロール!」
エリック様がわたしの許を訪ねてきた。
そしていつものように名前を呼ぶ。けれども、今日は何かが違っていた。
「き、きみとの婚約を……破棄させてもらう!」
「……エリック様。今なんと仰いましたか」
わたしの聞き間違いだろうか。
そう思って、わたしはエリック様に訊ねてみる。すると、体をわなわなと震わせながら、エリック様は声を絞り出す。
「だっ、だから……メル、きみとの婚約を破棄……すると言ったのだ」
どうやら聞き間違いではないらしい。
わたしは目を輝かせた。
まさか、エリック様の方から婚約破棄を申し出てくれるだなんて、夢にも思わなかった。
断る理由などない。エリック様の言う通りにしよう。
「よろこん……」
「だが!」
喜んで、とお伝えする前に、エリック様が声を上げた。
わたしの目をじっと見て、口元をだらしなく緩めて、けれどもまた引き締め直して、話の続きをわたしに聞かせる。
「だが、何も案ずることはない。これは……そう、これは形だけの婚約破棄!」
「……形だけの婚約破棄、ですか?」
「ああ、その通り! 諸事情により、一旦きみとの婚約を破棄しなければならなくなった! しかしきみへの愛が途切れるわけではない! 未来永劫あり得ないことを今ここに誓う!」
何を言っているのだろう、と思った。
わたしの耳がおかしくなったのか。……いや、違う。
エリック様がおかしくなったのだ。
……いいえ、それも違う。
だって、エリック様はわたしと出会ったときからずっとおかしかったから。
その理由は、ただ一つ。
わたしが産まれながらに持っている特別な能力……スキルが原因だ。
「だから、メル! 我が兄を亡き者にし、王位継承権を手中にしたあかつきには……もう一度、きみに結婚を申し込ませてほしい!」
――『溺愛』。
わたしと目を合わせた人は、例外なくわたしを溺愛したくてたまらなくなる。
「これはきっと、長い道のりになるだろう! しかしだ、たとえそうだとしても、きみは僕のことを待ち続けてくれるかい?」
その台詞や、わたしへの想い。
それら全ては、エリック様の意思によるものではない。
『溺愛』の影響下にあるからこそ、エリック様はわたしのことを好きになり、婚約相手として選んだだけのこと。
わたしは何も嬉しくない。
だからこそ、わたしはエリック様と目を合わせたまま、いつも通りの笑みを浮かべて、期待通りの言葉を返す。
わたしを溺愛してくださる殿方の期待を、決して裏切らないために……。
「……ええ、喜んで」
ため息が出る。
憂鬱な気分が止まらない。
今日もまた、エリック様に呼び出されてしまった。
目を合わせれば、開口一番「メル! 今日のきみも実に美しい!」と言ってくるし、二人でお茶をするだけでも「あぁ、僕はきみが飲むお茶になりたいよ……」と意味不明なことを囁いてくるし、いつもいつでも反応に困ってしまう。
だけど、逃げることは許されない。
エリック様は、モルドーラン王国の第二王子で……わたしの婚約相手なのだから。
彼の全てを受け入れること。
そして彼が望むわたしであり続けること。
それこそが、エリック様の未来の妻に与えられた使命であり、つまりわたしが我慢しなければならないことだった。
「……そろそろ時間ね」
二度目のため息を吐く。
一度決まってしまったことを、今更変えることはできない。
わたしは籠の中の鳥だ。
大人しく、ただ大人しく、エリック様の言葉に耳を傾け、期待通りの振舞いをし続けるだけ。……と、思っていた。
今日、このときまでは……。
「メル・メロール!」
エリック様がわたしの許を訪ねてきた。
そしていつものように名前を呼ぶ。けれども、今日は何かが違っていた。
「き、きみとの婚約を……破棄させてもらう!」
「……エリック様。今なんと仰いましたか」
わたしの聞き間違いだろうか。
そう思って、わたしはエリック様に訊ねてみる。すると、体をわなわなと震わせながら、エリック様は声を絞り出す。
「だっ、だから……メル、きみとの婚約を破棄……すると言ったのだ」
どうやら聞き間違いではないらしい。
わたしは目を輝かせた。
まさか、エリック様の方から婚約破棄を申し出てくれるだなんて、夢にも思わなかった。
断る理由などない。エリック様の言う通りにしよう。
「よろこん……」
「だが!」
喜んで、とお伝えする前に、エリック様が声を上げた。
わたしの目をじっと見て、口元をだらしなく緩めて、けれどもまた引き締め直して、話の続きをわたしに聞かせる。
「だが、何も案ずることはない。これは……そう、これは形だけの婚約破棄!」
「……形だけの婚約破棄、ですか?」
「ああ、その通り! 諸事情により、一旦きみとの婚約を破棄しなければならなくなった! しかしきみへの愛が途切れるわけではない! 未来永劫あり得ないことを今ここに誓う!」
何を言っているのだろう、と思った。
わたしの耳がおかしくなったのか。……いや、違う。
エリック様がおかしくなったのだ。
……いいえ、それも違う。
だって、エリック様はわたしと出会ったときからずっとおかしかったから。
その理由は、ただ一つ。
わたしが産まれながらに持っている特別な能力……スキルが原因だ。
「だから、メル! 我が兄を亡き者にし、王位継承権を手中にしたあかつきには……もう一度、きみに結婚を申し込ませてほしい!」
――『溺愛』。
わたしと目を合わせた人は、例外なくわたしを溺愛したくてたまらなくなる。
「これはきっと、長い道のりになるだろう! しかしだ、たとえそうだとしても、きみは僕のことを待ち続けてくれるかい?」
その台詞や、わたしへの想い。
それら全ては、エリック様の意思によるものではない。
『溺愛』の影響下にあるからこそ、エリック様はわたしのことを好きになり、婚約相手として選んだだけのこと。
わたしは何も嬉しくない。
だからこそ、わたしはエリック様と目を合わせたまま、いつも通りの笑みを浮かべて、期待通りの言葉を返す。
わたしを溺愛してくださる殿方の期待を、決して裏切らないために……。
「……ええ、喜んで」
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