5 / 66
【5】目を付けられてしまいました
しおりを挟む
「……なんだって?」
あたしの呼びかけに、アンが眉を寄せる。
それもそのはず、ついて行くなと言ったのだから当然だ。
「おいおい、急にどうしたんだよ? やっぱり頭を強く打ち過ぎたのか?」
「いや、そうじゃなくて! えっと、その……」
「……なあ、レミーゼ様の話はしただろ? 心配する必要はないって……な?」
様子がおかしいと感じたのだろう。アンは再びあたしの傍に近寄り、顔を合わせて優しく告げる。ドゥは不安そうな顔であたしを見ていた。
ローテルハルクの領内において、聖女として慕われる存在のレミーゼが、自分たちに救いの手を差し伸べてくれたのだ。これを断る理由など、万に一つもあり得ない。
誰に聞いたって、ついて行くに決まっている。
このあたしを除いて……。
言いたいことを言えないもどかしさに、あたしは顔をしかめる。どうすればいいのかと困ってしまう。
もし、ここが【ラビリンス】の設定と同じ場合、レミーゼは奴隷拷問が趣味の拷問令嬢だから……なんてことを伝えたら、それこそ大ひんしゅくを買うだろう。
でも、言わなければアンが連れて行かれてしまう。それだけは阻止しなければ……。
時間だけが過ぎる中、あたしと同じように思考を巡らせる人物がいることに気付いた。その人物は目を細め、あたしを値踏みするような視線を向けていた。
それはもちろん、レミーゼ・ローテルハルクだ。
目が合うと、レミーゼはすぐに笑顔を浮かべる。そして「貴女、お名前は……?」と訊ねてきた。
「……トロアです」
さすがに本名を言うわけにもいかず、あたしは一先ずこの体の持ち主であるトロアの名を借りることにした。
「そう、トロアさんと言うのね……?」
じっくりと、それこそ頭の天辺から足の爪先まで、レミーゼはあたしを観察する。
あんなことを言ってしまったのだから、怪しまれても仕方あるまい。すると、
「トロアさん。わたくしのことを信用していただけないのは、不徳の致すところとしか言いようがありませんわ」
信用してもらえないことを怒るのではなく、逆に残念そうな表情を作ってみせる。
「……貴女方の罪状については、監守から教えていただきました。路上生活に苦しみ、スリをせざるを得なかった……そうなのでしょう?」
問われるが、あたしは頷くことができない。
その代わりに、アンとドゥが首を縦に振って応える。
「我がローテルハルク領は、居心地が良く、住みやすいところだと思われています。ですが、皆が同じとは限りません……。現に今、わたくしと言葉を交わす貴女方が居るのですから」
レミーゼが、あたしの手を掴む。
決して離さないぞと、その手には力が込められている。
「本来、犯す必要のなかった罪……それを重ね続けなければならない環境が、領内にはあります。それを知りつつも、未だに変えることのできない自分が情けなくて……それはもう、我が公爵家の恥としか言いようがありませんわ」
レミーゼが涙ながらに吐露する。
だが、その瞳は今もあたしの様子を窺っているように見える。
「――ですが、良い案があります」
そしてすぐ、レミーゼは顔を明るくさせた。
「トロアさん。貴女が抱く不安はごもっともだと思います。ですので、そんな貴女に信用していただくには、まずは貴女をここから連れ出すべきだと、わたくしは結論付けました」
「あ、あたしを……ですか?」
「ええ、貴女を」
ニコリと微笑み、レミーゼが肯定する。
断ることは許さないぞと、言葉とは異なる圧力を感じる。
「でも、本当にあたしでいいんですか?」
どうやらあたしは、レミーゼの興味を引いてしまったらしい。
最初の標的はアンだったが、あたしに目を付け、獲物を変えることにしたのだろう。
「良かったな!」
「っ、……アン。ごめんなさい」
あたしの頭をアンが撫でる。
レミーゼの裏の顔を、アンは何一つ知らない。だから、外に出るのを横取りされたと思われてもおかしくはない。
でも、アンは自分のことのように喜び、頬を緩ませている。そしてそれはドゥも同じだ。
この二人の姿を見て、あたしはアン・ドゥ・トロアの三姉妹が、本当に仲が良かったのだと改めて思った。
すると、あたしたちのやり取りを見ていたレミーゼが「大丈夫よ、心配しなくてもいいの」と口を挟む。
「貴女方は三人で一つ……そうでしょう? だから先ほども言ったように、一人ずつ順番にここから連れ出せるように動きますから、少しだけ辛抱してちょうだいね?」
一度は疑ったあたしを、決して見放すようなことはせずに、手を差し伸べ続けてくれた。そしてアンとドゥを救うと約束する。
レミーゼの言葉は聖女の言葉に等しいと思ってしまうことだろう。
もちろん、それが嘘だと分かっているのは、あたしだけだ。
アンとドゥは、まんまとレミーゼの嘘に騙されてしまい、安心し切っている。
その結果、あたしはアンの代わりに牢の外に出ることが決まった……。
「トロアさん。外に出る前に一度、【隷属】を発動するわね。……心の準備はいいかしら?」
「……はい。いつでもどうぞ」
二十センチほどの杖を出し、レミーゼが優しく笑いかけてくる。
でも、あたしから見たその顔は……その目は、全く笑っているようには見えなかった。
あたしの呼びかけに、アンが眉を寄せる。
それもそのはず、ついて行くなと言ったのだから当然だ。
「おいおい、急にどうしたんだよ? やっぱり頭を強く打ち過ぎたのか?」
「いや、そうじゃなくて! えっと、その……」
「……なあ、レミーゼ様の話はしただろ? 心配する必要はないって……な?」
様子がおかしいと感じたのだろう。アンは再びあたしの傍に近寄り、顔を合わせて優しく告げる。ドゥは不安そうな顔であたしを見ていた。
ローテルハルクの領内において、聖女として慕われる存在のレミーゼが、自分たちに救いの手を差し伸べてくれたのだ。これを断る理由など、万に一つもあり得ない。
誰に聞いたって、ついて行くに決まっている。
このあたしを除いて……。
言いたいことを言えないもどかしさに、あたしは顔をしかめる。どうすればいいのかと困ってしまう。
もし、ここが【ラビリンス】の設定と同じ場合、レミーゼは奴隷拷問が趣味の拷問令嬢だから……なんてことを伝えたら、それこそ大ひんしゅくを買うだろう。
でも、言わなければアンが連れて行かれてしまう。それだけは阻止しなければ……。
時間だけが過ぎる中、あたしと同じように思考を巡らせる人物がいることに気付いた。その人物は目を細め、あたしを値踏みするような視線を向けていた。
それはもちろん、レミーゼ・ローテルハルクだ。
目が合うと、レミーゼはすぐに笑顔を浮かべる。そして「貴女、お名前は……?」と訊ねてきた。
「……トロアです」
さすがに本名を言うわけにもいかず、あたしは一先ずこの体の持ち主であるトロアの名を借りることにした。
「そう、トロアさんと言うのね……?」
じっくりと、それこそ頭の天辺から足の爪先まで、レミーゼはあたしを観察する。
あんなことを言ってしまったのだから、怪しまれても仕方あるまい。すると、
「トロアさん。わたくしのことを信用していただけないのは、不徳の致すところとしか言いようがありませんわ」
信用してもらえないことを怒るのではなく、逆に残念そうな表情を作ってみせる。
「……貴女方の罪状については、監守から教えていただきました。路上生活に苦しみ、スリをせざるを得なかった……そうなのでしょう?」
問われるが、あたしは頷くことができない。
その代わりに、アンとドゥが首を縦に振って応える。
「我がローテルハルク領は、居心地が良く、住みやすいところだと思われています。ですが、皆が同じとは限りません……。現に今、わたくしと言葉を交わす貴女方が居るのですから」
レミーゼが、あたしの手を掴む。
決して離さないぞと、その手には力が込められている。
「本来、犯す必要のなかった罪……それを重ね続けなければならない環境が、領内にはあります。それを知りつつも、未だに変えることのできない自分が情けなくて……それはもう、我が公爵家の恥としか言いようがありませんわ」
レミーゼが涙ながらに吐露する。
だが、その瞳は今もあたしの様子を窺っているように見える。
「――ですが、良い案があります」
そしてすぐ、レミーゼは顔を明るくさせた。
「トロアさん。貴女が抱く不安はごもっともだと思います。ですので、そんな貴女に信用していただくには、まずは貴女をここから連れ出すべきだと、わたくしは結論付けました」
「あ、あたしを……ですか?」
「ええ、貴女を」
ニコリと微笑み、レミーゼが肯定する。
断ることは許さないぞと、言葉とは異なる圧力を感じる。
「でも、本当にあたしでいいんですか?」
どうやらあたしは、レミーゼの興味を引いてしまったらしい。
最初の標的はアンだったが、あたしに目を付け、獲物を変えることにしたのだろう。
「良かったな!」
「っ、……アン。ごめんなさい」
あたしの頭をアンが撫でる。
レミーゼの裏の顔を、アンは何一つ知らない。だから、外に出るのを横取りされたと思われてもおかしくはない。
でも、アンは自分のことのように喜び、頬を緩ませている。そしてそれはドゥも同じだ。
この二人の姿を見て、あたしはアン・ドゥ・トロアの三姉妹が、本当に仲が良かったのだと改めて思った。
すると、あたしたちのやり取りを見ていたレミーゼが「大丈夫よ、心配しなくてもいいの」と口を挟む。
「貴女方は三人で一つ……そうでしょう? だから先ほども言ったように、一人ずつ順番にここから連れ出せるように動きますから、少しだけ辛抱してちょうだいね?」
一度は疑ったあたしを、決して見放すようなことはせずに、手を差し伸べ続けてくれた。そしてアンとドゥを救うと約束する。
レミーゼの言葉は聖女の言葉に等しいと思ってしまうことだろう。
もちろん、それが嘘だと分かっているのは、あたしだけだ。
アンとドゥは、まんまとレミーゼの嘘に騙されてしまい、安心し切っている。
その結果、あたしはアンの代わりに牢の外に出ることが決まった……。
「トロアさん。外に出る前に一度、【隷属】を発動するわね。……心の準備はいいかしら?」
「……はい。いつでもどうぞ」
二十センチほどの杖を出し、レミーゼが優しく笑いかけてくる。
でも、あたしから見たその顔は……その目は、全く笑っているようには見えなかった。
0
お気に入りに追加
70
あなたにおすすめの小説
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます
下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。
【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。
三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。
それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。
頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。
短編恋愛になってます。
醜い傷ありと蔑まれてきた私の顔に刻まれていたのは、選ばれし者の証である聖痕でした。今更、態度を改められても許せません。
木山楽斗
恋愛
エルーナの顔には、生まれつき大きな痣がある。
その痣のせいで、彼女は醜い傷ありと蔑まれて生きてきた。父親や姉達から嫌われて、婚約者からは婚約破棄されて、彼女は、痣のせいで色々と辛い人生を送っていたのである。
ある時、彼女の痣に関してとある事実が判明した。
彼女の痣は、聖痕と呼ばれる選ばれし者の証だったのだ。
その事実が判明して、彼女の周囲の人々の態度は変わった。父親や姉達からは媚を売られて、元婚約者からは復縁を迫られて、今までの態度とは正反対の態度を取ってきたのだ。
流石に、エルーナもその態度は頭にきた。
今更、態度を改めても許せない。それが彼女の素直な気持ちだったのだ。
※5話目の投稿で、間違って別の作品の5話を投稿してしまいました。申し訳ありませんでした。既に修正済みです。
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
不機嫌な悪役令嬢〜王子は最強の悪役令嬢を溺愛する?〜
晴行
恋愛
乙女ゲームの貴族令嬢リリアーナに転生したわたしは、大きな屋敷の小さな部屋の中で窓のそばに腰掛けてため息ばかり。
見目麗しく深窓の令嬢なんて噂されるほどには容姿が優れているらしいけど、わたしは知っている。
これは主人公であるアリシアの物語。
わたしはその当て馬にされるだけの、悪役令嬢リリアーナでしかない。
窓の外を眺めて、次の転生は鳥になりたいと真剣に考えているの。
「つまらないわ」
わたしはいつも不機嫌。
どんなに努力しても運命が変えられないのなら、わたしがこの世界に転生した意味がない。
あーあ、もうやめた。
なにか他のことをしよう。お料理とか、お裁縫とか、魔法がある世界だからそれを勉強してもいいわ。
このお屋敷にはなんでも揃っていますし、わたしには才能がありますもの。
仕方がないので、ゲームのストーリーが始まるまで悪役令嬢らしく不機嫌に日々を過ごしましょう。
__それもカイル王子に裏切られて婚約を破棄され、大きな屋敷も貴族の称号もすべてを失い終わりなのだけど。
頑張ったことが全部無駄になるなんて、ほんとうにつまらないわ。
の、はずだったのだけれど。
アリシアが現れても、王子は彼女に興味がない様子。
ストーリーがなかなか始まらない。
これじゃ二人の仲を引き裂く悪役令嬢になれないわ。
カイル王子、間違ってます。わたしはアリシアではないですよ。いつもツンとしている?
それは当たり前です。貴方こそなぜわたしの家にやってくるのですか?
わたしの料理が食べたい? そんなのアリシアに作らせればいいでしょう?
毎日つくれ? ふざけるな。
……カイル王子、そろそろ帰ってくれません?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる