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閑話2
誤解と疑念と、焦燥と
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「失礼しますわ」
と彼女が部屋を出て行くのを、なかばうっとりして見送ったのはつい先ほどだというのに、駆け込んできた老侍従長の言葉に私は耳をうたがった。
「ウィリアム殿下が、ご乱心あそばしました!グレアム令嬢を拐かし、後宮の一室へ立て籠られまして…」
ヒイヒイいいながら、爺さんは私の顔を見上げている。普段は絶対にそんな不躾なまねはしない王宮の侍従長が、だ。
余程恐ろしい表情をしているのかな。顔をひとなでして、もう一度ドアを見た。やはり、行くべきだろう。リディア・ハミルトンの事件以来ずっと帯刀しているから、立ち上がった際にガチャリと柄が鳴って、爺さんはヒッ、と声をあげた。
「心配いらない。王宮で刃傷沙汰は二度と起こさないよ」
と声をかけてやると、爺さんははげしくうなづいた。
まあ、イライザさえ無事なら、というのは付け加えずにおいた。もしイライザになにかあれば、私は大陸へわたってでもアリーナ・フェニックスにおなじだけの苦しみを与えるだろう。無論ウィリアムの目の前で。
ちょっと最近自分でも意外なほど物騒な考えが浮かぶのは、イライザのあの奇妙な距離感が原因だろうとは、わかっている。
子供時代を無理やり終了させるような、あの園遊会の日の馬車での言葉から此の方、彼女はもう随分と変わってしまった。一方こちらは馬鹿みたいに子供のころと変わらない彼女の愛情を、いや、あの頃は鬱陶しくも感じていたそれを、僅かでも感じられないかと彼女の周りをウロウロしてしまう。
何より私を狂わせているのは、彼女が私の手をけして拒まないことだ。口では私を突き放すようにしながらも、私がその手をとると、寄り添うようにしてくる。それが、より一層私を混乱させるのだ。
変えたのはアリーナ・フェニックスだろうか?或いは幾つも起きた身の毛もよだつような、事件からだろうか。それとももしや、彼女の周りの…例えばマクシミリアンや、ユリウス、いや、まさかあの近衛騎士か?
誰にせよ、もしイライザを苦しめる奴ならこの手で倍の苦しみを与えてやりたい。私の何を失ってでも。
動きやすいよう履いている軍靴の靴音も高く、私は大股で後宮へと向かう。刃傷沙汰にはしない、と約束した手前、乗馬用の鞭を手にして足早に。
その様子を、侍従や侍女が何事かと見ては、慌てて引っ込んでゆく。そんなに怖い顔をしているだろうか?イライザに見られぬよう、気を付けなくては。
と彼女が部屋を出て行くのを、なかばうっとりして見送ったのはつい先ほどだというのに、駆け込んできた老侍従長の言葉に私は耳をうたがった。
「ウィリアム殿下が、ご乱心あそばしました!グレアム令嬢を拐かし、後宮の一室へ立て籠られまして…」
ヒイヒイいいながら、爺さんは私の顔を見上げている。普段は絶対にそんな不躾なまねはしない王宮の侍従長が、だ。
余程恐ろしい表情をしているのかな。顔をひとなでして、もう一度ドアを見た。やはり、行くべきだろう。リディア・ハミルトンの事件以来ずっと帯刀しているから、立ち上がった際にガチャリと柄が鳴って、爺さんはヒッ、と声をあげた。
「心配いらない。王宮で刃傷沙汰は二度と起こさないよ」
と声をかけてやると、爺さんははげしくうなづいた。
まあ、イライザさえ無事なら、というのは付け加えずにおいた。もしイライザになにかあれば、私は大陸へわたってでもアリーナ・フェニックスにおなじだけの苦しみを与えるだろう。無論ウィリアムの目の前で。
ちょっと最近自分でも意外なほど物騒な考えが浮かぶのは、イライザのあの奇妙な距離感が原因だろうとは、わかっている。
子供時代を無理やり終了させるような、あの園遊会の日の馬車での言葉から此の方、彼女はもう随分と変わってしまった。一方こちらは馬鹿みたいに子供のころと変わらない彼女の愛情を、いや、あの頃は鬱陶しくも感じていたそれを、僅かでも感じられないかと彼女の周りをウロウロしてしまう。
何より私を狂わせているのは、彼女が私の手をけして拒まないことだ。口では私を突き放すようにしながらも、私がその手をとると、寄り添うようにしてくる。それが、より一層私を混乱させるのだ。
変えたのはアリーナ・フェニックスだろうか?或いは幾つも起きた身の毛もよだつような、事件からだろうか。それとももしや、彼女の周りの…例えばマクシミリアンや、ユリウス、いや、まさかあの近衛騎士か?
誰にせよ、もしイライザを苦しめる奴ならこの手で倍の苦しみを与えてやりたい。私の何を失ってでも。
動きやすいよう履いている軍靴の靴音も高く、私は大股で後宮へと向かう。刃傷沙汰にはしない、と約束した手前、乗馬用の鞭を手にして足早に。
その様子を、侍従や侍女が何事かと見ては、慌てて引っ込んでゆく。そんなに怖い顔をしているだろうか?イライザに見られぬよう、気を付けなくては。
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