上 下
44 / 53
閑話2

誤解と疑念と、焦燥と

しおりを挟む
「失礼しますわ」
と彼女が部屋を出て行くのを、なかばうっとりして見送ったのはつい先ほどだというのに、駆け込んできた老侍従長の言葉に私は耳をうたがった。

「ウィリアム殿下が、ご乱心あそばしました!グレアム令嬢を拐かし、後宮の一室へ立て籠られまして…」
ヒイヒイいいながら、爺さんは私の顔を見上げている。普段は絶対にそんな不躾なまねはしない王宮の侍従長が、だ。

余程恐ろしい表情をしているのかな。顔をひとなでして、もう一度ドアを見た。やはり、行くべきだろう。リディア・ハミルトンの事件以来ずっと帯刀しているから、立ち上がった際にガチャリと柄が鳴って、爺さんはヒッ、と声をあげた。

「心配いらない。王宮で刃傷沙汰は二度と起こさないよ」
と声をかけてやると、爺さんははげしくうなづいた。


まあ、イライザさえ無事なら、というのは付け加えずにおいた。もしイライザになにかあれば、私は大陸へわたってでもアリーナ・フェニックスにおなじだけの苦しみを与えるだろう。無論ウィリアムの目の前で。

ちょっと最近自分でも意外なほど物騒な考えが浮かぶのは、イライザのあの奇妙な距離感が原因だろうとは、わかっている。

子供時代を無理やり終了させるような、あの園遊会の日の馬車での言葉から此の方、彼女はもう随分と変わってしまった。一方こちらは馬鹿みたいに子供のころと変わらない彼女の愛情を、いや、あの頃は鬱陶しくも感じていたそれを、僅かでも感じられないかと彼女の周りをウロウロしてしまう。

何より私を狂わせているのは、彼女が私の手をけして拒まないことだ。口では私を突き放すようにしながらも、私がその手をとると、寄り添うようにしてくる。それが、より一層私を混乱させるのだ。


変えたのはアリーナ・フェニックスだろうか?或いは幾つも起きた身の毛もよだつような、事件からだろうか。それとももしや、彼女の周りの…例えばマクシミリアンや、ユリウス、いや、まさかあの近衛騎士か?


誰にせよ、もしイライザを苦しめる奴ならこの手で倍の苦しみを与えてやりたい。私の何を失ってでも。


動きやすいよう履いている軍靴の靴音も高く、私は大股で後宮へと向かう。刃傷沙汰にはしない、と約束した手前、乗馬用の鞭を手にして足早に。


その様子を、侍従や侍女が何事かと見ては、慌てて引っ込んでゆく。そんなに怖い顔をしているだろうか?イライザに見られぬよう、気を付けなくては。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢によればこの世界は乙女ゲームの世界らしい

斯波
ファンタジー
ブラック企業を辞退した私が卒業後に手に入れたのは無職の称号だった。不服そうな親の目から逃れるべく、喫茶店でパート情報を探そうとしたが暴走トラックに轢かれて人生を終えた――かと思ったら村人達に恐れられ、軟禁されている10歳の少女に転生していた。どうやら少女の強大すぎる魔法は村人達の恐怖の対象となったらしい。村人の気持ちも分からなくはないが、二度目の人生を小屋での軟禁生活で終わらせるつもりは毛頭ないので、逃げることにした。だが私には強すぎるステータスと『ポイント交換システム』がある!拠点をテントに決め、日々魔物を狩りながら自由気ままな冒険者を続けてたのだが……。 ※1.恋愛要素を含みますが、出てくるのが遅いのでご注意ください。 ※2.『悪役令嬢に転生したので断罪エンドまでぐーたら過ごしたい 王子がスパルタとか聞いてないんですけど!?』と同じ世界観・時間軸のお話ですが、こちらだけでもお楽しみいただけます。

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます

みなみ抄花
ファンタジー
前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。 女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。 勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。

邪神討伐後、異世界から追放された勇者は地球でスローライフを謳歌する ~邪神が復活したから戻って来いと言われても、今さらもう遅い~

八又ナガト
ファンタジー
「邪神を討伐した今、邪神をも超える勇者という存在は、民にとって新たなる恐怖を生み出すだけ。よって勇者アルスをこの世界から追放する!」  邪神討伐後、王都に帰還したアルスに待ち受けていたのは、アルスを異世界に追放するというふざけた宣告だった。  邪神を倒した勇者が、国王以上の権力と名声を持つことを嫌悪したからだ。 「確かに邪神は倒しましたが、あれは時間を経て復活する存在です。私を追放すれば、その時に対処できる人間がいなくなりますよ」 「ぬかせ! 邪神の討伐から復活までは、最低でも200年以上かかるという記録が残っている! 無駄な足掻きは止めろ!」  アルスの訴えもむなしく、王国に伝わる世界間転移魔法によって、アルスは異世界に追放されてしまうことになる。  だが、それでアルスが絶望することはなかった。 「これまではずっと勇者として戦い続けてきた。これからはこの世界で、ゆったりと余生を過ごすことにしよう!」  スローライフを満喫することにしたアルス。  その後、アルスは地球と呼ばれるその世界に住む少女とともに、何一つとして不自由のない幸せな日々を送ることになった。  一方、王国では未曽有の事態が発生していた。  神聖力と呼ばれる、邪悪な存在を消滅させる力を有している勇者がいなくなったことにより、世界のバランスは乱れ、一か月も経たないうちに新たな邪神が生まれようとしていた。  世界は滅亡への道を歩み始めるのだった。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

悪役令嬢の独壇場

あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。 彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。 自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。 正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。 ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。 そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。 あら?これは、何かがおかしいですね。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

モブ系悪役令嬢は人助けに忙しい(完結)

優摘
ファンタジー
※プロローグ以降の各話に題名をつけて、加筆、減筆、修正をしています。(’23.9.11) <内容紹介> ある日目覚めた「私」は、自分が乙女ゲームの意地悪で傲慢な悪役令嬢アリアナになっている事に気付いて愕然とする。 しかもアリアナは第一部のモブ系悪役令嬢!。悪役なのに魔力がゼロの最弱キャラだ。 このままではゲームの第一部で婚約者のディーンに断罪され、学園卒業後にロリコン親父と結婚させられてしまう! 「私」はロリコン回避の為にヒロインや婚約者、乙女ゲームの他の攻略対象と関わらないようにするが、なぜかうまく行かない。 しかもこの乙女ゲームは、未知の第3部まであり、先が読めない事ばかり。 意地悪で傲慢な悪役令嬢から、お人よしで要領の悪い公爵令嬢になったアリアナは、頭脳だけを武器にロリコンから逃げる為に奮闘する。 だけど、アリアナの身体の中にはゲームの知識を持つ「私」以外に本物の「アリアナ」が存在するみたい。 さらに自分と同じ世界の前世を持つ、登場人物も現れる。 しかも超がつく鈍感な「私」は周りからのラブに全く気付かない。 そして「私」とその登場人物がゲーム通りの動きをしないせいか、どんどんストーリーが変化していって・・・。 一年以上かかりましたがようやく完結しました。 また番外編を書きたいと思ってます。 カクヨムさんで加筆修正したものを、少しずつアップしています。

処理中です...