41 / 53
終章ではあるけれど 前編
それらは全て霧のなか
しおりを挟む
その夜、馬車に揺られながら私は街を見下ろしていた。朝霧に光る街を見たことを思い出す。
夜見るとそれは、まるで生き物のようにそこここでピストンが働き、鈍く金色にひかっていて、まるで生き物の心臓のようにもみえて、美しいけれどすこしだけ怖い。
「きっと叱られるわね」
ぽつりと呟くと、ジークフリードは向かいの席から私のほうへ手をのばし、膝においていた私の手をとった。
「私が公爵へ説明をしようか」
いいえ、とわたしは首を振った。昼の間にお父様も出仕してきていたはず。事情を知りながら私をすぐつれ戻さなかったのは、既に大伯父さまからなにか口添えがあったとみていい。でも、
「わたくしのワガママは今にはじまったことじゃありませんもの、叱られても仕方がないのですわ」
そういってまた窓の外を見た。心配してくれる人がいる。そのことを忘れないようにしなくては。
私が断罪されるとしたら、お父様やグレアム家の使用人たちはどうなるのだろう。
なるたけ、ジークフリードとは距離をおいておかなければ。握られたままの手は、ジークフリードの熱を伝えている。でも、このままではいられない。
春までには、私はジークフリードに何らかのかたちで婚約を破棄される。そのときに取り乱したり、不敬があってはいけないのだ。
そっとジークフリードの手から自分の手をひきぬき、胸のまえでくみなおした。
「イライザ、疲れたのか?」
ジークフリードが尋ねるので、曖昧にうなづいておく。
「少し眠るといい、今日は随分大変だっただろう?」
そう言われて、目を閉じた。
眠ったふりをしたつもりが、結局屋敷へついても私は目を覚まさなかったらしい。らしい、というのは、翌朝目を覚ましたときマーサとお父様にめっぽう怒られた際に、そのお説教のなかに
『お怪我なさったばかりの殿下に、あのように運んでいただいて!』
というものがあったからだ。私はまたお姫様抱っこで運んでもらったらしい。残念ながら覚えていないけれど。
とにかく、昨日はとんでもない日だった。なんだか随分疲れてしまったけど、今日もしなくちゃならないことがある。
「マリー、今日は街へ出ます」
そう言うと、私の髪を鋤いていたマリーの手が止まった。
「なにかしら?」
尋ねると、おそるおそる、といったふうにマリーが言う。
「ジークフリードさまから、お嬢様がご無理なさらないよう見張るよう言われております…あの、今日はどちらへ?」
マリーはどうやら私がまたリリープレイズでしたような大立ち回りをする、と思っている様子だった。
育ちのいいマリーには、そんなところへ連れてゆかれるのは恐ろしいのでしょうね…
「心配いらないわよ、家具工房へ新しい筆記机を頼みに行こうかと思って」
マリーはこの私の言葉に、首をかしげた。それからすこし考えて、そうですか、とうなづく。納得してもらえたようね?
別に私自身がなにか事件を起こしてるわけじゃないのだけれど、と、言い訳じみたことを考えつつ着替えを済ませ、馬車を用意させるためにマリーと階下へおりていった。
夜見るとそれは、まるで生き物のようにそこここでピストンが働き、鈍く金色にひかっていて、まるで生き物の心臓のようにもみえて、美しいけれどすこしだけ怖い。
「きっと叱られるわね」
ぽつりと呟くと、ジークフリードは向かいの席から私のほうへ手をのばし、膝においていた私の手をとった。
「私が公爵へ説明をしようか」
いいえ、とわたしは首を振った。昼の間にお父様も出仕してきていたはず。事情を知りながら私をすぐつれ戻さなかったのは、既に大伯父さまからなにか口添えがあったとみていい。でも、
「わたくしのワガママは今にはじまったことじゃありませんもの、叱られても仕方がないのですわ」
そういってまた窓の外を見た。心配してくれる人がいる。そのことを忘れないようにしなくては。
私が断罪されるとしたら、お父様やグレアム家の使用人たちはどうなるのだろう。
なるたけ、ジークフリードとは距離をおいておかなければ。握られたままの手は、ジークフリードの熱を伝えている。でも、このままではいられない。
春までには、私はジークフリードに何らかのかたちで婚約を破棄される。そのときに取り乱したり、不敬があってはいけないのだ。
そっとジークフリードの手から自分の手をひきぬき、胸のまえでくみなおした。
「イライザ、疲れたのか?」
ジークフリードが尋ねるので、曖昧にうなづいておく。
「少し眠るといい、今日は随分大変だっただろう?」
そう言われて、目を閉じた。
眠ったふりをしたつもりが、結局屋敷へついても私は目を覚まさなかったらしい。らしい、というのは、翌朝目を覚ましたときマーサとお父様にめっぽう怒られた際に、そのお説教のなかに
『お怪我なさったばかりの殿下に、あのように運んでいただいて!』
というものがあったからだ。私はまたお姫様抱っこで運んでもらったらしい。残念ながら覚えていないけれど。
とにかく、昨日はとんでもない日だった。なんだか随分疲れてしまったけど、今日もしなくちゃならないことがある。
「マリー、今日は街へ出ます」
そう言うと、私の髪を鋤いていたマリーの手が止まった。
「なにかしら?」
尋ねると、おそるおそる、といったふうにマリーが言う。
「ジークフリードさまから、お嬢様がご無理なさらないよう見張るよう言われております…あの、今日はどちらへ?」
マリーはどうやら私がまたリリープレイズでしたような大立ち回りをする、と思っている様子だった。
育ちのいいマリーには、そんなところへ連れてゆかれるのは恐ろしいのでしょうね…
「心配いらないわよ、家具工房へ新しい筆記机を頼みに行こうかと思って」
マリーはこの私の言葉に、首をかしげた。それからすこし考えて、そうですか、とうなづく。納得してもらえたようね?
別に私自身がなにか事件を起こしてるわけじゃないのだけれど、と、言い訳じみたことを考えつつ着替えを済ませ、馬車を用意させるためにマリーと階下へおりていった。
0
お気に入りに追加
121
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢によればこの世界は乙女ゲームの世界らしい
斯波
ファンタジー
ブラック企業を辞退した私が卒業後に手に入れたのは無職の称号だった。不服そうな親の目から逃れるべく、喫茶店でパート情報を探そうとしたが暴走トラックに轢かれて人生を終えた――かと思ったら村人達に恐れられ、軟禁されている10歳の少女に転生していた。どうやら少女の強大すぎる魔法は村人達の恐怖の対象となったらしい。村人の気持ちも分からなくはないが、二度目の人生を小屋での軟禁生活で終わらせるつもりは毛頭ないので、逃げることにした。だが私には強すぎるステータスと『ポイント交換システム』がある!拠点をテントに決め、日々魔物を狩りながら自由気ままな冒険者を続けてたのだが……。
※1.恋愛要素を含みますが、出てくるのが遅いのでご注意ください。
※2.『悪役令嬢に転生したので断罪エンドまでぐーたら過ごしたい 王子がスパルタとか聞いてないんですけど!?』と同じ世界観・時間軸のお話ですが、こちらだけでもお楽しみいただけます。
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
悪役令嬢になりましたので、自分好みのイケメン近衛騎士団を作ることにしました
葉月キツネ
ファンタジー
目が覚めると昔やり込んだ乙女ゲーム「白銀の騎士物語」の悪役令嬢フランソワになっていた!
本来ならメインヒロインの引き立て役になるはずの私…だけどせっかくこんな乙女ゲームのキャラになれたのなら思うがままにしないと勿体ないわ!
推しを含めたイケメン近衛騎士で私を囲ってもらって第二の人生楽しみます
世界樹の下で
瀬織董李
ファンタジー
神様のうっかりで死んでしまったお詫びに異世界転生した主人公。
念願だった農民生活を満喫していたある日、聖女の代わりに世界樹を救う旅に行けと言われる。
面倒臭いんで、行きたくないです。え?ダメ?……もう、しょうがないなあ……その代わり自重しないでやっちゃうよ?
あれ?もしかしてここ……乙女ゲームの世界なの?
プロット無し、設定行き当たりばったりの上に全てスマホで書いてるので、不定期更新です
糞ゲーと言われた乙女ゲームの悪役令嬢(末席)に生まれ変わったようですが、私は断罪されずに済みました。
メカ喜楽直人
ファンタジー
物心ついた時にはヴァリは前世の記憶を持っていることに気が付いていた。国の名前や自身の家名がちょっとダジャレっぽいなとは思っていたものの特に記憶にあるでなし、中央貴族とは縁もなく、のんきに田舎暮らしを満喫していた。
だが、領地を襲った大嵐により背負った借金のカタとして、准男爵家の嫡男と婚約することになる。
──その時、ようやく気が付いたのだ。自分が神絵師の無駄遣いとして有名なキング・オブ・糞ゲー(乙女ゲーム部門)の世界に生まれ変わっていたことを。
しかも私、ヒロインがもの凄い物好きだったら悪役令嬢になっちゃうんですけど?!
転生したら大好きな乙女ゲームの世界だったけど私は妹ポジでしたので、元気に小姑ムーブを繰り広げます!
つなかん
ファンタジー
なんちゃってヴィクトリア王朝を舞台にした乙女ゲーム、『ネバーランドの花束』の世界に転生!? しかし、そのポジションはヒロインではなく少ししか出番のない元婚約者の妹! これはNTRどころの騒ぎではないんだが!
第一章で殺されるはずの推しを救済してしまったことで、原作の乙女ゲーム展開はまったくなくなってしまい――。
***
黒髪で、魔法を使うことができる唯一の家系、ブラッドリー家。その能力を公共事業に生かし、莫大な富と権力を持っていた。一方、遺伝によってのみ継承する魔力を独占するため、下の兄弟たちは成長速度に制限を加えられる負の側面もあった。陰謀渦巻くパラレル展開へ。
元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます
みなみ抄花
ファンタジー
前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。
女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。
勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。
乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う
ひなクラゲ
ファンタジー
ここは乙女ゲームの世界
悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…
主人公と王子の幸せそうな笑顔で…
でも転生者であるモブは思う
きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる