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令嬢たちは海辺へむかう
プロップテニスと木工職人
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目が覚めたら、病院のベッドだった。
なんてこともなく、私はジークフリードにかかえられて、自室のベッドに寝かされたらしい。らしい、というのは、目が覚めてからまだ2~3日熱が下がらずに朦朧としていたからで、お医者様からは急な運動や強いストレスは避けるよういわれてしまった。
やりたいことがあっても、思うように体が動かないのは辛い…体力があまりにないのだ。体力をつけるには、適度な運動と適度な食事が必要。食事はなるたけ偏食をしないようにすれば問題ないけれど、問題は運動だ。この国では、令嬢ができる運動はさほど多くない。散歩(ランニングではなく)、ダンス、あとは美容体操のようなものだ。馬術や剣術をしたいというと、お父様から唾をとばさんばかりに叱られた。ダメ元でいったのよ、そんなにおこらなくてもいいのに…。
ボクシングとか本格的な格闘技みたいなのは、論外なんだろうな…忘れてしまわないうちに鍛えておきたいのに。
「プロップテニスはどうかしら?」
アリーナが、カフェの店員に会計の合図をしながら言った。
アリーナの家を訪問する、という名目で外出して、私とアリーナは街を見てあるいていた。本来なら私が案内すべきなんだけど、なんせ公爵令嬢は平民の住む街なんてきたことがないものだから、活動的なアリーナのほうがこの街には詳しかった。
「プロップテニス、ですか?」
「あら、しらない?大陸では女性に人気のスポーツよ?素敵なウエアも沢山あるし、この国でも御前試合があるほどだそうよ。私もクラブに入っているの、令嬢も何人か通ってきているのよ」
説明されたけれど、ぼんやりとしたテニス、という響きしか残ってない。
「ここを出たら、クラブの仲間のところへ案内するわ。見習いの工房技師なの」
店員が差し出したトレイへお金を入れながら、アリーナが言う。
「工房技師?男性なの?」
「いいえ、女の子よ、小柄だけど、プロップテニスではけっこう強いわ」
強い?上手いでなくて?よくわからなくなってきた。少々混乱しながら、人混みを掻き分けて路肩にとめてあるアリーナの車に乗り込んだ。
埃っぽい倉庫街をぬけて、アリーナの車は川縁の一件の古い煉瓦の建物についた。
がたつく石作りの歩道をあるき、建物に入っていく。入口の扉には木製の看板は、『ウィンクルマン木工・修理』と彫刻されていた。
「ごめんください、ウィンクルマンさん、ユリアは居ますか?」
アリーナが奥に向かって言うと、奥からかわいい声が聞こえた。
「ウィンクルマンさんはハイランド邸にでかけたの!奥にいるから、はいってきて!」
言われた通りに奥に入っていく。
木工の工房というから、もっとカントリー調なテーブルとか日常使うものを想像していたのだけれど、ちょっと何に使うのかわからないアート作品みたいなものがところ狭しと積まれていて、なかには女神様みたいな半裸の女性の立像や、大きな悪魔の頭らしき壁掛けなどもある。
「アリーナ、いいところにきたわね」
その頭の後ろから顔をだして、小柄で、頬にソバカスのある、かわいらしい黒髪に黒い目の少女が笑った。
「友達も一緒にいいかしら?プロップテニスについて聞きにきたのよ」
私が見えるよう体をひねったアリーナの向こうから、ユリアと呼ばれた少女はこちらをみた。
「ごきげんよう、わたくし、イライザ・グレアムですわ」
「ああー、公爵家のお嬢様ですね!ユリア・マルセルです!」
アリーナが先に話していたのか、ユリアは頷いて近くまできた。かけていたゴーグルをはずして、ほほえんでいる。
「プロップテニスは実際みてもらうのが一番だよ、きがえてくるからよかったらこれでも見てて!なかにキャンディをいれたから」
笑ってユリアは小さな宝石箱のようなものを取り出した。そのまま、私たちの前を通りすぎて奥にはいってゆく。
「まちましょう」
アリーナはそう言って、近くの椅子にかけて先程の箱をいじりはじめた。
美しく掘られた木製の小箱に、顔料で彩色してある。シンプルなつくりで、上の蓋を開けると中には一枚の紙が入っているだけだった。そこには
『わたしをさがして』
と書かれていた。アリーナが首をかしげた。
「キャンディが入ってるって言ってたわよね?この私って、キャンディ?」
私も小箱を受け取り、調べて見る。彫刻してあるのは、リンドウと子鹿で、かわいらしい子鹿の足元には小さな野バラが咲いている。ふと、その野バラが前部分と箱の後ろで少しずれていることに気づいた。
小箱をふると、たしかにことこととなにかしら鳴っている。キャンディはどこだろう?
「仕掛けがあるのね、面白いわ」
声はおさえたけれど、こういうのを見るとわくわくしてしまう。他にヒントはないかしら、と本体を調べる。蓋を開け閉めする蝶番に、あまり見ない特徴があることに気がついた。
少しして、
「その箱はこの国のものではないのよ、幼なじみは国境の警備をしていたの。警備の任期を終えて、国境地帯のお土産にそれを買ってきたんですって。キャンディは取れた?」
私とアリーナが振り返ると、すっきりと髪を結い上げて、動きやすそうな服に着替えたユリアが立っていた。
「いいえ、まだ…」
とアリーナが答えようとするので、先程取り出したキャンディをアリーナとユリアの前に差し出した。
アリーナは驚き、声をあげる。
「どうやったのイライザ!?今の今まで閉まっていたじゃない!」
私がユリアに返した小箱をアリーナはしゃがみこんで見ている。
「種明かしはまた今度ね、今日はプロップテニスを見に行くんでしょう?」
ユリアが先に立って歩きだしたので、わたしもそれに従った。
なんてこともなく、私はジークフリードにかかえられて、自室のベッドに寝かされたらしい。らしい、というのは、目が覚めてからまだ2~3日熱が下がらずに朦朧としていたからで、お医者様からは急な運動や強いストレスは避けるよういわれてしまった。
やりたいことがあっても、思うように体が動かないのは辛い…体力があまりにないのだ。体力をつけるには、適度な運動と適度な食事が必要。食事はなるたけ偏食をしないようにすれば問題ないけれど、問題は運動だ。この国では、令嬢ができる運動はさほど多くない。散歩(ランニングではなく)、ダンス、あとは美容体操のようなものだ。馬術や剣術をしたいというと、お父様から唾をとばさんばかりに叱られた。ダメ元でいったのよ、そんなにおこらなくてもいいのに…。
ボクシングとか本格的な格闘技みたいなのは、論外なんだろうな…忘れてしまわないうちに鍛えておきたいのに。
「プロップテニスはどうかしら?」
アリーナが、カフェの店員に会計の合図をしながら言った。
アリーナの家を訪問する、という名目で外出して、私とアリーナは街を見てあるいていた。本来なら私が案内すべきなんだけど、なんせ公爵令嬢は平民の住む街なんてきたことがないものだから、活動的なアリーナのほうがこの街には詳しかった。
「プロップテニス、ですか?」
「あら、しらない?大陸では女性に人気のスポーツよ?素敵なウエアも沢山あるし、この国でも御前試合があるほどだそうよ。私もクラブに入っているの、令嬢も何人か通ってきているのよ」
説明されたけれど、ぼんやりとしたテニス、という響きしか残ってない。
「ここを出たら、クラブの仲間のところへ案内するわ。見習いの工房技師なの」
店員が差し出したトレイへお金を入れながら、アリーナが言う。
「工房技師?男性なの?」
「いいえ、女の子よ、小柄だけど、プロップテニスではけっこう強いわ」
強い?上手いでなくて?よくわからなくなってきた。少々混乱しながら、人混みを掻き分けて路肩にとめてあるアリーナの車に乗り込んだ。
埃っぽい倉庫街をぬけて、アリーナの車は川縁の一件の古い煉瓦の建物についた。
がたつく石作りの歩道をあるき、建物に入っていく。入口の扉には木製の看板は、『ウィンクルマン木工・修理』と彫刻されていた。
「ごめんください、ウィンクルマンさん、ユリアは居ますか?」
アリーナが奥に向かって言うと、奥からかわいい声が聞こえた。
「ウィンクルマンさんはハイランド邸にでかけたの!奥にいるから、はいってきて!」
言われた通りに奥に入っていく。
木工の工房というから、もっとカントリー調なテーブルとか日常使うものを想像していたのだけれど、ちょっと何に使うのかわからないアート作品みたいなものがところ狭しと積まれていて、なかには女神様みたいな半裸の女性の立像や、大きな悪魔の頭らしき壁掛けなどもある。
「アリーナ、いいところにきたわね」
その頭の後ろから顔をだして、小柄で、頬にソバカスのある、かわいらしい黒髪に黒い目の少女が笑った。
「友達も一緒にいいかしら?プロップテニスについて聞きにきたのよ」
私が見えるよう体をひねったアリーナの向こうから、ユリアと呼ばれた少女はこちらをみた。
「ごきげんよう、わたくし、イライザ・グレアムですわ」
「ああー、公爵家のお嬢様ですね!ユリア・マルセルです!」
アリーナが先に話していたのか、ユリアは頷いて近くまできた。かけていたゴーグルをはずして、ほほえんでいる。
「プロップテニスは実際みてもらうのが一番だよ、きがえてくるからよかったらこれでも見てて!なかにキャンディをいれたから」
笑ってユリアは小さな宝石箱のようなものを取り出した。そのまま、私たちの前を通りすぎて奥にはいってゆく。
「まちましょう」
アリーナはそう言って、近くの椅子にかけて先程の箱をいじりはじめた。
美しく掘られた木製の小箱に、顔料で彩色してある。シンプルなつくりで、上の蓋を開けると中には一枚の紙が入っているだけだった。そこには
『わたしをさがして』
と書かれていた。アリーナが首をかしげた。
「キャンディが入ってるって言ってたわよね?この私って、キャンディ?」
私も小箱を受け取り、調べて見る。彫刻してあるのは、リンドウと子鹿で、かわいらしい子鹿の足元には小さな野バラが咲いている。ふと、その野バラが前部分と箱の後ろで少しずれていることに気づいた。
小箱をふると、たしかにことこととなにかしら鳴っている。キャンディはどこだろう?
「仕掛けがあるのね、面白いわ」
声はおさえたけれど、こういうのを見るとわくわくしてしまう。他にヒントはないかしら、と本体を調べる。蓋を開け閉めする蝶番に、あまり見ない特徴があることに気がついた。
少しして、
「その箱はこの国のものではないのよ、幼なじみは国境の警備をしていたの。警備の任期を終えて、国境地帯のお土産にそれを買ってきたんですって。キャンディは取れた?」
私とアリーナが振り返ると、すっきりと髪を結い上げて、動きやすそうな服に着替えたユリアが立っていた。
「いいえ、まだ…」
とアリーナが答えようとするので、先程取り出したキャンディをアリーナとユリアの前に差し出した。
アリーナは驚き、声をあげる。
「どうやったのイライザ!?今の今まで閉まっていたじゃない!」
私がユリアに返した小箱をアリーナはしゃがみこんで見ている。
「種明かしはまた今度ね、今日はプロップテニスを見に行くんでしょう?」
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